表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
<R15>15歳未満の方は移動してください。
この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

放たれる

作者: 放たれる

始めての読み切り作品です。


連載もロクに維持できてないのに読み切り書いてる場合かと思ったそこのあなた。

自分もそう思います。

更にはこの作品自体は2022年の2月にほぼ書き終わってはいたのですが、特に意味も無く寝かせていて、気付いたら半年経ってました。

このままじゃいかんという事になり、8月に入ってから何度か推敲を重ね、晴れて公開させていただきます。


私の拙作、幾か所にも至らない点はあるかと思いますが、温かい目で見守っていただければ幸いです。

時刻は夜11時。


舞台は現実の世界でいう所の、中世ヨーロッパの田舎町を思わせる様な町「ジョモ」


一見、喧騒とは程遠そうだが、先程から大の大人5~6人が、齢12の少女を全力で追っている様だ。

そんなドタバタ逃亡劇からこの物語は幕を開ける。


「はぁ…はぁ…まだ追ってくる!!!」


少女は息も絶え絶えに何かを大事そうに抱えながら、ひたすら走っていた。


「待ちやがれぇ、クソ餓鬼ぃぃ!!! てめぇら絶対ぇ逃がすんじゃねぇぞ!!?」


「は、はい、ボス!!」


走るという行為に於いて、凡そ似つかわしくない小洒落た服装、その服装が今にも弾け飛びそうな恰幅の良い体をした中年の男が汗だくになって叫んだ。どうやらこの一見チンピラ染みた男達の親分的存在らしかった。

こういう場合、ボスは指示出しに徹して自らは高見の見物を決め込み、逃がしたら容赦なく叱り飛ばし、見事に捕まえたら子分を褒めてやるというのが定石というものだが、どうやらこのボスは自ら率先して前に出るタイプらしかった。

自らも汗をかいて働くというと聞こえは良いが、子分達からしたらやりにくい事この上ないだろう。

寧ろ豪邸で肉でも食って大人しくしててくれた方が、幾分やりやすかっただろうに。


「この細道なら…!」


少女と建物の間にある子供一人がようやく入れそうな細道を見つけると、素早く入って行った。

それはそれは猫を思わせる様な見事な身のこなしであった。


「そこかぁぁぁ!!」


何を思ったのか、ボスの男はどう考えても入れないであろう細道に突っ込んで行った。

案の定、先に進めないで少女を取り逃がしたどころか、ものの見事に細道に体が挟まってしまった。


「なんという事だ、身動きが取れなくなってしまった!!」


「ちょっとボス、一体何やってるんですか! どう考えてもその体でこんな細い道を通ろうなんて無理でしょう!!」


子分達から見て、自分達のボスが細道に挟まってジタバタする姿は、さぞかし悲哀に満ちていたであろう。


「畜生がぁ…!! 10年前の体形だったら、こんな細道でも通れたはずなのにぃ…!!」


「いや大人がこの道を通ろうだなんて無理ですって! それにどうせボスに痩せてた時期なんて一度も無かったでしょう! どさくさに紛れて過去を改竄しようとしないでください!!」


一応ボスとは呼ばれているものの、この様な軽口を叩ける辺り、割と子分達とは立場が対等であるらしかった。


「おのれクソ餓鬼ぁ…覚えていやがれぇ…ええええええ!!!」


そう言って両手で両脇の建物に力を入れると、ビキビキと音を立て始め、壁に罅が入り始めた。


「ちょっとボス、建物を壊すの止めてくださいよ!! すぐ近くに俺の家もあるんですから!!」


「ぬうぅ…ついつい怒りで我を失っちまったぜ…。てめぇら、ここは一旦引き上げるぞ! こうも暗がりだと餓鬼を探すのも困難だ」


「じゃあまた明日集合という事で…?」


「そうだ! どうせあの餓鬼はこの町から出られやしねぇんだ!!」


「…まぁボスもですけど。じゃあ俺達帰るんで」


そしてそのまま子分達は解散し、それぞれ自分達の家に向かって歩き出した。


「ちょっと待てぇ!! 俺を置いて行くんじゃねぇ!! でないと建物壊すぞ!!? あれ、良いのかな壊しちゃってぇ!! ねぇお願い、俺を置いて行かないでぇぇ!!」


ボスのなんとも情けない声がこだました。その道中、子分達の何人かが会話をしていた。


「はぁ~、そろそろこの町も潮時なんじゃねぇか? 町民共もみんな辛気臭ぇ顔してるし、見てるこっちまで気分落ちて来やがる。ボスは相変わらずだし…」


「確かになぁ…どっか近くの山に魔石でも転がってねぇもんかね」


男が言う魔石というのは特殊な力を秘めた石の事だが、一口に魔石と言っても秘める力については非常に多くの種類があり、「風」「水」「火」「電気」「氷」の様な自然現象から対象物に対して働きかけるものまで千差万別である。但し、非常に希少価値の高いものなので、おいそれと手に入れられる様なものではなかった。


「魔石なんて代物がそう易々と手に入ってたら、こんな町に居座ってねぇだろ…。大体あれはこの地からずっと南東の大陸にしか存在しない上に、魔石の大半はロクでもねぇ集団が所持しているって話だ」


「ロクでもない…ねぇ…。あ、そういや最近『雷神の祟り』の噂をよく聞くんだけど、知ってるか?」


「あー…なんかジャギット様もそんな事言ってたな。それって何なの?」


「いや、俺も詳細は良く知らないんだけど、この町の外で雷神様が出没して、悪事を働いた人間を雷で焼き殺すんだと」


「なーんだその昔話みてぇな噂は…じゃあ俺らもその内祟られちまうんじゃね?」


「あはは、そりゃ怖ぇ!」


「とっとと例の作戦実行しちまえば良いのにな。もう良いだろうよ」


よくある噂話に花を咲かせながら、連中は去って行った。

一方、路地裏に逃げ込んだ少女、追跡を逃れた事を確認すると、安心したのかその場でへたり込んで知った。


「はぁ…なんとかうまくいった。噂通りのアホだったなあのデブ…」


少女は奴らから奪い取った金を見ながら、無邪気に笑った。

伸びきって雑にまとめられた赤髪に薄汚れたボロボロの服装をしていたが、その笑顔はやはりあどけなかった。


「もっともっと大金を貯めて…とっととこの狭っ苦しい町を出てやるんだからな!!」


言葉に出してそう誓うと、少女はそのまま眠りについていった。

翌日、少女は目を覚ますと目を擦って暫く放心状態となった。


「今日も朝が来た…」


やがて起き上がると、辺りを警戒しながら誰も居ない路地裏を歩いて行った。

路地裏を抜けるとジョモのメインストリート「ジョモーテット」に出た。

今日も今日とて、沢山の人達が行きかっていた。

少女は人混みに紛れる様に入って行った。


一方、そこから少し離れた場所にある建物の前で、昨日少女を追い回していたロリコン集団…もとい「ジャギット一味」が集まっていた。


「よしてめぇら!! 昨日は逃げられちまったが、今日こそはあのクソ餓鬼をひっ捕らえてやるぞ!!」


「あの…ボス、それは良いんですが…何ですかこの写真は?」


「何って見りゃ分かんだろうが!! クソ餓鬼の写真だよ!! アイツの顔を見たのが俺しかいねぇ以上、その写真が唯一の手掛かりだ!!」


「手掛かり…」


子分達は、顔がぼやけまくっていて、正直要らないレベルのポンコツ写真を眺めていた。


「こりゃ盗まれた金は諦めた方が良さそうだなぁ…」


「だなぁ…」


「おい、てめぇら!! 始まる前から諦めんじゃねぇ!! じゃあ全員散れぇ!!」


こうしてジャギット一味の少女大捜索が始まった。

当の少女はと言うと、ジョモーテットからはとうの昔に離れていて、メインストリートから少し離れた所にある小さな1軒家に向かって行った。こじんまりとはしていたが、手入れが行き届いた綺麗な外見をしていた。


「お姉ちゃん、ただいま!!」


少女は元気の良い声で叫ぶと、勢いよくドアを開け、ドタバタと中に入って行った。

すると奥の方から1匹の子犬が、まるでミサイルの如く勢いで少女目掛けて走って来た。


「くーん、くーん!」


「お、チャチャ良い子にしてたかぁ~? よしよし♪」


チャチャと呼ばれた子犬は、少女に撫でられると気持ち良さそうに床に転がり、体を擦り付けていた。


「ルルリ、あなた今までどこに行っていたの? 私心配したのよ」


「へへへ、ちょっくら一稼ぎしてきた所!! 今回はすっごいんだよ!?」


「一稼ぎって、あなたどこでそんな…それにそんなに服を汚して…髪もボサボサじゃない」


「いーから、いーから! 服は途中、道で転んだだけだよ!! 後、髪がボサボサなのは昔からだから!!」


「あんまり夜遅くにふらついてると、雷神様に祟られちゃうわよ?」


「雷神様って…お姉ちゃんまでそんな事いってんのかよ」


「あら、ルルリも知ってたの? 最近噂になってて、隣のおばさんも話してたわよ。悪さをする子には天罰を与えるって」


「だーれがそんなの信じるかよ、バカバカしい! もしそんなのに出くわしたら、ぶん殴ってやるよ!」


「本当にこの子は…もうちょっと女の子らしくしなきゃダメよ? ねぇーチャチャ、困った子よね」


チャチャはルルリの姉の言葉の意味を知ってか知らずか、首をかしげてポケーっとした顔をしていた。


「あーもう、そういう女の子らしくとか、私に似合わないから! 私はこれでいいの!」


そう言って、ルルリと呼ばれた少女は着ていた服を脱ぎ、乱暴にカゴに放り込んだ。


「ルルリ!」


「わ、分かったよ、ごめんって!」


ルルリは自分のガサツな行動を咎められたと勘違いして謝ろうとしたが、ルルリの姉はルルリを優しく抱きしめた。


「何はともあれ…おかえりなさい…」


「…うん、ただいま…」


ルルリの姉から漂ってくる優しく甘い香りがルルリを包んでいった。


「ルルリったらちょっと汗臭いわよ」


「そ、そんなに汗臭い!?」


「ふふふ、冗談よ。でも清潔にはしなきゃね。お洋服の片付けは良いから、早くお風呂に入っておいで」


そう言ってルルリのボサボサの赤髪を優しく撫でながら、微笑みかけた。

ルルリは照れ臭そうにしながら、風呂場の方に向かって行った。

残りの衣服を脱ぎながら鏡に映る自分のボサボサ頭を見つめていた。


「まぁ…確かにボサボサ過ぎるかも…今度お姉ちゃんに切って貰おう。ってチャチャは入って来ちゃダメだろ? お姉ちゃんの所で待ってろ!」


チャチャを外に追い出しつつ、浴室に入って行った。


同時刻、このジョモの町と外を繋ぐ門の辺りを一人の少年が歩いていた。目深に被ったフードから表情は伺えないものの、セミロングの美しい銀髪が顔を覗かせており、やや怪しい旅人スタイルの身なりをしていた。背丈は160cm程のやや小柄な体格をしている。

彼の姿を見る人々は、一様に驚きの表情を浮かべていた。


「あの子…ここの町の人間じゃないよな?」


「うーん、確かに見た事無いし、パッと見た旅人っぽいけど…。魔除けのマントはしてないし、まさか歩いてここまで?」


「いやいや、魔除けのマントも無しに旅人が徒歩でこの街に外から入って来れる訳ないだろ! ましてや子供一人で…」


「じゃああれは何だってんだよ?」


「まぁ…それは分からんけど…」


「…だよねー」


周りの人々の会話をよそに、少年は表情を変えず、町の中を歩いて行った。


再び戻って、ここはルルリとその姉が暮らす家。


「はー、さっぱりしたぁ♪」


ルルリは言葉の通り、さっぱりした表情をして出てきた。


「ルルリ、もう出てきたの? ちゃんと洗ったの?」


「洗ったよ! もういつまでも私の事子供扱いしてさ!」


「実際、まだ子供なんだから仕方ないでしょ? この間12歳になったばかりなんだし」


「ちぇ~早く大人になりたいなぁ」


チャチャが「くーん」と鳴きながら、ルルリの傍に寄って来た。


「…なにチャチャ、もしかして私を慰めてんの? 余計惨めになるから止めて」


「風邪ひくから、ちゃんと髪乾かしてね。私はお父さんとお母さんの所に行ってくるから」


「……」


ルルリは姉の言葉を聞くと、何故か悲しそうな表情を浮かべた。


「お姉ちゃんっ!!」


「…? なぁに?」


ルルリの姉は少し驚いた様子でルルリの方を振り向いた。


「まだまだ…いつになるか分からないけど…沢山お金が貯まったらこの町を出よう!! 誰にも囚われない自由な人生を送るんだ!!」


「またその話? ルルリも分かってるでしょ? この町から出る手立てが無い事くらい」


「あるよ! ジョルナリーナ王国へ大金を納めればここから出してくれるって…」


「その大金はどうやって用意するつもりなの? 私達が一生かかっても稼げない様な額なのよ?」


「それは私がお姉ちゃんの分も稼ぐから!! 今だって結構良い感じでお金が貯まってきてるんだよ!? この調子でいけばその内…」


根拠の乏しい熱弁を繰り広げるルルリを、姉は優しく抱きしめた。


「ルルリ…私は今の生活だって案外満足してるのよ? 別に毎日の暮らしに困窮している訳でもない。それに私にはあなたが居てくれてる…。それで十分だわ…」


「…ハクさんは…?」


「えっ……?」


「お姉ちゃん、ハクさんには会いたくないの?」


「……私達、結ばれない運命だったのよ。それはあの人だって…」


「…それはハクさんが言ってたの?」


「…それは…」


「きっと今もハクさんはこの町の外でお姉ちゃんの事を想い続けてる! だってあんなにお姉ちゃんの事…」


「…仕方ないのよ」


「仕方なくなんかない!! この町から出れる可能性が0じゃないのに、お姉ちゃんがハクさんの事諦めちゃったら、ハクさんの想いはどこに行くの!? お姉ちゃんが納得しても、そんなの私が納得できないよ!!」


