暗躍
時は少しさかのぼる。
アンドレがベルナデットを婚約者として公表する前のこと。
「……」
パメラの実家であるセルネ公爵家にて。
パメラは傷心の中で部屋に籠っていた。
アンドレに婚約を破棄され、彼女は塞ぎっぱなしだ。
同じ公爵の子という立場上、上下関係はない。
それでもパメラはアンドレに心酔していたのだ。
父のセルネ公があれこれと縁談を用意しているようだが、今の彼女には届かない。
ようやく片思いしていたアンドレから、憎き婚約者エメリーヌを引き離し、
新たに婚約者の座を得たというのに。
今までの苦労が水の泡だ。
エメリーヌの評判も令嬢魔法に目覚めたことで上がっている。
今まで周囲の令嬢を率いてエメリーヌを見下していたパメラは、相対的に社交界で信頼を失いつつあった。
「全部……あの女が悪いのよ」
そうだ。
エメリーヌ・フィネルが悪い。
ベルナデット王女をそそのかし、不正な手段をもって令嬢魔法を開花させたあの悪女が。
あの短期間で無才が矯正できるはずがない。
令嬢魔法の熟練者であるパメラだからこそ、そう妄信していた。
きっと無情公爵……ヴィクトルも共謀者だ。
パメラが薄暗い部屋で歯ぎしりをしていると、ドアがノックされた。
「どうぞ」
「お嬢様……失礼いたします」
使用人が温かい紅茶をトレイに乗せてやってきた。
トレイの上には謎の封書も載っている。
「紅茶とお菓子をお持ちしました」
使用人の気遣いにもかかわらず、パメラは苛立ちが募って仕方ない。
茶会の令嬢魔法を得意とする自分に紅茶を持ってくるなど……煽りのように感じられて。
「……その手紙は?」
「詳しいことは存じ上げませんが、アンドレ公爵令息からのようです」
「アンドレから……!?」
婚約破棄されたアンドレからは、二度と連絡がないものと思っていた。
パメラは乱暴に使用人を部屋から追い出す。
そして封を切った。
手紙の中には密会したいという旨が、甘い言葉を交えて書かれていた。
これはきっと嘘だ。
パメラには確信があったが、どうしても逆らえない。
単純にアンドレに惹かれたということもあるが、何よりもエメリーヌが憎く。
エメリーヌに婚約者がいて、自分にいないことが許せないのだ。
もしかしたらアンドレと復縁できるかもしれない。
期待を胸に彼女はアンドレと密会した。
***
夜闇に紛れ、アンドレはセルネ公爵家の庭園に現れる。
パメラがこっそりと手引きして裏口から入れたのだ。
父のセルネ公に頼むと、あっさりと密会を許可してくれた。
バラが咲き誇る庭園の中で、愛しいアンドレと密に会う。
なんだかロマンチックでパメラは雰囲気に酔ってしまった。
「やあ、久しぶり。この前はひどい言葉を浴びせて悪かったな。
あのときは俺も酒に酔って、心にもない言葉を口にしてしまったんだ」
闇の中でもわかる。
アンドレが慈愛に満ちた瞳を向けていることが。
彼の愛は離れていない。
パメラはそう確信した。
「お会いしたかったですわ。私、ずっとアンドレ様がいないと寂しくて……やはり私には貴方が必要だと痛感しましたの。王女殿下への不敬も、エメリーヌ嬢とヴィクトル公の策略の結果……本当にアンドレ様には申し訳なく思っております」
アンドレはそっとパメラを抱き寄せる。
そして耳元で囁いた。
「……俺もパメラと復縁してやってもいいと思ってる。
ただ、すでに次の婚約者が決まってしまったんだ。愛人でもいいと言うなら……ああ。ぜひとも俺の愛を受け取ってほしい」
すでに次の婚約者が。
パメラはショックを受けたが、問題ない。
エメリーヌのように婚約者から愛を奪えばいいだけのこと。
また長い時間をかけてアンドレを篭絡するのだ。
「構いませんわ。私にはアンドレ様が必要なのです」
「ありがとう。復縁するにあたって、ひとつ頼みを聞いてほしいのだが……いいか?」
こくりと頷くパメラ。
いったい何を要求されるのか。
アンドレとの復縁に比べれば、どんな要求だって軽いものだ。
「三日後、シャルロワ侯の領地へ続く街道に……一台の馬車が通る。その中にいる人物を攫ってほしい。
大丈夫。俺の権力とセルネ家の権力、そして協力者のシャルロワ家の権力で揉み消せる。指定した人物を決して誰の目にも触れられぬよう、監禁してほしい」
「か、監禁だなんて……お相手は誰なのです?」
意外にもアンドレの要求は過激なものだった。
貴族が面倒な人間を攫うことは珍しくない。
ただし、相手が下の身分である場合に限るが。
「──アラベル・アンリ。
ベルナデット王女の元家庭教師にして、エメリーヌ嬢の家庭教師だ。君がクロードの夜会で恥をかかされたのも、間接的にはアラベルのせいだ。
アラベル・アンリは平民。貴族を誘拐するわけじゃないから角は立たないさ。
どうだろう……やってくれるか?」
エメリーヌの家庭教師。
……となると、エメリーヌに不正な手段で令嬢魔法を覚えさせたのも、その人物だろう。
パメラの中で復讐の炎が燃え上がる。
自分に恥をかかせ、アンドレの愛を奪った悪女たち。
エメリーヌ、ベルナデット、アラベル。
三名への報復を考えると彼女の心が躍った。
「承りましたわ。
これからもどうぞ、よろしくお願いいたします……アンドレ様」
「ああ。愛してるよ、パメラ」
二人の悪徳貴族は歪に笑った。




