注がれる情熱
馬車に揺られ、エメリーヌは王都の光景を眺めていた。
向かいにはヴィクトルが座っている。
これからクロード第三王子が開く夜会に赴くところだ。
エメリーヌが緊張する一方、ヴィクトルはいつもと変わらぬ無表情。
「…………」
そして特に会話もなく二人は車窓を眺めている。
エメリーヌとしては色々とヴィクトルと話をしたいのだが、嫌がられてしまうかもしれない。
令嬢魔法に関してとか、社交に関しての話はする。
だがプライベートの話はほとんどしたことがない。
こんなとき、侍女のナタリーがいたらどれだけ助かるだろうか。
侍女や執事は別の馬車に乗っているため力は借りられない。
ここは思い切ってエメリーヌから話しかけてみよう。
「あの、ヴィクトル様」
「……なんだ」
不機嫌そうに答えるヴィクトル。
だが、これは彼にとって普通の返事なのだ。
エメリーヌは彼の性質を徐々に理解しつつあった。
「これからお会いするクロード殿下、趣味は何なのでしょうか? 話す機会があれば、殿下の趣味にあった話題を切り出したいのです」
「ふむ……そうだな。
奴は幼少の砌から、本をよく読んでいた。特に小説が好きらしい。小説に関して俺は疎いが、エメリーヌはどうだ?」
「小説ですか? 私もよく読んでいましたわ。お恥ずかしながら、あまり遊び相手がいなかったもので……孤独な時間はいつも読書をしていました」
『本でも読んでてくれ』──それが元婚約者アンドレの口癖だった。
当時のエメリーヌは素直に従うしかなく、一人で小説を読みふけっていたものだ。
そんな彼女を差し置いてアンドレは他の貴族と遊んでいた。
小説そのものは好きだが、それにまつわる暗い過去を思い出す。
クロード王子が小説好きだとすれば話を合わせられるかもしれない。
「そうか。俺も友人はいなかったが、暇な時間は小説を読むのではなく仕事ばかりしていたのでな」
「ですが、ヴィクトル様にはクロード殿下というご友人がいらっしゃるじゃないですか」
「奴は……なんというか、強引に絡んでくるからな。強引に付き合わされ、行動を共にするうちにクロードの有能さに気がついた。
それからは俺も奴を認め、多少の付き合いはするようになった次第だな」
クロードはそういう人間だ。
社交界で嫌われ者のエメリーヌを気にかけてくれるような人格者。
趣味の話になったところで、エメリーヌは自然にヴィクトルの話題に誘導する。
「ふふ……ちなみにヴィクトル様のご趣味は?」
「俺か? 俺は……趣味というほどではないが、愛馬の世話を毎日のようにしている」
愛馬の世話。
たしかに、毎朝ヴィクトルは白馬に乗って庭園を駆けている。
最近は早朝に起きて、窓からヴィクトルの乗馬を眺める習慣がついていた。
「愛馬の名をスビアーテという。
幼少のころからの付き合いで、いまだ奴の健脚は衰えを知らん。王都にいるどの馬を見ても、スビアーテよりも毛並がよく、気品のある馬はいない。
後継を探してはいるが、やはりスビアーテよりも優れた馬は……」
なんとヴィクトルの語りは止まらなかった。
馬の話を切り出すと、彼は普段からは想像もつかぬほど饒舌になる。
それほどまでに愛馬に情熱を注いでいるということだろうか。
数分間語ったのち、ヴィクトルはハッとしたように顔を上げる。
目の前にはうんうんと頷き、必死に話を聞くエメリーヌの姿があった。
自分の悪い癖が出てしまった……と彼は後悔する。
「……ま、まぁそんなところだ。すまんな、少し話すぎた」
「ふふっ……いえいえ。ヴィクトル様の新しい一面を見れました」
「チッ……時には俺を止めてくれてもいいのだぞ? 最初に会ってから、エメリーヌが俺の言葉を否定したことはないだろう。黙って話を聞くだけではなく、興味がないことは素直に興味がないと言え」
「たしかに馬のことは詳しくありませんが、ヴィクトル様のお話には興味がありますので。むしろもっと語りをお聞きしたいくらいです」
「ふん……もう話さん」
ヴィクトルは若干耳を赤くして窓の外を見た。
大切なモノの話になると、とても彼は情熱的になるようで。
その熱意が自分にも注がれるように、エメリーヌは努力することにした。
いつか愛馬と同じくらい……いや、それ以上にヴィクトルにとって大切な人になろうと。