「ルルリ…」


「お姉ちゃんが諦めても、私は絶対諦めないんだからな!! ぜっったい大金貯めて、お姉ちゃんと一緒にこの町から出てやるんだから!! 後、チャチャも!!(忘れてた)」


そう言って、髪も乾かさずにいつものボロ服に着替えると、もの凄い勢いでルルリは家を出て行った。


「…言い出したら聞かない所、本当にお父さんそっくりね…」


ルルリの姉は、少し呆れた様に笑いながら壁に掛けられた一枚の写真に手を添えて眺めていた。

写真にはルルリとルルリの姉、そしてハクと思しき男性が笑顔で写っていた。


(…ハクさん…あなたが元気で居てくれたら…私はそれで…)


ルルリの姉の頬には悲しい程綺麗な一筋の涙が伝っていた。


一方、家を飛び出して行ったルルリは早速今日の獲物を物色していた。

なるべく身なりの良さそうな人物にターゲットを絞り、隙をついて金品を奪うというのが少女のやり方だ。但し、昨日の夜の1件もあり、周囲の警戒を怠る事が出来ないのでいつも以上に神経を使う。


(っくしょー、昨日はしくじったなぁ…。顔見られてないと良いけど…)


辺りを警戒していると、どうにも見慣れない姿をした人物を発見した。


(んん~? あんな奴この町に居たかぁ?? あの服装…旅人!?)


その男は、先程町の門の所で人々の注目を浴びていた少年であった。

何やら辺りを見渡しながら歩いている。何か探し物でもしている様子だった。


(…なんで魔除けのマントも無しに旅人が外から入って来れたんだ? いや、もしかして王国の人間…にしちゃあ私とそう年も変わらなそうだし……にしてもなんの目的で…)


勿論、その様な見ず知らずの少年の素性など、遠くから見るだけでは到底分かりようにも無かった。


(決めた! 今日の獲物はあいつにしよう! この町の他所から来たんなら顔見られようが問題無いし、一度まいちまえばこっちのもんだ…!)


ルルリはすぐに行動を開始し、すぐに少年のすぐ近くまで接近した。全身を覆う程の黒いコートにフードをしており、益々異質な雰囲気を醸し出していた。


(こいつ、ホントに何しに来たんだ…?)


こちらに気付いている様子は無く、少年は町の名物「ハムハム」の店の前で立ち止まった。

ハムハムとは、パンでハムを挟み、その他諸々の食材をぶち込んだ食べ物で、現実の世界でいう所のサンドイッチと言った所である。


(よし、ここでハムハムを買うみたいだ! こいつが財布を取り出した瞬間に…)


どうやらルルリはハムハムの代金を支払う際に取り出した財布を奪い取る作戦を立てたようだ。

一見すると随分と乱暴、且つリスクの高そうな作戦だが、余程自分の泥棒技術と逃げ足に自信がある様だった。

やがて少年がハムハムの代金を支払おうと財布を取り出そうと、体の左側にかけたカバンに右手を入れた。


(今だ!!)


ルルリは建物の影から飛び出し、素早く少年の背後を取り、カバンから財布を取り出した右手を確認し、手を伸ばした。


(貰った!!)


ルルリは成功を確信した……ハズだったが、ルルリが伸ばした手を振り向きもせずに左手で見事に掴んだ。


「っれ!!?」


一瞬、ルルリは訳が分からず、フリーズしてしまったがすぐに状況を飲み込み、見事に作戦が失敗してしまった事を悟った。

少年は何事も無かったかの様に財布からお金を取り出し、代金を支払った。


(な…なんでバレた!? しかも振り向きもしないで…)


「はいよ、ハムハム2つお待ち!!」


少年はハムハムを受け取ると、ルルリの手をグイっと引っ張り自分の目の前に放っぽると、ルルリの顔をじっと見つめた。フードのせいで相変わらず表情は伺い知る事は出来なかったが、得体の知れない恐怖がルルリを襲った。ルルリは腰が抜けて動けなくなっていた。


(あ…やばい…私…ここで殺…お姉ちゃん……)


しかし、少年はルルリを5秒ほど見た後、何もする事無くそのまま歩いて行ってしまった。

ルルリは呆気に取られてしまい、暫くその場で固まってしまった。


(なんだあいつ…私に気付いて…? いや、そんな素振りは全然…)


「ホラ、嬢ちゃん……ってルルリか。いつまでそんな所でへたり込んでんだ? 客の邪魔になるから退いた退いた!!」


「あ、あははは、ごめーんおじさーん……」


店主の男におっ払われると、ルルリはすぐ様フードの男を追った。


(さっきのは何かの間違いだ!! 今度こそ…)


ルルリは先程よりも一層注意を払い、気配を限界まで殺して再び近付いた。

フードの少年はカバンを左肩に掛けていたが、特にカバンのひもを手で持つでも無い様子だった。

少しの反動で肩からずり落ちそうにも見えた。


(今度はカバンごとひったくってやる…)


ルルリは道行く人々に紛れながら近づき、人ひとり挟んでフードの少年の真横の位置に着いた。


(いける!!)


そう確認したルルリは、フードの少年のカバン目掛けて手を伸ばした。

しかし、次の瞬間フードの少年はわずかに右に体を避け、ルルリの手を躱したかと思うと、そのままその手を引っ張り、あっという間にルルリの服の襟を掴んで持ち上げて見せた。

さながら、魚屋の店主に掴まったいたずら猫の様だった。


「…マジかぁ」


盗みに関して、これまで殆ど失敗などしたなど無く、絶対の自信を持っていたルルリにとって、2回連続の失敗には流石にショックを隠し切れなかった。

フードの少年を見上げると、サファイアの様に美しく、しかし相手を凍え死なすかの如く冷たい目をした顔がそこにあった。顔はまだ幼く、かなりの美少年であった。


「さっきから鬱陶しいんだよ…」


目にも負けず劣らず凍てつくような口調で呟くと、そのままルルリを道端に放り捨てた。


「んぎゃっ!!」


ルルリが起き上がると、先程と同じ様にフードの少年はそのまま立ち去ってしまった。


「なんだあいつ…」


気が付くと、ルルリは無意識のうちにフードの少年の後を付けていた。

先程の恐ろしいまでの勘の鋭さ、そして外部の人間が「この町」に入って来て「無傷」であるという事実。

ルルリの興味はフードの少年の持つ金品から、少年自身に向いていた。

やがて、ルルリの家の近くまでやって来た時、フードの少年は突然足を止めた。

それに合わせてルルリも同じく足を止めた。


「…なんだ?」


フードの少年はまたしても振り向く事も無く、ルルリが付けている事を見破った。

ルルリも決して雑な尾行をしていた訳でない。事実、昨日のボスが相手であれば全く気付かれる事は無かっただろう。


「げっ…いつから気付いてたの…?」


「最初からだ。気配が駄々漏れだ…」


「けっ、そうですかい。これでも後を付けるの結構自信あったんだけどなぁ」


「この町じゃどうか知らねぇが、町の外じゃそんなお粗末な尾行、全く通用しないから止めておけ」


「町の外…って事は、やっぱりアンタ、この町の外から来たのか?」


「…だったらなんだ?」


「いやだって、あの門を潜って来たって事でしょ? そんな事出来るのは王国の人達くらいで、旅人なんかが入れる筈ないのに…」


「…俺は普通に門を潜ってこの町に入ってきただけだ」


フードの少年は再び歩き出した。


「ねえねえ、アンタは何しにわざわざこんな町にやって来たの? 名前は?」


「他人に教える義理は必要も無ぇ。失せろ」


そう言って歩みを止めなかったが、ルルリは相変わらずフードの少年の後を付けている。

このままだとずっとつけられると悟ったのか、再び歩みを止め、フードの少年は深いため息をつきながら、ルルリの方を振り返った。


「…人探しだ」


「人探し…?」


「依頼人は探し人の両親。この町に向かうという言葉を最後に消息が途絶えた。…以上だ」


「その人もこの町に…? 一体なんの目的でこんな町に…」


「知った事じゃない。俺はただ依頼を遂行するだけだ」


「じゃあアンタ、見つかるまでこの町に居るのか?」


「だったらなんだ? いい加減俺に関わるな、目障りだ」


「アンタ、寝る時はどうする気なの?」


「…宿に泊まる以外に何がある」


「この町に宿なんて1軒も無いよ」


「宿が無い…?」


確かにこの町を見渡してみると、町民の家や店は見かけるものの宿らしき建物は見当たらなかった。


「今、この町には外から来る人は殆ど居なくなっちまった。そのせいで宿はてんで商売にならないってんで、この町から消えちゃったんだよ」


「…それは問題だな。情報感謝する。じゃあな」


そう言うとフードの少年は再び歩き出そうとした。


「え、今のアンタ話聞いてたの?」


「…しつけぇな…宿が無けりゃ野宿するまでだ」


「行く当てが無いならっ!!」


「…?」


「わ、私の家で泊まれば良いよ!!」


「…あ?」


同時刻、ルルリの姉は家で家事をこなしていた。


「はぁ…あの子ったら今度はどこに行ったのかしら…」


すると、昼寝していたチャチャが飛び起き、玄関の方へまっしぐらに走っていった。

間髪入れずに家のドアを勢いよく開けてルルリが帰って来た。


「お姉ちゃん、ただいま!!」


「ルルリ、今度はどこに行ったの?」


「へへへ、まぁちょっとね」


やがてルルリの姉はルルリの後ろに立っている、仏頂面の少年の存在に気付いた。


「えーっと…ルルリ、その方は…?」


「あ、ごめんごめん、紹介が遅れた! この人、宿無いからここにしばらく泊めて欲しいんだって!」


「…頼んだ覚えはねぇ。お前が無理矢理ここまで連れて来ただけだろうが」


「んな事言って、泊まる場所が見つかってホッとしてんじゃないの~?」


「…っとうしいクソガキだ」


「ったく素直じゃないんだから、アニキは~」


「…誰がアニキだ、次言ったらぶっ殺すぞ」


「…うぅ、ホントにおっかない人だなアンタ…」


それからルルリとフードの少年は中に入った。

仏頂面で喋らないフードの少年の代わりに、ルルリがこれまでの経緯をルルリの姉に説明した。


「じゃあ…あなたは外からこの町に入ってきたって事なの…? 信じられない、外には魔物も沢山いるっていうのに魔よけのマントも無しに…」


3人は常識として知っている為、特には触れないので説明すると、この世界には魔物と総称される生き物が生息している。地域によって魔物が生息している地域とそうでない地域があり、このジョモの町は魔物が比較的多く生息している、所謂「魔物多生息地帯」と呼ばれる地域に当たる。

