おかしな婚約者
エメリーヌがベランジェ公爵家に来てから、数週間の時が経った。
アラベルはとうに発ち、この城の暮らしにも慣れて。
いつもの朝を迎えたところに侍女のナタリーがやってくる。
「エメリーヌ様。お手紙が届いております」
「手紙? ……誰からかしら」
「グザヴィエ・フィネル伯爵からです」
「まあ、お父様から?」
実家とは定期的にやり取りしているが、最近はご無沙汰だった。
よい報せを期待してエメリーヌは手紙の封を切る。
手紙には実家の経済難がヴィクトルの支援によって回復したこと、
今年の収穫祭もうまくいったことなど……色々と書かれていた。
父の偏見もすっかりなくなり、最近はヴィクトルと交流も行っているようだ。
エメリーヌとしては嬉しいことこの上ない。
「悪いことは書かれていないわね。あとでお返事を書くわ」
「承知しました」
今日の予定は特にない。
最近は夜会に出ることも多くなり、忙しくなっていた。
あの日を境にエメリーヌは人前に立つことが億劫ではなくなり、彼女に対する評価も改められていった。
やはりヴィクトルという存在が大きいのだろう。
彼はいつも遠巻きにエメリーヌの様子を見守ってくれている。
とはいえ、淡泊な対応は相変わらずだが。
彼は感情表現が苦手なだけなのだ。
「準備をしたら朝食に行きましょう」
ヴィクトルはエメリーヌと食事を囲むために、時間を作ってくれることが多くなっていた。
どうしても仕事が忙しいときは仕方ないが、最近はかなり接する機会が増えたように思う。
エメリーヌは今日も彼に会うことを楽しみにして、準備に取り掛かった。
***
「おはようございます、ヴィクトル様」
「ああ。……おはよう」
特にエメリーヌに視線も向けず、ヴィクトルは挨拶を返す。
目を合わせない日は何かある。
エメリーヌはすでに学習していた。
特に何もない日や、機嫌のいい日は普通にこちらを見てくれるのだ。
朝食の間に話してくれるといいのだが……
そう期待しつつ、エメリーヌは食事を始めた。
まずは茶会の魔法で紅茶を注ぐ。
今ではエメリーヌの紅茶も飲めるまでに成長していた。
もちろんティーカップもエメリーヌ製だ。
軽く紅茶に口をつけ、前菜が運ばれてくる。
「エメリーヌ、調子はどうだ」
「!?」
食事の開始と同時、ヴィクトルは問うた。
だがその質問はおかしい。
彼が他人の調子を尋ねるなど……百歩譲ってもありえない。
ヴィクトルは他人をよく観察している。
調子の善し悪しなど見るだけでわかるはず。
こういう流れで話を切り出すときは、エメリーヌを気遣っているのだ。
少しでも気分を和らげるために。
「い、いえ……あの。元気ですよ?」
「……そうか。何よりだ」
頭に疑問符を浮かべながらエメリーヌは前菜を口に運ぶ。
使用人たちも目を丸くしてヴィクトルの様子を見ていた。
「エメリーヌは今日も美しいな」
「!?!?
……けほっ!」
今度は容姿を褒められた。
思わぬ事態にエメリーヌは噎せ返ってしまう。
ヴィクトルは賛辞を送ることはあっても、手放しに褒めたりしない。
何か成果を挙げたときや努力したときに褒めてくれる。
別に綺麗になるために努力を怠っているわけではないが、このタイミングで褒められるのはあまりにも不自然というもの。
「あの、何かありましたか?
ヴィクトル様が悩んでおられるなら、ぜひ私に相談してください」
「俺が他人を褒めるのは異常な事態だとでも言いたそうだな。
……綺麗だと思ったことは本当なんだが」
何気なく呟かれたヴィクトルの一言。
エメリーヌは恥ずかしくなってしまうので聞いてないことにした。
「まあ、エメリーヌに相談したいことがあるのは事実だ。
どちらかといえば悪い話だがな」
悪い話かぁ……と心中で落胆する。
しかしヴィクトルが困っているのなら力になりたい。
今までとてもエメリーヌに寄り添ってくれたのだから。
「実は、アンドレから夜会への招待状が届いた。
俺とエメリーヌ宛にな」




