成長
夜会でのエメリーヌの活躍は見事だった。
貴族の口に戸は立てられない。
彼女が令嬢魔法を使いこないしたこと、
そしてパメラが王族に不敬を働いたこと……噂は一瞬にして広まることになる。
夜会から城に帰還し、ヴィクトルはあの瞬間を想起していた。
「まさか、あそこまで魔法が上達していたとはな。
目から鱗だったぞ」
「私自身、本番であれほどの力が発揮できたことに驚いているのです。前日までは通常の食器が作れる程度で……質に関しては課題があると思っておりました」
「ふむ。大事な局面で力を発揮するには、相応の努力が必要だ。エメリーヌのたゆまぬ努力が実を結んだということだろう」
あの場でエメリーヌの名誉を守るために動いてくれたベルナデット、クロード、そしてヴィクトルには感謝しなければならない。
彼らが支えてくれる自負があったからこそ、エメリーヌも充分に振る舞えたのだ。
「ちなみに、あの後パメラ嬢はどうされたのです?
いつの間にか消えていましたが……」
「アンドレの後を追うように出て行った。貴族たちの興奮に存在感を掻き消され、乱入してきた二人はいつしか消えていたな。無様なことだ」
アンドレはパメラに婚約破棄を言い渡した。
だが、その事実は細かに彼らの様子を観察していたヴィクトルしか把握していない。
それにアンドレが婚約を白紙に戻した事実もまだ公表されていないようだ。
エメリーヌに伝える必要もないだろう。
つらい過去を思い出させるのは酷だとヴィクトルは考えていた。
「私、アラベル様に報告に行って参りますわ。きっとあの方も喜ばれると思いますし」
「そうだな。だが、その前に……」
ヴィクトルは立ち上がり、エメリーヌの頭に手を伸ばした。
彼の手がさらりと髪を梳く。
「髪がはねている。ナタリーに身だしなみを整えてもらってから行った方がいいだろう」
「あ、ありがとうございます……」
最近、よくヴィクトルがエメリーヌに触れてくれるようになった。
婚約を結んだ当初はどこかよそよそしく、言葉の棘も多かった。
だが、次第に彼の笑顔を見る機会も多くなって……今はそれなりに距離感が近い。
前評判とはまったく違う。
ヴィクトルは『無情』などではないと……今のエメリーヌは断言できた。
「その、ヴィクトル様もよくお休みになってください。
いつか私が紅茶を淹れられるようになったら……休憩中に振る舞わせてくださいね」
「ああ。楽しみにしている」
こうした何気ない時間の積み重ねが嬉しかった。
婚約者が自分と交流してくれることなど、今までエメリーヌは経験していなかったのだから。
彼女は侍女ナタリーに身だしなみを整えてもらい、
アラベルのもとに向かった。
***
「ふふ……ふふふっ!
やはりアラベルの目に狂いはなかった!」
話を聞いたアラベルは不敵に笑った。
今まで見た中でも、かなり嬉しそうな笑い方だ。
「これもアラベル様の指導の賜物ですわ。本当にありがとうございます」
「いやいや、何よりもエメリーヌ嬢の意思が状況を変えたのだろう。君を愛する婚約者ヴィクトルの存在も大きかったはずだ」
アラベルはおもむろに窓の外を眺める。
彼女は目を細めて、遠い昔を思い出しているようだった。
「君を見ていると、かつてのベルナデット王女を思い出す。夜会でエメリーヌ嬢を助けてくれるほど、彼女も成長したのだね……嬉しいよ」
「アラベル先生の様子はどうかと、王女殿下に尋ねられましたよ。久々にお会いしてはいかがですか?」
エメリーヌの作った茶器で紅茶を飲みながら、アラベルは考える。
残念ながらその機会は訪れそうにない。
この話はするべきか迷っていたが……話さなくてはならないだろう。
「そうしたいところだけど。実はね、転勤が決まったのさ」
「え……?」
唐突なアラベルの話に、エメリーヌは困惑した。
「実はシャルロワ侯に家庭教師として招聘されてね。
エメリーヌ嬢も自己成長できる段階に入ったし、そろそろ次の生徒のもとに行かなければ」
今月いっぱいでアラベルはベランジェ公爵家を出るという。
もちろん、他の属性も自己成長できる段階までエメリーヌの指導はしてくれるとのこと。
正直に言えば寂しかった。
アラベルは大きな心の支えであり、相談相手でもあったから。
しかし引き留めるわけにもいかず。
「そうですか……寂しいですが仕方ありませんわね。
私のように無才に悩まされ、苦しんでいる方もいらっしゃるでしょう。アラベル様ならば、私にような人々を救ってあげられます」
「エメリーヌ嬢に教えることで、アラベルも自信がついたよ。
またいつか、君が完璧な魔法の使い手になったら……成長を見せてほしい」
「はい。必ず」
残り少ないアラベルとの時間。
エメリーヌは大切なひとときを噛みしめ、これからを過ごすことにした。