しかし、人間を捕食してしまう様な魔物というのは極々一部で、且つ町を囲う壁部分に魔除けの仕掛けが施されている為、よっぽどの事が無い限り、町が襲われる事は無い。

ちなみに町の外に出る際は、魔除けのマントを羽織ったり、魔除けの馬車に乗って移動するのが一般的である。

但し、旅人の中には魔除けのマントを羽織らず、魔物を蹴散らしながら移動する猛者も存在する。


「でしょ!? 只者じゃないとは思ってたけど、ホントに凄いんだ!」


「そもそもルルリは、この人とどうやって知り合ったの?」


「…元々そいつが俺の金目のもんを…」


「あーあー、いやぁそれがこの人道に迷っててさぁ!! それで私が案内してあげてたんだよ!!」


ルルリの悪行がバレるのを恐れ、慌ててフードの少年の声を遮り、咄嗟の嘘で塗りつぶした。


「まぁそうだったのね。ルルリ偉いわねぇ♪」


明らかに殺意丸出しのオーラがフードの少年から向けられているのが分かり、ルルリは必死に顔を背けてやり過ごした。


「…俺は別に横になれりゃあ、家の外だろうと別に構わないし、お前らの世話になる気も無ぇ」


「野宿ですって? それは絶対止めた方が良いわ!」


「…?」


「今は昼だからそんな風には見えないけど、夜になると途端にこの町は治安が悪くなるから…。ジャギット一味っていう連中が居るんだけど、そこのボスがこの町一番の権力者であると同時に、ギャングの親玉でもあるの…」


「…要はそのボンクラが、この町で幅きかせてるから、その傘下のごみ共が好き放題やってるって話か?」


「そう…だから外で野宿だなんてとんでもない事だし、絶対にお勧めできないわ」


ルルリは、姉にはバイトをしていて、たまに泊まりがけになる事もある…という風に説明している。勿論盗みを働いたり、町の裏路地で寝たりしている事があるなど露知らない。


「ねぇアニキ、今夜はここに泊まって来なよ!」


「……」


フードの少年はなんとも面倒な奴らに絡まれてしまったと思うと同時に、ただで家の中で体を休められる事を考えると、特に断る理由は見つからなかった。


「…じゃあ…1日だけ世話になる」


「はい、どうぞゆっくりしていってね♪」


「やったー、アニキ宜しく~!! 私、アニキの寝床の支度をしてくるね!」


ルルリはそう言うと、とっとと二階に上がって行ってしまった。


「あらあら、まだ夜まで時間があるのにあの子ったら…」


「…お前ら…余所者に対して、いやに親切過ぎやしねぇか?」


「あら、そうかしら? 私は普通の事だと思っているけど…」


チャチャはロクの足元へやって来ると、ロクの足に物凄い勢いで体を擦り付けてきた。


「…こいつはなんだ?」


「子犬のチャチャよ。2ヶ月位前にルルリが拾って来たの。チャチャもあなたの事を歓迎しているみたいね♪」


「……」


この子犬の事は兎も角、先程 2度もルルリに金品を狙われた手前、正直フードの少年は、この姉の事は微塵も信用していなかった。

何も邪気が無いのならばそれで良いし、あるのであればそれなりの対応をすればいい位に思っていたが、何故かこの女性に対して理由を聞いてみたくなった。


「俺はここに来て何も素性を明かしていない。名前でさえもだ。そんな不詳だらけの余所者を家に泊めようだなんて普通思うか?」


「それもそうね…」


ルルリの姉は少し考えていた。


「じゃああなたのお名前教えてくれるかしら」


「…俺がここでそれを言う義理でもあるか?」


「確かに義理は無いわね。じゃああの子が呼んでいた様に『アニキ』君とでも呼ぼうかしら…」


「ざけんな、ぶっ飛ばすぞ」


「じゃあなんて呼んで欲しいの?」


「別に呼ばなくて良い」


「それじゃあ困るわ」


「……」


少し間を置くと溜息をついてルルリの姉の方を見た。


「『ロク』…」


「えっ?」


「『ロク』。俺の名前だ」


「はい、ロク君ね、覚えたわ。あ、そう言えば私も名前をまだ言ってなかったわね。『ルルラ』って言います。良かったら覚えてね♪」


「……ルル…ラ…」


フードの少年、改め「ロク」は、ルルラの名前を口に出した。


「あら、そんなに珍しい名前だったかしら?」


「いや…別に…」


そういうとロクは、立ち上がって家の出口に向かって行った。


「あら、急にどうしたの?」


「さっきも言っただろ? 俺は依頼された人物を探している。その調査に行ってくる」


「そう…じゃあ一つお願いしてもいいかしら?」


ルルラは何故か手に何本もの花を抱えていた。


「…断る」


「まだ何も言ってないのに…」


「俺は仕事でこの町に来たんだ。とやかく言われる筋合いは…」


「あらー寝床を提供してもらっといて、お願いの一つも聞いてくれないの?」


「お前ん所のバカガキが無理矢理連れてきたんだろうが…」


「でもあなたはそれを受け入れたでしょ? 経緯はどうであれ、結果は同じよ」


「姉妹そろって…」


ロクは深いため息をつきながら頭を掻いた。


「…で、願いってのは一体なんだ」


「願いというか…一緒に来て欲しい所があるの」


「…?」


「私達のお父さんとお母さんの居る場所」


すると散歩に連れて行ってもらえると思ったのか、チャチャも入り口の方まで走って来た。


「ごめんねチャチャ、散歩じゃないのよ。良い子だから、ルルリと仲良くお留守番しててね♪」


チャチャを宥めると、ルルラは家のドアを開けて、ロクを連れ出した。


「私について来て」


そう言って、家の出口のすぐ近くにある細く長い階段を登って行った。

ロクは仕方なくその後を追って行った。

階段は見た目以上に急で、且つとても長かった。


「ここの階段、毎回大変なのよね」


ルルラは若干呼吸を乱しながら、階段を登って行った。

一方、ロクは全く息が上がる事無く、表情一つ変えずに階段を上がって行った。

やがて、階段の終わりが見えてきた。


「はぁ…はぁ…さぁ、やっと着いたわ」


そこはジョモの町全体を見渡せる程の高台に位置する、とある場所だった。


「……」


ロクの眼前に広がるのは、数えきれない程沢山の墓標だった。


「凄いでしょ? この町の人達がみんなここに眠っているの」


ルルラはとある墓標の前に立つと、持っていた花を優しく添えた。

墓標にはルルラの両親らしき人物の名前が刻まれていた。


「…病気か?」


「…ううん…殺されちゃったの」


それ以上ロクは何も聞かなかった。いや、正しくは他人の事情に興味が無かった。

それからしばらく沈黙が流れた。


「ジャギットの一味にね。あなたはこの町に来たばかりだから知らないと思うけど」


ルルラは、細く色白の手で墓標に刻まれた名前を優しく撫でた。


「2年前の町全体に及ぶ封鎖事件の事か?」


「…!! なんでロク君がその事を…?」


「別に町に来なくても、それ位の事前調査位は動作もない」


ロクが言う町の封鎖事件とは、突然ジャギット一味が町と外の交流を断絶を宣言した事件の事である。


「俺が知ってんのは、外から見た町の話だけだ。この町の中がどうなってんのかは知らねぇ。宿が無い事や封鎖事件の首謀者がジャギットとかいう馬鹿共だった事だって外には何も漏れ出てきていない位だ。なんせこの町を目指した連中は誰一人として戻って来ねぇからな…」


「え…? この町に…?」


「町の異変を調査しようとした奴、興味半分でこの町を目指した奴…その後一切音沙汰が無い」


「じゃあその人達は一体どこへ…」


「俺がこの町を訪れた際、入り口の門のすぐそばに、随分と雑に葬られた汚い墓があった」


「……!!」


「お前がさっき『この町の人達がみんなここに眠っている』っていう言葉で確信したよ。あれはこの町を目指した連中の成れの果てだ」


「そんな…この町の外でそんな事が起きていたなんて…」


「大方外部の情報が入って来ない様に統制がされてるんだろう。ここでぬくぬく暮らしてる限り分かりゃしねぇだろうな」


「分からない…ジャギット達が何をしようとしてるのかが…」

そう言って、ルルラは自らの胸を掴んで辛そうな表情を浮かべた。

やがてロクは来た階段の方に歩いて行った。


「おい、墓参りはもう済んだんだろ? さっさと行くぞ」


「あ…うん、ごめんなさいね。ロク君には仕事があったのに無理矢理付き合わせちゃって…。私は後から行くから先に行ってて」


「ここで一人でお前に倒れられる方が面倒だ。グダグダ言ってねぇで来い」


そう言ってロクは階段をゆっくりと降り始めた。

「意地悪ね…全部お見通しって事ね…」


ルルラは苦笑すると、両親の墓を再び優しく撫でながら語り掛けた。


「じゃあねお父さん、お母さん。また来るね。今度はルルリも一緒に…」


別れの挨拶を済ませると、ルルラはゆっくりと立ち上がり、ロクの後を追う様に階段を降りて行った。

一方、ルルラ達の家ではルルリが一人で待ちぼうけを食らっていた。


「ったく、私をほったらかしてお姉ちゃんもアニキもどこ行ったんだよ!」


どうやら自分だけ仲間外れにされた事に腹を立てている様だった。

それから数分後、ルルラが家に戻って来た。


「ルルリ、ただいまぁ」


「お姉ちゃん、何も言わないでどこ行ってたんだよ! 人の事言えないじゃんか!」


「ふふふ、ルルリごめんね。お父さん達の所へ行ってたの」


「あ…そうか…あれ、アニキは?」


「ロク君は調べものをするとかで何処かに行っちゃったわ」


「えー!? アニキ、もしかしてそのままここには戻って来ないんじゃ…」


「大丈夫よ、あの子はきっとここに戻って来るわよ。寝る所も無いんだし」


「うーん、まぁそれはそうか…」


「私達は私達で、夕飯の支度を始めましょう。男の子が1人増えたから、沢山作らないとね!」


「うん、じゃあ私野菜を洗ってくるよ!」


「はい、お願い♪」


こうして姉妹の夕飯作りが始まった。こうして見るとどこにでもいる仲の良い、極々普通の姉妹だ。

やがて日も暮れて、辺りが暗くなり始めた頃、ルルラの言った通り、ロクは家に戻ってきた。


「あ、アニキおかえ…りぃ!?」


ルルリが言い終わる前にロクはルルリの頭をどついた。


「ってぇ~!! いきなり何すんだよ!!」


「そのアニキっつーの、やめろっつってんだろうが」


ロクは不機嫌そうにしながら靴を脱いで、中に入って行った。


「ロク君、ルルリも一応女の子なんだから優しくしてあげてね」


「お姉ちゃん、一応ってなんだよ!! 逆に傷付くわ!」


「ルルリもよ。ロク君が嫌がってるんだから、その呼び方はやめなさい」


「えー、なんでよ? 『アニキ』ってカッコイイと思うんだけどなぁ~」


「お前の価値基準で勝手に呼ぶんじゃねぇ。そもそもお前の兄になった覚えはねぇ」


「いやーなんか第一印象が『アニキ』って感じだったから…」


「……」


ルルリの相手をするのがウンザリしてしまったのか、それきりロクは黙ってしまった。


「ロク君、家の中では上着脱いで頂戴。あそこにフックがあるから、そこに掛けておいてね」


「別に俺がどこでどんな格好してようが勝手だ」


「ダメです、『郷に入っては郷に従え』って言うでしょ?」


「……」


ロクは渋々顔を隠す程の目深なフード付きのマントを脱いで、指定されたフックに掛けてきた。


「なに人の顔をジロジロ見てんだ…」


「あぁ、いや別に…」


ルルリがロクの顔をまじまじと見てしまうのも無理は無かった。

フードを脱いだロクの顔は、色白で美少年と言っていい程に整っており、独特の銀髪も相まって、非常に神秘的な雰囲気を醸し出していた。


「あらあら、ルルリったら見とれてるの?」


「そ、そんなんじゃないやい!」


ルルリは顔を赤くして慌てて否定した。


「でも確かにすごい美人さんね♪ 私も驚いちゃった」


「…そりゃどうも」


顔は可愛らしくとも可愛げは全く無かった。時代が時代、世界が世界なら中々の需要がありそうでもある。


「さあ夕ご飯が出来たわ。みんなで食べましょう♪」


食卓にはサラダやら焼き魚やらステーキやら、沢山の料理が並んでおり、見るだけでも涎が出て来そうな見栄えであった。


「…お前らいつもこんな量を食ってんのか?」


「ふふふ、そんな訳ないでしょ? 今日は特別よ。さぁ冷めない内に頂きましょう!」


ロクは言われるがままフォークを取り、ドレッシングが掛かったサラダを一口食べた。

今まで味わった事の無いドレッシングの美味が口の中で広がって行った。


「…うまい」


ロクは無意識のうちに言葉に出していた。

そして徐々にロクがフォークを動かすスピードが早くなっていき、目の前の料理を次々と口の中に運んで行った。


「慌てなくも大丈夫よ。沢山食べてね♪」


「ちなみに野菜の水洗いとか皮むきは主に私がやったんだからね!」


二人の言葉など耳に入ってないかの如く、夢中になって料理を味わっていた。

そんなロクの様子を見て、ルルリとルルラは顔を見合わせながら笑っていた。

あっという間に食事は終わり、ロクは見事に料理を一品残らず平らげた。


「ふふふ、ロク君のお口に合ったみたいで良かったわ。ルルリと頑張った甲斐があったわ」


「ねぇー♪」


姉妹は嬉しそうに皿洗いをしていた。やはり自分が作った料理を相手が食べてくれるというのは最高の御褒美なのだろう。人に料理など作った事の無いロクには全く分からない感覚であるが。


