夜会
到着した夜会の会場は思ったよりも小さかった。
そこまで大規模なものではない……身内だけの夜会と聞いていたが、
想像よりも小さくてエメリーヌは安心する。
「ヴィクトル・ベランジェ公ですね。お待ちしておりました」
招待状を簡単に検め、使用人はヴィクトルとエメリーヌを屋敷に通す。
広間では数名……六人ほどの令息と令嬢が雑談していた。
みな顔立ちが整っており、高位貴族のみに許された衣装を着ている。
エメリーヌも貴族の端くれ。
顔を見るだけで、彼らの家格がわかった。
ほとんどが侯爵以上の階級らしい。
普段は言葉も交わせなかったような者ばかりだ。
緊張しているとヴィクトルがそっと背中を押す。
「大丈夫だ。彼らはみな、貴族としての責務を立派に果たす者。
クロードが招くのは人格者と言える貴族だけだからな。
才能の有無で人を差別したりしない」
ヴィクトルの言葉を聞くと自然と足が動いた。
エメリーヌは迷わずに、令嬢らしく毅然とした態度で彼に続く。
やがて貴族たちの中から、一名の貴公子が姿を現す。
ブロンドの髪を束ね、エメラルドの瞳でまっすぐにこちらを見ている。
衣装は王族にしか許されない青と銀縁のドレス。
クロード・ヴィヴィエ第三王子。
彼はそつのない微笑で二人を出迎えた。
「やあ、ヴィクトル! エメリーヌ嬢!
お元気そうでなによりだ」
クロードの気さくな挨拶に対して、ヴィクトルは深々と礼をする。
「クロード殿下。ご機嫌いかがでしょうか」
「おいおい、なんのつもりだ?
まさかエメリーヌ嬢の前だから恰好つけてるのか?」
「……まあ、堅苦しい態度はこのあたりにしておくか。
まずは皆に紹介させてくれ。彼女が俺の婚約者となったエメリーヌ・フィネル嬢だ。アンドレの誕生パーティーに出席していた者は、悪い意味で知っていると思うが」
エメリーヌは恐る恐る頭を下げた。
だが、冷徹な視線は周囲の貴族からは感じられない。
それどころか同情を覚え、労わるような視線だった。
クロードが率先してエメリーヌに挨拶する。
「あの時は災難だったね……アンドレとセルネ嬢も趣味が悪い。
公衆の面前で婚約破棄することはないだろうに。
逆にヴィクトルがエメリーヌ嬢と婚約を結んだ理由は明白だね」
「うう……あの瞬間は思い出したくありませんわ。
本当に、今でも動悸がしてしまいます」
「おっと、それはすまない!
この話は以後しないようにしよう」
ヴィクトルは努力する人間が好きだからな、
とクロードが言うと周囲の者もしきりに頷いた。
「黙れ、人の婚約に口を挟むな。
俺とエメリーヌが婚約者になった……その事実だけ把握してればいい」
ヴィクトルはきつい口調で周囲を睨む。
これだから『無情公爵』と言われるのだ。
もっとも、この夜会に参加している人はみな彼の本質を知っている。
過去を思い出して震えるエメリーヌを庇ったのだ。
なのできつい口調にも怯えず苦笑いするだけだった。
「ま、それくらいにしておこう。
この夜会は身内だけのものだから、そこまで畏まらなくていい。
好きに飲み食いして談話してくれ」
クロードが手をパン、と叩くと夜会が始まる。
正式な夜会ではないので、特にダンスも演奏もする必要はない。
夜会が始まると同時、ヴィクトルに数名の令息が話しかける。
どうしようかと迷うエメリーヌ。
そんな彼女にヴィクトルがそっと囁く。
「……あの青髪の令嬢は優しい。
まずは彼女と話してみることだ。
彼女は知っているか?」
「ええ、フェリシー・ペリアン侯爵令嬢ですね。
何度かお話したことがありますわ」
「行ってくるといい。
何か困ったことがあれば、俺のもとに来てくれ」
「はい」
ヴィクトルに促されるまま、エメリーヌは歩き出す。
近づいてきた彼女にフェリシーはすぐに気がついたようだ。
フェリシーは微笑を湛えてカーテシーする。
「ごきげんよう、エメリーヌ様。
ええと……前々回の鑑賞会以来かしら?」
「ええ、あのときは一緒に演奏してくださってありがとうございました。
そして、先日のパーティーでは情けないところをお見せしましたわ」
「あの光景には、さすがにわたくしも頭を抱えました。
アンドレ公爵令息があそこまで見境のない殿方だとは。
……でも、驚きましたわ。まさかヴィクトル様の婚約者になるなんて」
「私もお話が来たときは驚いたものです。
ですが……ヴィクトル様とは会話もしたことがなかったので、とても最初は不安でしたわ」
今にして思うと懐かしい。
無情公爵を恐れて嫁ぎに行ったあの瞬間が。
今では頼りになる婚約者様だ。
とはいえ、今も婚約破棄されないかヒヤヒヤする時はあるのだが。
どうしてもアンドレに婚約破棄された過去が尾を引く。
「安心してくださいまし、エメリーヌ様。
あなたに才能がなくても、努力してきたことは誰もが認めていますわ。
アンドレ様とは価値観が合わなかっただけ。
令嬢魔法がすべてとされる社交界でも、わたくしやヴィクトル様、クロード様のように人間性を評価してくださる方はいらっしゃいます」
フェリシーの言葉に目頭が熱くなる。
そうだ、無才のエメリーヌを舞踏に誘ってくれる人は何名かいた。
味方が完全にゼロなわけではないのだ。
むしろアンドレのパーティーで、エメリーヌに同情的になった貴族も多いだろう。
「ありがとうございます……救われた心地ですわ」
「ふふっ……さあ、わたくしのご友人を紹介しましょう。
エメリーヌ様と面識のない方もいらっしゃいますから、
お互いに楽しくお話できるようにわたくしが取り持ちますわ」
フェリシーの案内により、エメリーヌは交友の輪を広げていく。
みな『無情公爵』の婚約者に興味があるようで。
どうやってヴィクトルの目に留まったのか、
普段のヴィクトルの様子はどんなものか……など。
多くの問いと答え、笑いを重ねて令嬢たちは仲よくなっていく。




