努力する者へ
エメリーヌは濃い疲労を抱えて自室に戻る。
結局、まだ正装の魔法は満足に使えなかった。
素人だから……という言い訳はできない。
アラベルの分析によると、エメリーヌには正装の才能もないようだ。
しばらく練習を続けてみる予定だが、どうしても開花しなければ別の属性にシフトするとのこと。
「お帰りなさいませ、エメリーヌ様。お疲れさまです」
「あら、ナタリー。ありがとう」
部屋に戻ると、侍女ナタリーがリラックス作用のある香を焚いてくれる。
時刻はすでに夕刻。
心地よい香りに眠くなってしまう。
「お疲れのところ申し訳ないのですが、旦那様がお二人で食事を囲みたいとのことです」
「ええ、大丈夫。このあとヴィクトル様に会いに行こうと思っていたもの」
仕事熱心なヴィクトルは多忙を極めていた。
そんな状況でエメリーヌとの時間を作ってくれるのはありがたい。
少しでもヴィクトルに釣り合う婚約者になるために。
アンドレのために勉強していた日々よりも、ずっとモチベーションがある。
「……エメリーヌ様は旦那様に対して、どのように印象を抱かれましたか?」
「印象ね。まあ、噂どおり『無情公爵』らしい側面を持ち合わせている方だわ。
でも……」
まだ見知ったばかり。
ヴィクトルの本質をすべて知ったわけではない。
だが、事前に感じていた恐怖はほとんど消えていた。
彼の人間らしい側面を知ったからだ。
「でも、ヴィクトル様の婚約者になれて良かったと……今は思っているの」
「ふふ……そうですか。喜ばしい限りです」
父も心配しているだろうから、手紙を書かなければ。
自分は問題なく過ごせていると。
「さて、支度を始めましょう」
***
準備を整えたエメリーヌは食卓へと向かった。
伯爵家ではめったに見られない豪勢な食事が、テーブル上に所狭しと並んでいる。
「来たか。座れ」
「はい、失礼いたします」
ヴィクトルの右手の隣席に座る。
最も近い椅子に座るということは、すなわち婚約者であることを示す。
やや気恥ずかしさを感じつつもエメリーヌは平静に振る舞った。
「調子はどうだ? アンリの指導は」
「ええと……初日は正装の指導をしていただきました。
ですが、なかなか思うようにいかず……」
「仕方ない。アンリを信じろ。
そして、俺も信じろ。俺はエメリーヌを応援している。困ったことがあれば気軽に言うがいい」
「ありがとうございます……!」
努力は裏切らない。
それがヴィクトルの信条。
貴族としての責務を果たす者は奨励し、怠ける者は軽蔑する。
ほとんどの貴族が怠惰なのでヴィクトルは社交界での当たりが強いだけだ。
「疲れただろう。我が家の食事が、少しでもお前の活力になってくれればいいが……」
「とても美味しそうですわね。料理人の腕のよさがうかがえます」
「さて、食事としよう」
ヴィクトルの呼びかけにより、エメリーヌは食事を始めた。
やはり食事はすばらしく味の良いものだった。
アンドレの家であるジュアット家よりも優れている。
もっとも、ほとんど家に招いてもらったことがないのでジュアット家の食事は数回しか食べたことがないが。
「ときにエメリーヌ。ひとつ言っておくべきことがあった」
おもむろにヴィクトルが告げる。
「なんでしょう?」
「二週間後、夜会がある。そこまで大規模なものではなく、緊張する必要もないだろう」
夜会。
他の貴族と会うのは、エメリーヌは避けたい展開だった。
令嬢魔法が使えない者が社交界に出るなど、恥さらしだ。
少なくともヴィクトルの顔に泥を塗ることになる。
「怖いか? だが安心するといい。
夜会で会うのは、俺の数少ない友人……クロード・ヴィヴィエ。お前もあいつの人のよさは知っているだろう?」
「まあ、クロード第三王子! あのお方はいつも壁際でじっとしている私にも、積極的に声をかけてくださったのです。それならば安心ですわ」
クロードは性格のよさで有名な王子だ。
婚約者のアンドレでさえエメリーヌを舞踏に誘わなかったのに、クロードは何度か誘ってくれたことがある。
クロードは令嬢魔法うんぬんは気にしない性格。
そのためヴィクトルもエメリーヌを夜会に連れて行こうと思った次第だ。
「一応、準備はしておいてくれ」
「かしこまりました」
夜会までに多少は令嬢魔法を使えるようになっていたら理想的だ。
そう思い、エメリーヌはいっそうやる気を出した。