「ロク君の方はどうだった? 何か調査の方は進展したの?」


「ナチュラルに人の仕事の進捗具合に介入してこようとすんじゃねぇ」


暫く沈黙した後、料理をご馳走になった手前、罰が悪いと思ったのか、ため息をつきながらも話してくれた。


「結局俺が探している奴の情報はこの町には無かった。どうやらこの町の中には入っていない。となれば町の外で埋められている遺体のどれかっていうのが可能性大だ。勿論、この町に行きつく間にくたばっちまった可能性も無くは無いが…」


「…それで依頼主は納得するの?」


「しねぇだろうな。第一確証になり得る物が何一つ無い」


「だよね…」


「少なくともこの町に居ても手掛かりは掴めそうにないって事が分かっただけでもマシだ」


「え、じゃあアニキはどうするの?」


「明日の朝にもこの町を出る。ついでに町の外の墓を調べてみるつもりだ。骨になっちまっている以上、判別はつかねぇだろうが。何か引っかかりになる物1つでも見つかれば上出来ってとこだ」


「そ…っか…。もう行っちゃうんだね…」


ルルリはあからさまに悲しそうな表情を浮かべながら、呟いた。

しかし次の瞬間、ルルリは重大な事に気付いた。


「でもアニキ…この町を出るって…一体どうやって出るつもりなの?」


「どうもこうも…入って来た門から出るだけだ」


「この町の事…調べたんならもう知っているよね? この町から出るには国に莫大な大金を支払わなきゃならないって…」


「…あぁそんな事言ってたなぁ」


「そんな呑気な! ここから無断で出ようとすればそれだけで重罪扱いされて、運が悪ければ殺されちゃうんだよ!?」


「お前らの親もそうやって殺されたのか?」


「……!!」


ロクの言う通り、この町の医者でもあったルルリ達の両親は、当時枯渇していった医療品を調達しようと町を出ようとした所、ジャギット一味に殺されてしまったのである。


「心配される程の事じゃない。ただの人間に止められるつもりは更々ない」


「だって相手はジャギット一味だよ!? どんな手を使ってくるか…」


「ジャギットだろうとなんだろうと…俺の行く手を阻むってんなら、容赦なくぶち殺していくだけだ」


ロクの顔は今まで見せた事の無いような、狂気に満ちた笑顔を浮かべていた。


「俺はもう寝る…。お前が用意した寝床、有難く使わせてもらう」


そう言い残し、ロクは二階に上がって行った。


「アニキ…おっかねぇ…」


ロクの迫力にすっかり圧倒されてしまったルルリは、へなへなと力が抜けて、その場に座り込んでしまった。


「まさか正面からジャギット達と衝突する気なのかしら…」


「そんな無茶苦茶な…ボスのジャギットこそ記憶力の悪くて馬鹿で鈍間な奴だけど、人数が多すぎるよ…。昨日だって…」


「昨日?」


「あ、いや、ホラ、昨日の夜、ジャギット一味が全員総出で騒いでたでしょ? 数が多いなあ…って」


「そういえば、昨日の夜は騒がしかったけどあれはジャギット達だったのね。ルルリ詳しいのね」


「あ、えーっと私はバイト先の人から聞いたんだ~」


騒ぎの原因となったのが、自分が金をジャギットからぶん盗ったせいだなんて口が裂けても言えなかったルルリは、咄嗟の嘘でどうにか誤魔化した。


「ルルリも今日は早く寝なさい。明日の朝、ロク君をお見送りしましょう」


「…うん」


「そんな寂しそうな顔しないの。またいつか会えるわよ」


「…いつかっていつ?」


「…え?」


「私もお姉ちゃんも…のんびりしてたらこの町から一生出れない。それにアニキだってこの町に来たのは仕事だったからだし、そうでもなけりゃこんな町になんて二度と……」


「ルルリ…」


「私はこの町から出る事、これっぽっちも諦めてないからな!」


そう言って、ルルリは自分の部屋に引っ込んでしまった。


「…この町を出る…か…」


ルルラはタンスの上に立て掛けてある恋人が写る写真をじっと見つめていた。


「それはきっと…神様が許してはくれないわ…。少なくとも私は…」


上から足音が聞こえて来ると、さっき2階に上がったばかりのロクが降りてきた。


「あら、ロク君どうしたの?」


「水飲みに来ただけだ」


「今用意してあげるわね」


そう言ってルルラが準備しようとした矢先、突然やや大きめの地震がジョブの町を襲った。

但し、その揺れは一瞬で特に被害は無かった。


「ふふふ、ビックリした? この町数年前から地震がとても多くて毎日の様に揺れるの。と言っても、被害が出る程揺れる訳じゃないから、もう慣れちゃったけどね」


「数年前から…?」


ルルラは何事も無かったかの様に、樽の中に保管してあった水をコップ一杯分すくい、ロクの前に出した。

コップを受け取ると、ロクは一口水を含んで、何やらルルラの顔をまじまじと見ていた。


「なあに、ロク君人の顔をジロジロ見て」


「お前も早く寝た方が良いんじゃねぇのか?」


「ふふふ、私は寝るのが遅いのよ。気にしないで大丈夫よ」


「大丈夫…ねぇ…全くどの口が言ってやがんだかな」


「……どういう意味?」


「…お前病気隠してんだろ?」


「……」


「少量ではあったが、お前の親の墓の傍に吐血した痕があった。最初に顔色を見た時から疑っちゃいたけどな」


「…やっぱり意地悪な子ね。私が家に戻った後にわざわざ確認しに行ったの?」


「ふざけんな、別件で確認したい事があっただけだ。ついでだ、ついで」


「前言撤回、ロク君はぶっきらぼうだけど、優しいのね」


「やめろ、虫唾が走る」


ロクは不機嫌そうな顔をしながら、そっぽを向いてしまった。彼なりの照れ隠しなのだろうと思い、ルルラはなんだかおかしかった。


「…私の両親と懇意にしていたお医者さんがね、もう長くは無いって」


「……」


「この町の外にある大きな病院とかだったら、なんて事ない病気ですぐ治っちゃうんだけどね」


「病気を治す為に、この町を出ようとは考え無ぇのか?」


「無理よ。昼間も説明したでしょ? ここに住む人達は如何なる理由があろうとこの町を出る事は出来ないって。病人だからっていう例外は通用しないわ」


「で…素直に運命を受け入れって訳か。恋人にも会う事も諦めて」


「…仕方ないわ…そういう運命だったんだもの」


顔では必死に笑って見せたが、悔しさが詰まった拳はを微かに震わせながら、ルルラはスカートの裾をぎゅうっと掴んでいた。

それを知ってか知らずか、水を飲み干したコップを流しに持っていき、自分で洗った。


「ごめんねロク君、こんな暗い話しちゃって…。私は大丈夫だから…」


そう言って、顔を上げるとロクはルルラの顔をじっと見つめていた。


「…ど、どうしたのロク君?」


「…どうしてぇんだ?」


「え…?」


「本当はどうしてぇんだ?」


「…本当は…」


ロクからそう言われた時、ルルラの頭の中を様々な記憶、感情が交錯しながら駆け巡った。

そして、急に堰を切ったかの様に涙が溢れ出した。


「…死にたくない…まだ生きたい…ルルリとずっと一緒に居たい…ハクさんに会いたい…」


いままでルルラが胸の奥に閉じ込めていた願いや夢が涙と共に言葉となって溢れ出した。

嘘偽りの無いルルラの正直な言葉を聞き届けると、ロクはゆっくりとルルラに近付き、


「そうか」


と一言呟き、そのまま2階に上がっていった。


「ロク君…?」


ルルラは2階に上がって行くロクの後ろ姿をいつまでも見つめていた。

ロクは自分の寝床が用意されている部屋の前に立つと、ルルリがすぐ近くで待っていたのに気付いた。


「…なんか用か」


「…アニキ…」


ルルリはそこで言い留まって、何やら思い詰めた顔をしながらロクの顔を見つめた。


「私と…お姉ちゃんを…」


再び言葉を閉ざし、少し黙ったかと思うとルルリはどう見ても無理をした笑顔をして見せた。


「ううん、何でもない! これは私がやらなきゃいけない事だから! アニキ、おやすみ!」


意味有り気な言葉を言い残すと、ルルリは自分の部屋へすっこんでしまった。


「……どいつもこいつも」


ロクはそう呟いて、そのまま自分の寝床が用意された部屋に入って行った。


次の日の早朝、この町を出る前の最後の調査として、町中を隈なく調べていた。

普段見慣れない人物が町中をウロウロしていた為、完全に不審者扱いだったが、どうせもうすぐ出る町だからと、ロクは特に気にも留めていなかった。

町を囲う壁をなんとなく見ていると、ある異変に気付いた。


(壁の位置が微妙にズレてる…?)


確かによく見ると、僅かではあるがまるで壁が引きずられた様な痕跡が残っていた。昨日までは無かったハズである。しかし現実的に考え、この町全体を囲っている巨大な壁を一晩で引きずるのは不可能だった。

一瞬、ロクの頭には昨晩の地震が頭を過ったが、あの程度の規模の地震で壁全体の位置がズレるとは到底考えにくかった。しかし「数年前から地震が頻発している」というルルラの言葉がどうにもロクの中で引っかかっていた。引き続き辺りを見渡してみると、無数の穴ぼこの様なものが散見された。


(これは…地中から何かが飛び出した後…? そしてこの規模……万が一に備えるか…)


するとロクは右耳に手を当て、瞼を閉じて集中すると何やら呟き始めた。


「俺だ。至急頼みてぇ事がある」


ひとしきり喋り終わると、ロクはルルラ達が眠っている家に戻って行った。

やがて太陽が昇り始めた頃に食事の支度の為にルララが、その少し後にルリリがようやく目を覚ました。


「おはよ~…お姉ちゃん…アニキぃ~…」


まだ完全に目が覚めていないルリリは、壊れたおもちゃの様にふらふらと歩いて来た。


「おはようルルリ、もうすぐ朝ごはんが出来るから、先に顔洗ってきなさい」


「は~い…」


「ルルリ、そっちは玄関、洗い場はあっちよ!」


「は~い…」


絵に描いた様な寝ぼけっぷりをロクは呆れ顔で見ていた。


「ふふふ、ルルリったら毎朝あの調子なのよ。寝ぼけて壁や家具にぶつけて怪我したのだって、一度や二度じゃないんだから」


「昼間はあんだけ騒がしいのにな」


「子供は朝弱いものよ。ロク君だってそうだったでしょ?」


「さぁな…」


洗顔から戻って来たルルリを交えて、3人最後の食事を済ませると、ロクは町を立つ支度を始めた。

とは言っても、元々荷物は少なかったので、朝がた町で調達した少々の食糧をカバンに詰めるだけだった。


「寝床と食事…世話になった。感謝する」


「いーえ、またいつでも来て頂戴ね♪」


「…」


ルルリはルルラの言葉を聞いても俯くばかりだった。ルルラが言う「いつでも」という日々がもう来ない事を知っていたからだ。そしてルルラもそれを知りつつ言葉にしていた。


「ほら、ルルリもちゃんとお別れの挨拶をして」


「…うん」


ルルリは必死に顔を上げ、最後の別れの挨拶を言おうとしてた時、ロクの表情が一気に変わった。


「さてと…悪ぃな、お別れはもう少しだけ先になりそうだ…」


「え…どういう意味?」


ルルラ達がロクの言った言葉に戸惑っていると、ロクは扉を開けて外に出た。

すると外には何人かの男達が居るのか見えた。


「…? 誰かしら?」


ルルラ達も遅れて家の外に出ると、ジャギット一味が家を取り囲むようにして現れている光景が目に入った。そして、既にロクはジャギットと対峙中であった。


「んんー!? 誰だ貴様、見かけねぇ顔だな!! まさか他所から来たもんか!?」


ジャギットが喧しい声で捲し立てながら、ロクの顔を怪訝な様子で眺めていた。


「…お前らか…ジャギット一味とかいう薄ら馬鹿集団は」


「んだとコラ、初対面でいきなり人を馬鹿呼ばわりたぁ随分とナメた口きくじゃねぇか!! っといけねぇ、てめぇなんざ相手にしに来たんじゃねーんだよ!」


「ジャギット…なんで一味総出でこんな所に…!」


「おーおー、探したぜ、この糞泥棒猫が!!」


「…ゲッ、まさかバレたのか…?」


ルルリはしまったという感じで咄嗟に顔を伏せたが、もはや時既に遅しであった。


「ふん、俺の優秀な部下たちが総出で探しゃあ、コソ泥一匹捕らえるなんざ訳ねぇんだよ」


「いや、あんたがちゃんとあのガキの顔を写真に収めてれば一瞬だったんですが」


「なぁー、結局1日がかりだったし」


部下たちがこそこそと喋りだし、ジャギットはバツの悪そうな顔をしていた。


「ルルリ、まさかあなた、ジャギットの一味に手を出したの!?」


「あーいや、これは…そのぉ…」


「そういうこった! 俺ん所から金を盗もうなんざ重罪も重罪! ガキも例外なく死罪となってもらうぜぇ!」


「そんな…待ってください!! いきなり死刑だなんて…!」


「あーあー、安心しやがれ、姉であるてめぇも一緒に死んでもらうからよ」


「な、なんでお姉ちゃんまで死ななきゃなんないんだよ!! 死ぬなら私だけで良いだろ!?」


「おいおい、ガキが簡単に死ぬとか抜かすもんじゃねぇぞ。っつって、俺が殺すんだけどなぁ? あーっははっはっはっはっは!! …はっはっはっはっはー…!! …いや俺の部下、なんか反応しろよ!」


