萌芽
ベランジェ家の庭園にて、エメリーヌはぼうっと花畑を眺める。
アラベルから指導を受けて一週間。
茶会はもちろんのこと、正装や舞踏などの属性も上手くいかなかった。
ブレスレットを作ろうと思えば鉄屑になるし、ダンスを踊ろうと思えば地面に転倒する。
「……どうだい調子は」
ぼんやりとするエメリーヌの隣に、アラベルが座った。
彼女はエメリーヌの顔を覗き込む。
疲労の色は薄い。
絶望的な表情でもない。
おそらくヴィクトルがしきりにエメリーヌのケアをしているからだろう。
「アラベル様……令嬢魔法の練習に関して、やる気はあります。まだまだ諦めてはいませんわ。
ですが、焦りがあるのです」
「焦り?」
「ええ。ヴィクトル様も、そして私自身も能力の開花に期待しています。無才と嘲弄された私だからこそ、周囲を見返してやりたいと何度も思っているのです。
ただ、それだけに『早く令嬢魔法を修めなくては』と焦燥してしまって」
期待による重圧。
自分で自分に枷をしてしまっていた。
アラベルは教師として、同じような人間を幾度も見てきた。
もちろん焦りが正しい場合もある。
だがエメリーヌはその限りではない。
「ヴィクトルの旦那は君を急かさない。ゆっくりと着実に、努力することを望んでいる。
誰よりもエメリーヌ嬢に自分自身を大切にしてほしいと思ってるのは、他ならぬ旦那だよ」
「ヴィクトル様が……」
心理的な余裕は令嬢魔法の秘訣だ。
ゆえにエメリーヌの焦りは取り除かなくてはならない。
なまじヴィクトルが口下手なばかりに、彼はエメリーヌに本音を伝えられずにいる。
ヴィクトルが何度もエメリーヌを心配していることは、アラベルがよく理解していたのだ。
「まあ、二人でゆっくり話す時間を設けてみるといいさ。
さて、今日は初めて刃物の属性を練習する。準備はいいかい?」
「はい。本日もよろしくお願いいたしますわ」
***
「ふーむ……いや、これは……」
出来上がった銀の板を観察してアラベルはうなる。
刃物の令嬢魔法を練習して初日。
ナイフを作るつもりだったが、どうしても銀の板しか作れないのだ。
「やはり、この属性もダメでしょうか」
形はぐねぐねとうねり、とてもじゃないが綺麗とは言えない。
湾曲した面が光を乱反射し、まぶしい夕陽が駆け巡る。
「いや、存外に良い。
形は不細工だが、銀の質が優れている。普通の人は最初から形を整えられても、質を上げることはできないんだよ。
素人は土のようにもろく、黒ずんだ鉄になることがほとんど。だがエメリーヌ嬢は綺麗な銀として仕上がっている」
思いのほかアラベルの評価はよかった。
今まで散々だっただけに、エメリーヌの心は躍る。
「も、もしかして私は刃物の才能が……!?」
「形は不出来だから、何とも言えないけどね。これはアラベルも見たことのないケースだ。
経過を観察していこう!」
これを取っ掛かりにすれば、他の属性も上達するかもしれない。
特定の属性にこだわる意味もないが、ヴィクトルの婚約者として完璧に令嬢魔法を備えたい。
「一週間後はクロード殿下との夜会があるので、それまでには何とか……形にしたいのですが」
「おっと、エメリーヌ嬢?
さっきも言ったが焦りは禁物だ。心に余裕がないほど令嬢魔法は鈍るのだから」
「そ、そうでしたわ! では、無理に焦らないように心得ておきます」
常に心に余裕を。
これを意識しつつ、エメリーヌはベランジェ家で過ごすことを心がけた。




