婚約破棄は唐突に
「エメリーヌ・フィネル伯爵令嬢! 今このときをもって、お前との婚約を白紙に戻す! お前は公爵家嫡男である私の婚約者でありながら、令嬢としての責務を放棄したことを認めるか?」
公爵令息、アンドレ・ジュアットは尋ねた。
金髪に、切れ長の青い瞳を持つ貴公子である。
今日はアンドレの誕生日パーティー。
パーティーの最中、会場の中心で婚約者の少女に詰問したのだ。
「──はい、認めます」
エメリーヌ・フィネルは伯爵令嬢である。
そして自他ともに認める『令嬢らしからぬ人物』でもあった。
決してマナーが備わってないわけではない。
公の場では完璧に振る舞うように躾けられていたし、取り立てて性格に問題があるわけでもない。
そして令嬢らしく見目も麗しかった。
アンドレと同じく金髪に青い瞳。
整った顔立ちと体型はエメリーヌの努力の賜物だ。
だが、彼女が『令嬢』として評価されないのには理由がある。
「令嬢魔法に関して、お前はまったく才能がない。それも認めるな?」
「はい、仰るとおりです」
──令嬢魔法。
この国では『令嬢魔法』を使える者こそ、真の淑女とされる。
令嬢魔法には様々な属性があった。
『刃物』
『正装』
『茶会』
『舞踏』
……などなど、あらゆる属性がある。
エメリーヌはどの属性の令嬢魔法にも才能がなかった。
すなわち、この国では令嬢として評価されるに値しないのだ。
令嬢魔法を扱えない者は優雅ではない。
それが絶対的な評価尺度。
もちろん、小さいころから努力した。
血がにじむような努力を朝から晩まで。
それでも才能が開花することはなく、ここまで来てしまった。
「お前のような優雅でない者に、公爵家の婚約者となる資格はない。幼少期からいつか才能が開花すると思って連れ添ってきたが……もう限界だ。
パメラ、こちらへ」
アンドレは周囲の見物人の中から、一人の少女をエスコートする。
淡い紫色の髪と瞳。
妖艶な雰囲気を醸し出す令嬢だ。
彼女の名はパメラ・セルネ。
誰もが名を知る公爵令嬢である。
そして高名な令嬢魔法の使い手でもあった。
「知っているか? パメラが『茶会』の魔法で作る紅茶は世界一だ。
エメリーヌが作る泥水とはわけが違う。彼女こそ俺の婚約者に相応しい」
パメラを抱き寄せるアンドレ。
二人が最近付き合っていることは誰もが知っていた。
もちろんエメリーヌも知っていたが、相手は格上。
異見などできるはずもなかった。
「というわけで、俺はパメラと婚約を結ぶ。
エメリーヌ、わかってくれるな?」
「……はい。承知しました」
周囲の誰もが納得しているようだった。
エメリーヌ自身でさえ、自分が無才だと知っているのだから。
だが、こんな公衆の面前で婚約を破棄にする意味は?
ひっそりと伝えてくれればそれで良かったのに。
「……私はこれで失礼いたします。アンドレ様とセルネ様の末永い幸せを願っております」
エメリーヌは華麗に一礼し、踵を返した。
涙はこらえている。
仮にも伯爵令嬢、公然とわめくわけにはいかない。
自分がどこまでもみじめだった。
令嬢魔法の才能がないばかりに、こんなことになるなんて。
周囲の貴族たちが見物する中、一角からどよめきが上がった気がする。
だが、これ以上面倒事には巻き込まれたくない。
エメリーヌは早足に会場を去った。