「ジャギットさんの面白くない発言は基本スルーでいこうと思っているんで」


「ちくしょー有能だからってバカにしやがって!! …まぁそんな事はどうでも良い!」


ジャギットは気を取り直すと、ルルリとルルラの前に立ち、ルルラの顎を乱暴に掴んだ。


「そもそもてめぇらの両親は、この町の反乱分子だったロクでもねぇくそ野郎だった。本来ならあの時に家族全員皆殺しでも良かったんだが、町の連中が殺すなとうるせぇから今日まで生かしておいてやっただけだ」


ジャギットはルルラの顎から手を離すと、ルルラの体を突き飛ばし、ルルラはそのまま倒れ込んでしまった。


「きゃっ!」


「お姉ちゃん!!」


「だが今回、てめぇのバカな妹が俺から金を盗み出そうなんざ、バカな真似をした結果、俺はてめぇら姉妹を始末する大義名分を得たっつーことだ!! これでこの町からめでたく、反乱分子は完全に消え去る事になる!!」


「だから、私の盗みとお姉ちゃんは全然関係ないだろ!! それにお父さんとお母さんは反乱分子なんかじゃない!! この町の人達の命を守ろうとしてただけだ!!!」


「関係なくねぇよ、妹の罪は姉の罪だ! それに理由はどうあれ、この町を許可なく出ようとした時点で、てめぇらの両親は立派な重罪人であり反乱分子だろーがぁ!!」


「っくしょう…!!!!」


「あはははは、そう睨むんじゃねぇよ、怖くて夢に出てきそうだ! 安心しろぉ、俺は別に拷問する趣味はねぇ。俺の優秀な部下が見事に心臓をぶち抜き、一瞬でてめえらをあの世へ送ってやるからよ!! よし、構えろ!!」


ジャギットの号令で、2人の部下は手に携えていた銃を構え、ルルラ達に向けた。


「っくそ…!! こんな所で死ぬなんて…外にも出れなくて…そんな…」


ルルリからは大粒の涙が溢れ出した。


「ごめん、お姉ちゃんも巻き込んじゃって…ハクさんにも…ホントに…ごめんなさい…!!!」


「ルルリ…良いのよ…元はと言えば私の為でだったんでしょ?…」


ルルラはルルリを優しく抱きしめ、そっとルルリの頭を撫でた。


「お姉ちゃん…!!!」


「遺言は言い終わったか? よし、じゃあとっとと殺しちまお…」


ジャギットが言いかけた時、ロクは無言で一歩一歩前へ歩き出した。


「あ、アニキ!?」


「な…なんだてめぇは…? てめぇも殺されてえのか!?」


ジャギットが叫ぶも、ロクは意に介さずに真っすぐ向かって行く。


「貴様、ジャギット様にそれ以上近付くと…!!」


部下の一人が慌てて銃を構え、引き金に指を掛けようとしたが、その手をロクにとらえられた。


「近付くと…なんだ?」


ロクは不敵な笑みを浮かべながら、徐々に手に力を入れていった。


「うぐ!? ちょっやめ…ぐああああああああぁぁぁぁ!!!?」


ロクに掴まれた腕はメキメキと鈍いを立て、やがて持っていた銃をその場に落としてしまった。

それを見届けると、ロクもその手を離した。途端に相手もその場に蹲ってしまった。


「あが…このガキ…なんて力してやがる」


「てめぇ、調子こいてんじゃねぇぞ!!」


すぐに他の部下が素早く銃を構えて、ロクに向かって発砲した。


「アニキぃ!!」


ルルリは思わず悲鳴を上げたが、それが杞憂に過ぎなかった事に気付く。


「…はっ?」


ロクに向かって発砲した男はただただ目の前の光景を疑うしかなかった。

ロクは右手の人差し指と親指のみで弾丸を捉えてしまっていた。


「な、な、な、なんだこいつ…」


ジャギットはアホ面を浮かべて、ただただ驚いていた。


「俺の銃弾も食らってみるか?」


そう言ったかと思うと、ロクは目にも止まらぬ速さで相手のみぞおち付近に強烈な蹴りを放った。


「………っっっ!!!?」


蹴りを受けた瞬間、声にならない呻き声をあげ、いくつものあばら骨が砕け散る音を響かせたかと思うと、大砲をぶっ放したかの如く町の外れまで吹っ飛んでいき、壁に叩きつけられた。


「て…めぇ、一体なんなんだ…!!?」


「見ての通りの旅人だ」


「ただの旅人がなんでこのガキ共を庇いやがる!? てめぇにゃ関係ねぇだろうが!!」


「関係無いか…まぁ…宿代代わりってとこだな」


「ロク君…」


「なぁにが宿代代わりだ、気に入らねぇ!! てめぇら一斉にかかれぇ!!」


「おおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉ!!!」


ジャギットの一声でジャギット一味が一斉にロクに襲い掛かった。


「アニキ、危ない!! 逃げてぇ!!」


しかしルルリが叫んだ頃には、ロクはとっくのとうに視界から消えていた。


「おい、ガキがいねぇぞ!! どこ行きやがった!!?」


ジャギット達が辺りを見回していると、上から圧倒的な威圧感をを感じ取った。


「戦闘において、先入観で視界の範囲を絞っちまう事は自殺に等しい行為だぜ?」


上を見上げると、何やら鉄の棒の様な物を持ったロクが地面に向かって降下してきた。


「ど、どうやってそんな所に!?」


ジャギットの部下達は動揺して、体が完全に固まってしまった。

ロクは地面に着地すると、目にも止まらぬ速さで手に持った棒を振り回し、ジャギットの部下達をなぎ倒していった。ロクが持つ鉄の棒は、返り血を浴びてあっという間に真っ赤に染まった。


「な…なんだ…こいつ…ホントに人間か…?」


「早くも言い訳探しか? 俺もお前らと同じ人間だよ」


「ぐぎぎぃ…そもそも俺達ぁ、部外者のてめぇなんぞに用はねぇんだよ…!!」


ジャギットは懐から拳銃を取り出すと、ルルラとルルリに銃口を向けた。


「こちとら反逆姉妹が始末出来りゃあ終わりなんだよぉ!!」


「ルルリっ!!」


ルルラは咄嗟にルルリに覆い被さり、身を挺して守ろうとした。


「お姉ちゃん、危ない!!」


2発ほど、発砲音が辺りに鳴り響いた。

ルルラは目を閉じたまま固まっていたが、特に撃たれた様な感覚が無い事に気付くと、ゆっくりと目を開けた。すると、何故かジャギットがその場に蹲って呻き声をあげている光景が飛び込んできた。


「…な、なんでジャギットが…??」


「ジャギット様!?」


部下達はジャギットの元に駆けつけた。ジャギットは顔面蒼白で右足の太ももを押さえていた。


「な…なんなんだあのガキャア…!! お、俺が撃った銃弾をあんな鉄の棒で打ち返して来やがったぁ…!!!!」


怪我自体は大した事は無く、跳弾が掠っただけではあったが、怪我以上に銃弾を跳ね返すという怪技を目の当たりにしての動揺が激しかった。


「おい貴様ぁ!! 一体何者なんだぁ!!?」


「ただの旅人だっつってんだろ、何度も言わせんな」


ロクは突然鉄の棒を地面に突き立てると、凄まじい衝撃と共に地面にひびが入った。


「………っ!!!!」


ルルラやジャギット一味は漏れなく、あまりの衝撃に腰を抜かしてしまった。


「俺は俺の目的の為、何がなんでもこのゴミみてぇな世界を生き抜く為に、身も心も極限まで鍛え上げてある。お前等の物差しなんかで測れるもんじゃねぇぞ」


するとロクはルルリの方を向いた。ルルリはというとキョトンとした顔でロクを見ていた。


「町を出て外で生きていくってのはこういう事だ。味方は誰も居りゃあしねぇ。盗賊やら魔物に襲われてお陀仏なんて事もザラだ」


「……」


「結局は自分自身の生命力、つまり生きる力が敵に勝るかどうか。ただそれだけだ」


「生きる力…」


「一度しか言わない。お前らはどんな困難にも屈指せずにで外の世界で生きてく覚悟はあんのか?」


ルルリはロクが放つなんとも言えぬ威圧感に一瞬怯みながらも、すぐに自分の想いを伝えた。


「生きる!!! 私とお姉ちゃんはどんな時でも絶対にこの世界を『自由に』生きて見せる!!!」


「…そうか」


ルルリの言葉を聞いたロクは、ニヤリとしながら頷いた。


「なぁーにが『自由に生きる』だぁ!! この町に居りゃあ外からの襲撃からも守られ、平和に死ねる!! わざわざこんな反逆行為を冒してまで死ににいくってのかぁ!!?」


「うっさい、黙れクソメタボ!! 自分の生き方は自分で決める!! 一生檻に入れられた人生なんかクソ食らえぇ!!!」


「んのクソガキャアアアアアアァァァァァァ!!!! てめぇ等全員皆殺しにしてやるぅぅぅ!!!」


ジャギットの咆哮に呼応する様に、ジャギットの部下達が一斉に斬りかかった。


「銃が効かねぇんなら、細切れに切り刻んでやるだけだぁぁぁ!!!」


「おいお前ら、そのまま動くなよ」


「アニキ!!」


ロクは隠し持っていたもう一本の鉄の棒を取り出した。


「指揮官が冷静さを欠いて、まともな戦術が取れると思うなよ」


「死ねェェェェェェェェェェ!!!」


部下達が一斉に斬りかかるも、ロクはまるで空を舞う葉っぱの様にヒラヒラと避け続けた。

その立ち振る舞い、動きには美しさすらあった。


「ぜ、全然当たらねェ!!」


「お前等、普段からロクに剣なんて振った事ねぇだろ? 完全に剣に振られてるぜ?」


そう呟くと、ロクは瞬時に身を屈めて構えると、爆発的な勢いで体を回転させると、二本の鉄の棒から繰り出される強烈な打撃と、まるで竜巻の様な爆風で敵を一瞬で吹き飛ばした。


「がは…っ…ぁあ…!!!」


そのまま殆どが為す術無く、地面に叩きつけられ、そのまま動かなくなった。


「…さて…残ったのはお前だけだ?」


「お…おまえは一体なんなんだ……!!!」


ジャギットはあまりの恐ろしさにガタガタと体を震わせていた。


「何べんも言わせんじゃねぇよ、ただの旅人だっつってんだろ? …あーただもう一つ肩書を加えさせてもらうかな」


「…何ぃ!?」


「この姉妹の後見人だ。訳あってこの二人をこの町から脱出させる」


「ロク君…」


「あ…アニギィ…!!」


「なんつー面してんだてめぇは…」


「何を勝手な事ばかり抜かしやがる!! この町にはこの町の決まりってもんがあんだ!! 他所から来た何処の馬の骨ともしれねぇ野郎が土足で踏み入れて良いもんじゃねぇぞ!!」


