いるはずのない人物
「あ、そうだわ!
よろしければエメリーヌ嬢の令嬢魔法、見せてくださらない?」
「ええっ? わ、私の魔法……まだつたないものなんですが……
元々才能がなくて、アラベル先生の指導でようやく最低限になったところです」
「誰しもが最初は初心者よ。
それに、わたしだって同じ境遇だったもの。
令嬢魔法の才能がないゆえに見限られ、孤立する……わたしも幼少期はそうだったから。あなたの気持ちは痛いほどわかるわ」
ベルナデットの諭すような言い様に、エメリーヌの心は落ち着いていった。
他人の前で令嬢魔法を披露すること。
今までそれは自分の無能を曝け出すことに等しかった。
その負い目を克服できるのなら──
エメリーヌは魔法の行使を厭わない。
「では……銀匙」
刃物の魔法を発動。
作り出すのは銀製のスプーン。
まずイメージするのは形状。
質感はイメージせずとも最初からうまくできていた。
ならば匙と持ち手を入念にイメージし、スプーンの形さえ作ればいい。
今まで何度も行ってきた過程を、特に集中して行う。
アラベルの指導によりスプーンくらいは作れるようになっていた。
だが、王女に見せるからには最高の出来を。
今までの記録を塗り替えるような最高の逸品をこしらえたい。
それがヴィクトルやアラベルへの恩返しにもなるはずだ。
こんな自分にも居場所があるのだと教えてくれた彼らに。
「……よし」
光に包まれて、ひとつのスプーンが出来上がる。
明かりを受けてきらめく銀。
細身ながらも重厚感のある匙。
エメリーヌのスプーンを受け取ったベルナデットは目を見開いた。
彼女は表面を指先でなぞる。
「すごい……! 宮廷使用人の作る食器に匹敵するわ!
本当にこれ、習いたてで作ったの!?」
形、質、持ちやすさ。
すべてにおいて瑕疵がない。
これが無才と言われる令嬢が作った物なのか。
ベルナデットには信じられなかった。
「わ、私も驚いています……今までこんなによい出来のスプーンは作れませんでした。ですが、ヴィクトル様とアラベル様の期待に応えて……王女殿下に最高のスプーンを作りたい。
そう思ったら、すごく集中できたのです!」
「そう……やはりアラベルの指導に狂いはなかったのね。
そうして他人を思いやるほどの心の豊かさが、あなたの令嬢魔法を開花させたのでしょう。ねえ、このスプーンもらってもいいかしら?」
「はい、もちろんです!
王女殿下に使っていただけるのなら、これ以上の喜びはありませんわ!」
エメリーヌの心は躍る。
ここ一番の機会に、会心の出来だ。
帰ったらアラベルに報告しよう。
ヴィクトルにも報告すれば、きっと褒めてくれるはず。
彼女が喜んでいると屋敷の鐘が鳴った。
夜会の前半が終了した合図だ。
「あら、もうこんな時間?
ごめんなさいね、長く呼び止めてしまって。エメリーヌ嬢も他の方々と交流があるでしょうし……後半は存分に楽しんでちょうだい!」
「はい! 王女殿下とお話する機会をいただけで、とても光栄でしたわ」
「また話したくなったらいつでも来てちょうだい?
あなたとお話していると、時間があっという間に過ぎ去るわ。また後日、招待してもいいかしら?」
「もちろんですわ。またお会いできる日を楽しみにしています!
それでは、ごきげんよう」
エメリーヌはカーテシーして退室する。
ベルナデットは恍惚とした表情で、美しい銀匙を眺めていた。
***
軽い足取りでエメリーヌは広間に戻っていた。
自分の令嬢魔法が認められたということ。
その事実は今までにない体験であり、彼女の心を不思議な方向へ動かした。
他人から褒められることはほとんどなかった。
どれだけ勉学に励んでも、淑女のマナーを身につけても……令嬢魔法が使えないからと。
そんな自分が認められてひどく嬉しかったのだ。
「あら、誰かと思えば」
広間に戻る廊下で、曲がり角で鉢合わせた人物。
互いを視認すると同時に緊張が走った。
エメリーヌの視界に入った令嬢は……
淡い紫色の髪と瞳。
男性を引き寄せる豊満な体。
「パメラ、様……?」
アンドレの新婚約者、パメラ・セルネだった。
──どうしてここに。
それが率直なエメリーヌの感想だった。
だって、クロードが招待する人物は限られていて。
少なくともアンドレやパメラは参加者のリストになかった。
だからこそエメリーヌとヴィクトルも安心して参加したというのに。
パメラは軽蔑を含んだ視線で言った。
「ヴィクトル公に婚約を受け入れてもらったらしいわね。
私が紹介してあげたおかげね?
アンドレ様に見限られて、すぐに次の寄生先を探すなんて……
少し節操がないようにも感じますけれど」
容赦なく降り注いだパメラの侮蔑。
エメリーヌは恐怖と憤懣に身を震わせた。