「『郷に入っては郷に従え』か? まぁ一理あるな」


「バカ野郎、言ってる事とやってる事が違ぇだろうが!!」


「俺は俺がそうすべきだと思った事に忠実でいるだけだ。そこに法律だの規律だのは俺にとってどうだって良いんだよ。行く手を阻むってんなら容赦なく排除するだけだ」


「って、典型的な社会のはみだしもんだなぁ!! 自分の気に食わない事がありゃあ暴れやがる!! どうせロクな教育を受けてこなかったんだろうなぁ!!」


「数の力や恐怖で町の連中を押さえつけてる奴に言われたかねぇけどな…」


「バカが!! この俺がこの町を支配という名の管理をしてるおかげで、連中は外部からの攻撃を受ける事も無く、毎日平和に生きてられるんだろうが!! それがなんの不安があるっつーんだ!!? えぇ!!?」


「…この町の歴史だとか情勢なんざ興味無ぇよ。ただ…」


ロクは一瞬、ルルラとルルリの顔を横目で見た。


「逃がしてやりてぇ奴らがそこにいる。ただそれだけだ」


「…!! 馬鹿には話が分からねぇらしい!!」


そう言うとジャギットは足を引きずりながら、どこかに向かって駆けだして行った。


「今更どこへ…? まぁいい…」


ロクはルルラ達の元に向かった。


「おい、立てるか?」


「あ、うん、私は平気よ」


「お前らをこの町から脱出させる事にした。もう一度言うが外で生きていく覚悟はあるか?」


「私はあるよ!! お姉ちゃんと一緒だったらどこまでも生き抜いてやるさ!!」


「…お前は?」


「…もう、この町でひっそりと暮らして生きればそれで充分だったのよ? でもこうなった以上仕方ないわね、ルルリの我が儘に付き合ってあげる」


「お姉ちゃん…!!」


「…なら、とっとと門の所まで向かうぞ。町の連中は既に全員避難させている」


「え、避難って一体どういう…」


ロクが言い終わり、門に向かおうとした時、突然の地震がこの町を襲った。


「わわ、また地震!!?」


「ルルリ、ロク君、大丈夫!!?」


ルルラはルルリを庇う様にしてその場に座り込んだ。


「…ちっ…余計な事しやがって……」


ロクはジャギットが逃げて行った方を睨み付けた。


「お前ら、この場を離れるな!! すぐ戻る!!」


「ひゃひゃひゃ…もう遅ぇよ…!!」


どこからかジャギットの薄汚い声が聞こえて来た。

すると地面が突然盛り上がり、巨大な植物の根っこの様な物が突き出てきた。


「わわわわわ、なんじゃこりゃ!!」


「え…何、根っこ…!?」


「…デモプランズ…!」


「ほう…てめぇ知ってやがったか…ご名答だ!!」


「あ、アニキ、でもぷらずって…?」


「別名『町喰い』。その名の通り、巨大な体を持っていて、町ごと人間やら犬やら猫やら関係なく、その土地に生きる生き物を全て食らい尽くす第一級の化物だ。ここら辺は全て駆除し尽くしたって聞いてたが…。大きさ的にはまだ成長期ってとこだが、ほっとくとまずい」


「ま、町ごと…!? ジャギットの奴、そんなのを飼ってただなんて…!」


「いや、デモプランズは非常に知能が高く、あんなカス如きが従えられる様な代物じゃねぇハズ…」


「冥土の土産だぁ…教えてやろう! 俺達はいわば同盟関係にあるのさぁ!!」


「同盟…?」


「てめぇはデモプランズを一括りで暴食の限りを尽くす怪物だと思い込んでいるみてぇだが、人間に多種多様の性格・考え方を持っている様にデモプランズにも色んな奴がいる!! こいつの場合は、暴食ではなく生き物の支配欲に傾倒した奴なんだよ!!」


「デモプランズがそんなもの交わすとは思えねぇが…つまりてめえはこの町の諸々の生き物を人質として差し出したって事か」


「あっちこっちでフラフラしてるてめぇにゃ分からねぇだろうよ!! 俺の様な力ある権力者にとって、欲望っつーのは生きている限り湯水の様に湧いて来るもんだ!! それをどうにかして叶え、欲望を満たすってのが限られた人間に与えられた特権ってもんだろうが!! 事実、俺は町の連中を人質として差し出す代わりに外部からの攻撃の無力化を約束された! それが結果的に町の連中の平和な生活に繋がっている!! ガタガタ言われる筋合いはねぇ!! 」


「成程、物は言いようだな」


「そういう訳だ!! 俺に盾突きやがった事、及びこの町の「平和」と「秩序」を乱そうとしたバカ野郎に鉄槌を与えてやる!!!」


更に地面から植物の根っこが突き出し、その内の一本がロクに真っすぐ突っ込んで来た。


「アニキ、危ない!!」


ルルリが叫ぶと同時にロクは懐から取り出した、巨大な大鉈の様な刃物で巨大な根っこを真っ二つにしてしまった。


「ぎゃいいいいいぃぃぃぃぃぃぃ!!!!」


どこからともなく、この根っこの持ち主と思しき断末魔の叫びが辺りを襲った。

そして再び辺りを地響きが襲ったかと思うと、轟応を立てながら地面が盛り上がり巨大な植物の様なものが姿を現した。


「貴様…か…私の…美しい…子供を…殺したの…は…」


真っ赤な薔薇の華が無数に集まったかの様な不気味な集合体から、先程の根っこがクラゲの如く生えた恐ろしい風貌をしていた。その大きさは高さでいうと、20㍍は優に超えていた。


「な、なんだこいつ、口も無いのにどこから声を…」


「花びらで空気を振動されて音を発しているんだ。俺も実物を見たのは初めてだが…確かに小さい町1つ位は簡単に飲み込んじまいそうだな」


ロクは若干笑みを浮かべながら、目の前に現れた超巨大生物をまじまじと見つめていた。


「昨日…私の…子供達が作った…門番達を…粉砕したのも…貴様だな…?」


「成程…あれはてめぇの触手が人間の死体を乗っ取った操り人形って事か。いきなり攻撃してきたとはいえ、殺しちまったと気にしてたが……杞憂だった訳だ」


「ロク君、門番達が攻撃ってどういう事…?」


「この町の外門には約50人程の門番兵が居て、人が近づくと自動的に攻撃してくる様になってた」


「なんでそんなものが…?」


「そこのデブが言っている事が本当なら、自分の大事な玩具が入ったおもちゃ箱…要はこの町に異物が混入される事が、支配欲が著しく強いこの化物には到底許せず、虫が近寄らない様にする為に拵えた殺戮兵って所だろう。町の周辺にそいつらにいたぶられたっぽい死体がいくつか転がってた」


「そんな…ひどい…」


「自由に町の外に出れないお前らは知らなくて当然だけどな」


「私の…子供達の手駒…破壊した事…後悔しろ…」


再び地面から無数の根っこが飛び出してきた。


「ひゃはははははは、やっちまえぇぇ!!!」


「…これ全部相手にしてたらキリがねぇな」


ロクは鉄の棒を両の手で握りしめると、呼吸を整えた。


「ロク君、危ない!!」


ルルラの声がロクに届く間もなく、ロクは全身の力を込めた鉄の棒を地面に叩き付けた。

その破壊的な威力に地面が瞬く間に砕け散り、地面の中を這いずり回るデモプランズの根っこを一網打尽にした。


「す、すげぇアニキ…」


「い、い、一体この餓鬼はなんなんだ…!!!」


ロクが放った一撃により、町の地面がまるで大地震があったかの如く罅だらけになってしまった。


「貴様…よくも…私の…大…切な…許さな…い…!!!」


「手ごたえ自体はあったが…本体に殆どダメージが伝わって無ぇな」


「私の…子供達…何度でも蘇る…!!」


ロクが破壊した地面の隙間から、新たな根っこが次々と生えてきた。


「ぐえぇぇ!! またあの根っこが復活したぁ!!」


「デモプランズから生み出されたのは確かだが、あいつから切り離された瞬間、一つの別個体として独立して動くって事か。どうりで本体にダメージが響かねぇ訳だ」


根っこの内の一本がルルラ達のすぐそばで姿を現し、二人に襲い掛かった。


「ちっ!!」


ロクは手に持っていた鉄の棒を根っこ目掛けて放り投げ、寸前の所で根っこを断ち切った。


「…はぁはぁ…ロク君、ありがとう…」


「礼を言う余力があんなら、少しでも自分の身を守る方に回せ」


「あ、うん、分かったわ!!」


「これだけの根っこ共を1から生み出し続けてりゃあ、その内エネルギーが尽きるハズ…」


「ぎゃはははははは、安心しろぉ!! その前にこいつがてめぇらをぶち殺して、栄養として吸収しちまうからよぉ!!!」


「栄養…補給…確かにそろそろ必要…」


「んん?? どうした??」


すると突然デモプランズはジャギットに向かって根っこを伸ばし、あっという間に拘束してしまった。


「て、てめぇ、なんのつもりだぁ!! だぁぁぁっ…ぐる、苦じぃ…!!!」


「栄養…補給…」


デモプランズはギリギリとジャギっとを締め上げると、声にならない呻き声が虚しく響いた。

内臓を損傷したのか、ジャギットは勢いよく喀血した。


「か…か…怪物風情がぁ……この俺を……」


「因果応報だな…お前は上手くリードで繋いでいたつもりみてぇだが、そもそもデモプランズは人間如きがコントロールできる様な代物じゃない。所詮はお前も一餌に過ぎないって訳だ」


「く…そ餓鬼がぁぁぁぁぁ!!!!」


すると物陰からジャギットの部下らしき連中が姿を現した。


「お…おい、てめぇらそこで見てねぇで…俺を助け…助けろ…!!!」


息も絶え絶えに助けを求めると、何故か部下達はジャギットに向けて銃口を向けた。


「な…おい、てめぇら…何のつもりだぁ!!?」


「はぁ…ここまで我慢してあなたに従ってきたけど…ここらが潮時だなぁ」


状況が全く飲み込めないジャギットは、只々情けなく狼狽えるばかりだった。


「勘違いしないでくださいね。これは我々からあなたへのせめてもの慈悲ですから」


そう言ってジャギットの「元」部下達は一斉に引き金を引き、放たれた無数の銃弾がジャギットの体をぶち抜いた。

一瞬、断末魔にも似た声を上げたかと思うと、ジャギットの体は俯いたままピクリとも動かなくなっていた。


「なんだ…この生き物…死んだ…? なら…要らない…」


そう言って、デモプランズは肉塊と化したジャギットの体を地面に叩き付けた。


「お前らが邪魔しなきゃ、そいつが生きながらが永久栄養補給機関に成り果てる様を見れたんだけどな」


「はは、やはり君も知っていたか。なんとも人が悪い…」


「え、アニキ一体どういう事?」


「簡単な話だ。デモプランズの触手からは絶えず分泌される栄養素がある。デモプランズ自身には全く必要としないもんだが、人間には非常に栄養価の高い物質として一部の地域では大昔から重宝されている代物だ。一方で人間の体液はデモプランズにとって格好の栄養補給となる。つまりは…」


「で…デモプランズの触手の栄養で人間を活かしながら、体液を啜り続けるって事…!?」


ルルリは自分で言った事に戦慄し、顔が真っ青になっていた。


「てっきり部下共は一掃したと思ってたんだけどな…慈悲だかなんだか知らねぇけど、その木偶の坊と同じく、お前らもデモプランズの栄養補給対象になるんじゃねぇのか?」


「くくく、御心配には及ばない…」


そう言って、リーダー格の男は何やら注射器の様なものを取り出し、デモプランズの本体に打ち込んだ。

すると先程まで荒々しく蠢いていた触手達が一斉に動きを止めた。


「アニキ、触手が急に動かなくなったよ!? もしかしてあいつが今打ったやつで死んだのかな…?」


「いや、デモプランズはあらゆる敵対物質を体内で無効化する能力がある。たかだかあの程度の量の薬でデモプランズが死ぬとは思えない…それにデモプランズは生命活動が止まった瞬間から体全体が枯れていくが、それが見られない。少なくともまだ死んじゃいねぇ。」


「君にはつくづく驚かされるよ。単純な強さや冷静な判断力に加え、豊富な知識ときたもんだ。ただ残念、我々が開発した薬の素晴らしさには辿り着けない様だ。折角だから冥土の土産に見えおくと良い」


そう言って、男はデモプランズに向かって何かを囁いた。するとデモプランズはいきなり触手をロク達目掛けて突き刺しに来た。


「あいつの言葉に反応した…!?」


ロクは即座に大鉈を振るって、こちらに向かって来た根っこを残らず叩き切った。


(さっきまでの攻撃とまるで別物だ。怒りや憎しみが全く込もってない、機械的で単調な攻撃だ。デモプランズの意思も感じられない…)


「へぇ…全ての攻撃を捌いたか。末恐ろしい子供だ」


「操り人形の単調な攻撃なんざ、食らう通りもねぇ」


「いやいや、君の見極めには感服するよ。あの一瞬でそこまで見破るとは」


「操り人形…? アニキ、どういう事!?」


「さっきアイツが注入した薬の影響らしい。たったあれだけの量でデモプランズの巨体を制御しちまうとは…」


「ははは、それはお褒めの言葉と受け取っておくとするよ」


「さっきのジャギットの狼狽ぶりからすると、てめぇらがその薬を有している事は知らなかったみたいだな。どうせ同盟云々もお前が吹き込んだ嘘なんだろ?」


「ははははは、そりゃそうだよ!! 同盟なんてもの、こんな化物との間に成り立つ訳なかろうにねぇ!! 使役が出来ない化物を町の地下に隠すなんて提案すりゃあジャギットの奴は怖気づいてしまうそうだったので、半分冗談で言ったらまんまと信じやがったから笑えるよ!! そんな事が出来りゃあ我々だって苦労して薬なんざ作る必要も無いだろうさ!」


「こんな化物を何年間も地下深くに閉じ込めて、何も起こさなかっただけでも十分驚嘆に値するけどな。どうせ地中一帯はこいつの根っこだらけなんだろ?」


「はははは、君はやはり物分かりが良い少年だなぁ。殺すには惜しい位の人材だぁ」


「そんな薬を持っていながらあのクズに従っていた理由が分からねぇな」


「彼はジョルナリーナ王国とのコネクションを持っていたからねぇ。そりゃあデモプランズを制御して破壊の限りを尽くすのは動作もない事だけど、金やら研究材料やらが幾らでも都合がつく環境ってのは中々魅力だったのでね。可能な限り利用させてもらったまでさ」


「…くだらねぇ」


「何がくだらねぇだ、クソ餓鬼がぁ!! 多少戦闘が強くて、頭が切れるからって舐めた口きいてんじゃねぇぞ!!! やっちまえぇぇ!!!」


突然人が変わった様に激高して、デモプランズに攻撃を指示した。

即座にデモプランズはロク達目掛けて、何重にも束になった根っこを突き刺してきた。


「何度も同じ攻撃を…」


ロクは再び大鉈を振りかざし、向かって来た根っこをまとめて叩き切ろうとしたが、大鉈が根っこに接触した瞬間、まるで金属と金属がぶつかった時の様な音が辺りを劈いた。


(金属音…!?)


ロクは即座に体を捻らせ、ギリギリの所で直撃を免れた。


「おいおい、今のをあの至近距離で躱すのかよ? ぜってぇ腹貫いたって思ったのによぉ…!」


「アニキ、大丈夫!?」


「問題無ぇ!! その場から動くな!!」


ロクの身を心配して飛び出しそうとしたルルリを怒号で静止した。

デモプランズは金属の様に硬化した根っこ同士を何度もぶつけて、金属音を絶え間なく響かせている。


「キンキン耳障りなんだよ…」


そう言うと、突然ロクの持っていた大鉈から発火し、見る見る内に大鉈の刃が業火に包まれていった。


「なんだあの炎は…まさか魔石の力か!? デモプランズ、奴の動きを止めろ!!」


ほんの一瞬、動揺して遅れてしまった指示をデモプランズが受け取る間もなく、ロクは業火に包まれた大鉈を振りかざしながら、突っ込んで来た。


「"轟炎の舞い"」


まるで演舞を舞うかの様な動きで、大鉈を高速回転で振り回しながら、猛烈な勢いでデモプランズの硬化した根っこを焼き切りながら次々とぶった斬っていった。


「あ、あづいぃぃぃ!!! クソ餓鬼がぁぁぁぁ!! 」


ロクの猛攻がデモプランズ本体に届こう寸前の所で、何重にも重なった根っこの壁で阻止された。


「っち、一気には焼き切れねぇか…」


ロクは再び大鉈を振りかざそうとした時、業火に苦しみながらもリーダー格の男が確かにニヤリと笑った。


「判断を誤ったなぁ…!!!」


するとロクの背後、ルルラ達がいる所のすぐ近くの地面から、無数の硬化した根っこが飛び出してきた。


「な、何これ…!?」


ルルリはまるでこの世の絶望の様な光景に体が固まってしまい、立ち上がれずにいた。


(いつの間に…?)


ロクはすぐに踵を戻し、ルルラ達の元へ向かった。しかし無情にもデモプランズの根っこがルルラ達に襲いかかろうとしていた。


(さっきから馬鹿みてぇに金属音をまき散らしてたのは、地下を根っこが這う音を感じ取られなくする為か)


「お姉ちゃん!?」


ルルラは両手を広げて、妹のルルリを守らんと無数の根っこの前に立ち塞がった。


「ルルリ…ちゃんと私の後ろに隠れてるのよ?」


「いやだ、お姉ちゃ…!!!」


ルルリの叫び声が辺りを駆け抜ける前に、いくつもの根っこがルルラの体を貫き、瞬く間にルルラを真っ赤に染めた。


「おね…いや…そんな…ああああぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」


「…!! 糞っ…!」


ロクが怒りの表情で歯ぎしりをしていると、また突如として地面から突き出した根っこがロクの右腕を捉え、そのまま壁に叩き付けられた。


「……!!」


「アニキ!!」


ルルリは目の前で次々と人が倒れていく光景に、唯々絶望を覚えていた。


「る…ルル…リ…」


「お姉ちゃん!?」


息も絶え絶えで、今にも命の灯が消えそうな、か細い声でルルラは呟いた。


「お姉ちゃん、待ってね! 今助けを…」


するとルルラは最後の力を振り絞ってルルリの腕を弱弱しく、そしてしっかりと掴んだ。


「…お姉ちゃん…?」


ルルラは声にならない声を必死に絞り出して呟いた。


「に…げて……………」


「そんな事出来る訳ないじゃん!! 一緒に逃げるの!! 今助けをっ!!」


「お…お…おね…がい……」


「もう喋らなくていいから!! 私、人をっっ!!!」


次第にルルラの目が閉じていく間際、目から一筋の涙を流しながら、はっきりと呟いた。


「だいすきよ……ルルリ…生きて…ね………!」


最後の言葉をルルリに伝えると、ルルラは静かに目を閉じて力尽きた。


「おね…ちゃん……お姉ちゃん…!!! お姉ちゃあああああぁぁぁぁんんんん!!!!」


「へへへへーい、まずは町の反乱分子1匹を駆除…っと」


リーダー格の男はニタニタ笑いながら、ルルリ達の方へ歩いて来た。


「いやー麗しき姉妹の絆ってやつ? 泣かされるねぇ~」


ロクは鬼の形相で男を睨み殺さんとしていた。


「今度は君が冷静さを欠いたねぇ…背後の根っこに気付かなかったかい?」


「先にルルラ達を襲わせたのは、俺の感情を乱す為か…」


「まぁ~そんなとこだねぇ。正直我々はジャギットと違い、この町の支配には全く興味は無いんでね。そこの子ネズミ共がチョロチョロしていようがどうでも良かったんだ」


「じゃあ…なんで殺した?」


「ん~強いて言うなら暇つぶしかな~? デモプランズの制御具合の確認も兼ねてね。まぁ別に人間で試す必要も無かったんだけどねぇ~。まさか僕以外の同胞たちまで殺っちまうたぁねぇ…」


辺りを見回すと、デモプランズの根っこに巻き込まれたと思しき、男の仲間達「だった」無数の肉片が転がっていた。


「さ、て、と…」


デモプランズの本体も徐々にロク達の居る方へ近づいて来た。


「てめぇらもとっとと始末してやるからよぉ…安心しなぁ…はっはっはっはっは!!」


狂気じみた笑顔を浮かべながら、実に不愉快極まりない笑い声をあげていた。


「おい、ルルリ」


「え?」


ふとロクは、絶望のどん底に打ちのめされているルルリに声を掛けた。


「お前は今、死に際のルルラから何を託された?」


「託された…?」


「…生きろって言われたんじゃないのか?」


「…うん…言われた……」


「そこでへたり込んでて、その約束果たせんのか?」


「…だって……お父さんとお母さんも居ない…おねいちゃんも………私、独りぼっち…」


ルルリの目から堰を切った様に大粒の涙が流れだした。


「独りぼっちの世界で……生きてたって…何も………」


「それでも、託されたお願いを果たすのが、残された人間の使命だ」


「使命…?」


「お前の姉が繋いだ命を、お前自身が捨てようとすんじゃねぇ。例えそれが呪いの様にお前に圧し掛かろうと、未来に繋いできなきゃならない。お前がこの先を生き抜いて、お前の親やルルラが生きた事、命を繋げた事を証明し続けろ。それがお前に託された使命だ」


「アニキ…」


「勿論、俺もここで死ぬ気は毛頭無い。俺とお前はこの場を乗り切る。絶対にだ。俺は右をデモプランズの根っこで抑えられてるが、お前は動けるし、この機械的な根っこの動きを躱しながらあの男の懐へ辿り着けるはずだ」


「え…私が? でもなんで…」


「アイツはあの薬を約3分間隔でデモプランズの本体に注入している。やはりあの巨体を制御するには絶え間なく薬を投与し続ける必要があるとみた。複数の予備の薬を所有している可能性はあるが、手元の薬を奪われる様な事があれば、焦りと動揺でいくらかのロスタイムが生まれる」


「…それって…」


ルルリはロクの言葉を聞いて、何かを察した様だった。


「その時間で俺が全てを終わらせる。そして…前回の投与からもうすぐ3分を迎える頃だ」


ルルリはロクの最後の言葉を聞いて、全てを悟った様に大きく頷いた。


「お喋りは終わりかい? 今更君達が何を喋ってたのかなんてどうでも良いけどねぇ。まぁこの世を去る前の遺言ってとこかな? じゃあ覚悟が決まったという事で、真っ赤な噴水ショーを見せてもらうよぉ」


「武器を持ってる左手を封じなかったのは、失敗したな」


そう言うと、ロクは左手に所持していた大鉈で自らの右手を切断し、動きの制限を打破した。


「なっ……!!!? こいつ自分の腕を…!? 自暴自棄になりやがったか!?」


「ふざけんな、てめぇを始末する為の代償だよ!!」


ロクは即座に大鉈を構えると、再び発火した大鉈を振り回しながら周辺の根っこを焼き切った。


「クソボケがぁ!! 舐めやがって、ぶち殺してやるよぉ!!! デモプランズ、あのガキに集中攻撃だぁ!!!」


しかし、デモプランズは男の指示を受けても根っこを突きつけようとしなかった。


「クソ、薬の効果が薄れてきやがったか!!! だがまた薬を投与すればいいだけの…」


男が手に持っていた薬をデモプランズに投与しようとした瞬間、目の前に現れたルルリに薬を奪われてしまった。


「なっ……!!!!? このクソ餓鬼、いつの間に…!!!?」


「ルルリ、上出来だ」


「スリと逃走は私の十八番だからな!」


「んの野郎、どいつもこいつも舐めやがってぇ!!! 畜生、予備の薬!! 予備の薬を!!!」


ロクの見込み通り、いやそれ以上に頭に血が上った男は予備の薬を取り出すのに時間が掛かっていた。

すると何やらロクの体から凄まじい電撃が迸っており、辺り一面を照らした。

その姿はまさに雷神の様だった。


「てめぇ…雷の魔石まで……それにその姿…まさか噂の………!!!!」


「悪ぃな。この魔石を使うのに時間かかっちまうから、時間稼ぎさせてもらったぜ」


「雷神様の噂って…アニキの事……?」


やがて電撃はロクの持っている大鉈に集まると、大鉈は青白い光をぶちまけながら凄まじいエネルギーを放っていた。


「くそがぁぁぁ!!! おいデモプランズ、あの餓鬼どもをぶち殺せェ!!! おい、何故俺の言う事を聞かねぇ!!!」


逆上した男は、デモプランズに投入された薬がすっかり切れてしまっている事も忘れて、無様にも喚き散らしていた。


「雷轟演舞……!」


次の瞬間、目にも止まらぬ速さでロクは地面を蹴り飛ばすと、猛烈な勢いでデモプランズ目掛けてぶっ飛んで行った。


「いぁ」


声を上げる間も無くロクの持つ雷の大鉈の一撃が直撃した。


「"三日月"!!!!」


ロクが三日月を描くが如く大鉈を振り抜くと凄まじい雷鳴とエネルギーが辺りを駆け巡った。


「いぎゃああああああああああ!!!!!」


デモプランズの断末魔の叫びと思しき轟音もまた、辺りに鳴り響き、まるで地獄絵図の様な光景が繰り広げられた。

やがて電撃が発端となったであろう発火がデモプランズから発生して、みるみる内にデモプランズの体を業火が包んでいった。


その後、デモプランズを焼き焦がした炎が鎮火したころには、原形を留めない程に丸焦げとなった残骸のみが残っていた。


「お…終わったの?」


ルルリは辺りをキョロキョロと見渡しながら、ロクの元に駆け寄って行った。


「なんとかな。後は状況報告だ」


「状況報告って誰に…って、さっきのアニキの一撃でめっちゃ町の建物えぐれちゃってるじゃん!!! え、まさか町のみんなも巻き込まれて…!!」


ルルリの視線の先にはロクが一撃を放った場所から数百メートルにかけて巨大な窪みが発生しており、町の建物やら道やらを巻き込んでしまっていた。


「んな訳ねぇだろ。事前に避難させてあるから、みんな無事だ」


「…へっ?」


ロクは何やら耳に左手を当てると、目を閉じて集中した。


「俺だ。今全部肩付いた、以上」


すると、ロクの左手からキンキンする若い女性の声が聞こえて来た。


『いや、以上じゃないわ!!! あんた町の中であんな大技ぶっ放すなんて馬鹿なんじゃないの!!?』


「るせぇな、前もって町の連中を避難させてんだろうが。相手はデモプランズだ、大目に見ろ」


『大目にってこれ、壊れた建物やら何やら全部うちで補償させるつもりなの!!? デモプランズを町の外に誘導してから戦うとか、もっとやり方あったでしょうが!!! 大体簡単に避難とか言うけど、ほんっとに大変だったんだから!! あれだけの人数に催眠かけて避難させる身にもなってよね!!』


「もう報告は終わった。正直お前の小言をダラダラと聞いてる気分じゃねぇんだ。じゃあな」


『ちょっ、あんた勝手に…』


相手の女性が思いっきり喋っている途中でロクは左手を耳から離し、強制シャットダウンした。


「あ、アニキ今のって…」


「ただのうるせぇ同僚だ。気にするな」


「いや、そっちじゃなくて、どうやって今会話してたの…?」


「詳しく説明する気はねぇが、俺とアイツがいる所にある機器とで電波のやり取りを通じて会話してただけだ」


「う…うん、まぁよく分からないけど分かった…」


すると、ロクはルルリの顔をじっと見たかと思うと急にルルリの頭に手を置いた。


「わ、アニキいきなりなんだよ、ビックリしたな!」


「……ルルラの事…すまなかった」


「……」


ルルリは急に黙ったまま、ルルラの亡骸の元に行き、その場で座り込んだ。


「…アニキが謝る事ないよ。寧ろアニキが居なかったら、その内町の連中全員ジャギット達やデモプランズに皆殺しにされてたかもしれない…。元はと言えば、私がジャギットのお金なんかに手を出したのが全ての原因だったんだから…」


「いや…あいつら程度ならお前らを庇いながら戦うのは動作も無いと過信して、お前らの避難は不必要と判断しちまった。デモプランズの様なイレギュラーを想定出来なかった俺のミスだ」


「アニキ…」


「それにお前がジャギットの金に手を出していなかったら、俺はジャギット達と対峙する事無くこの町を出て行ったかもしれないし、恐らく遅かれ早かれお前含めて、町の連中が全員デモプランズの餌食になっていた。結果論ではあるが、お前は何も悪くない。悪かったのは救えたはずの命を取りこぼしちまった俺の判断だ…」


ルルリが振り向くと、遠くを見つめながらも、握った拳を僅かにだが震わせるロクの姿があった。


それから、町の復興作業が始まった。ロクと言う人間がジャギット一味とデモプランズから町を守ったという事は伏せられ、外から侵入した魔物がジャギット一味との交戦の後、ジャギット一味が全滅したという事になった。

これだけ聞くと、なんだかジャギット一味が町を守る為に戦ったかの様にも聞こえなくもなくが、以前からの傍若無人振りから、ジャギット一味に慈悲の言葉をかける者は誰一人としておらず、寧ろ町の迷惑者が一掃された事に喜びの声を上げる者が大多数だった。

反対にルルリの姉、ルルラが亡くなった事に対しては、普段から町の人に好かれていた人柄も相まって、弔いの言葉をルルリに掛けに来る者が後を絶たなかった。

ロクはというと、デモプランズがどこからやって来て、何の為にこの町に巣食ったのかの調査を行っていた。

やがてデモプランズの事件から1週間が経った。


「あれ、アニキ! 今までどこに行ってたんだよ!! 急に居なくなって心配したんだから」


「急にって何だ。暫く調査で居なくなるっつっただろうが」


「調査って、右腕の傷だって全然治ってないだろ!? 傷口からウイルスでも入ったら…」


「右腕? いつのの話をしてるつもりだ?」


そう言って、ロクは自分で切り落としたハズの右腕をルルリの前に出し、グーパーグーパ―の動きをして見せた。


「えっ……!!? 何で切断したはずの腕が…!?」


「同僚の医者に手術して貰った。まだ完全には感覚は戻ってないが、あと2週間もすれは元に戻る」


「父さんと母さんが聞いたらびっくりするだろうな…アニキの同僚ってすごい人ばっかりだ…」


「医療技術だけはな」


そう言いながら、ロクはテーブルにノートと壺を置いた。


「…ん? これは…?」


「俺が受けていた調査依頼対象と調査結果だ」


「それって…」


「予想通り、町の外にあった墓に埋まってた。遺留品等からして間違いないだろう」


「そっかぁ…残念だったね…。で、でもなんでそれをわざわざ掘り起こして、持ってきたの? 正直気味悪いんだけど…」


「償いじゃないが…せめてルルラの墓の隣で眠らせてやろうと思って」


「……?? なんでお姉ちゃんの隣に…?」


「ルルラの恋人の名前、『ハク・フェニア』だろ?」


「……え、なんでアニキがハクさんの名前を……? ………!!!…まさか…」


何かを察して、言葉を失うルルリに一枚の写真を見せた。

そこにはだいぶ前に撮ったと思われる若い男性の姿が写っていた。


「だいぶ苦労したぜ。依頼主の家はカメラを持っていないって、手がかかりとなる写真が殆どなくて、唯一あったのが、その古びた写真一枚のみ。10年以上前に撮られた14歳の時の写真だ」


「うん…だいぶ若いけど、ハクさんだ…」


「墓を掘り起こして、遺留品を確認していく過程で、ここに埋まっていたのがハク・フェニアという事は確定したが、遺留品の中にあったペンダントにこれが挟まっててな…」


それは何重にも折り畳まれた、ルルラの写真だった。


「この家に写っていた写真では、いくらか輪郭や顔つきが変わっていたから、その時は気付かなかったけどな…ペンダントの写真を見てようやく全てが繋がった」


そう言って、ロクはペンダントとルルラの写真をルルリに渡した。


「そっかぁ…ハクさん…ずっと前にお姉ちゃんに会いに来ようとしてくれてたんだね……」


ルルリはペンダントと写真を胸元でぎゅっと握りしめながら、ハラハラと静かに涙を流していた。


「…そっか……ハクさん…お姉ちゃん…アニギぃ………ふぐっぅ……!!!


ロクはその小さな女の子の小さな背中を黙って見守っていた。

それから、ロクはルルリと一緒に、埋葬されたばかりのルルラのお墓参りにやって来た。


「お姉ちゃん、来たよ。これでハクさんといつでも一緒だね」


そう言って、ルルラの墓の隣に建てられたハクの墓を見つめていた。

二つの墓の真ん中には「永遠に愛す」と彫られたプレートが飾られていた。


「うーん、なんか重いかな」


「さぁな」


ロクは遠くの空を見つめながら素っ気なく返事をした。


「アニキ、もうこの町を出るの」


「もう調査は終わって報告も済んだしな。ここに長居する理由もねぇ」


「そっか…」


事件後、ロクが調査を続けた結果、やはりこの町に出現したデモプランズはジャギットの部下達が持ち込んだ子供が成長したものだった事が分かった。

一味のリーダー格だった男を中心に、服従可能なデモプランズを生み出す計画が水面下で行われ、やがて育ったデモプランズがあたかも自らの意志でこの地に居ついた様に見せたものだった。

そんな事とは露知らず、デモプランズと契約し、自らの支配下にしたと勘違いしたジャギットをおだて上げ、ジャギットのコネで研究費を王国から受け取り続けていた。

今回は研究が不完全な状態で起こったが、遅かれ早かれジャギットが部下達に裏切られて殺される未来は変わらなかったのかもしれない。


「王国は、この町がこんな状態になっている事なんざ露も知らなかったそうだ。自分達の領地だってのに呑気なもんだ。田舎町なんざ眼中にねぇって事だろう。結果それが権力と金に狂った馬鹿と、人道を踏み外した研究に狂った馬鹿が手を組んじまったが為に迷惑極まりねぇ事件に繋がっちまった。いや、ジャギットは一方的に利用されただけかもしれないが…」


「まぁでも…もう全部終わったんだし、これからみんなが前を向いて歩いて行ければそれで良いかな」


「……」


「なんでアニキがそんな顔するのさ。大体あの時『前向いて生き抜け』って私に説教垂れたのアニキだろ?」


「……」


「でもその通りだと思う。お姉ちゃんが命がけで守った私の命、絶対に無駄にしちゃいけないって今なら胸張って言えるよ」


「……俺は…」


「?」


「俺は小さい頃、生まれ故郷を滅ぼされている」


「えっ…?」


「他にも何人か生存者は居たが、俺の家族は全員目の前で皆殺しだ」


「……そんな…」


「俺が生き残れたのは、母親が俺を庇って見逃してくれたからだ。お前の姉…ルルラと同じ様にな。その時言われた、『あなただけは絶対生き延びて』が最期の言葉だったよ」


「…お姉ちゃんと同じだね…」


「最後の最後に呪いみたいに言葉残しやがってと思った時もあるけどな。もう一生消せねぇ呪いだ、背負ってくしかねぇ」


「はは…お互い大変だね」


「…まぁな」


そう言ったロクは、初めて見せる様な柔らかく優しい笑顔を見せた。

その表情を見たルルリは思わずドキっとしてしまい、若干顔を赤くして背けてしまった。

そんな事には気付かず、ロクは静かに立ち上がり、墓地の出口に向かって歩き出した。


「…ルルラ達の墓参りも終わったし、俺はそろそろ行く。世話になったな」


「…アニキはこれからどうするの?」


「俺が所属する組織の本部に戻る。半年以上顔見せてねぇっつって、煩くてしょうがねぇ。その後はまた依頼を受けての繰り返しだ」


「…あの…!!」


「…なんだ?」


「私もアニキに付いて行って良い!?」


ルルリの言葉にロクはキョトンとしてしまった。


「私、アニキと一緒に世界を回って、色々なものを見て回って、いつかお姉ちゃんがいる世界に行った時、うんんっと土産話するんだ!! お姉ちゃんが出来なかった事やしたかった事、私が貰った命が続く限り、全部やり抜きたいんだよ!!!」


「…言っとくが、俺の行く先々は危険と隣り合わせだ。それに餓鬼の御守りをする程お人好しじゃねぇぞ?」


「勿論自分の身は自分で守るさ!! 私、こう見えて色々修羅場潜ってんだから!!」


「…修羅場って、この町限定の話だろうが」


(…ただ…こいつの事だ、ここで断ってもどうせ無理矢理ついてくる腹積もりだろうし、その方が却って面倒だ…)


ロクはため息をつきながら、頭を掻くと振り返らずにルルリに告げた。


「家に行って、とっとと身支度して来い。すぐに出発するぞ」


「…!!! 分かった!!」


そう言うと、ルルリはロクを置き去りにして、満面の笑みを浮かべなから、とっとと家に向かって行ってしまった。


「はぁ…面倒事が増えた」


ロクはため息をつきながら、ルルラの墓の前に戻って言葉を掛けた。


「お前んとこの妹、預かったぞ」


そうしてロクは再び立ち上がると、ルルリ達の家に向かって歩き出した。

ロクが家に着く頃にはルルリは既に身支度が整い、いつでも出発できる状態だった。


「…じゃあ行くぞ。ホントに良いんだな?」


「なんだよ、そんな名残惜しくなる様な事言って」


「だったら、ここに残ってけばいいだろ」


「行く―!! 私はもう行くって決めたのー!!」


「…るせぇな、分かったよ。ホラ、忘れもんだ」


ロクはルルリに子犬を渡した。それは事件以降行方知れずになっていたチャチャだった。


「ちゃ、チャチャ!! お前どこに行ってたんだよ~!! 心配したんだから!!!」


「町の奴がケガしているそいつを拾って看病してやったそうだ」


「まさか、アニキずっとチャチャの事探してくれてたの…?」


「調査の過程でたまたま見つかっただけだ。次からはちゃんと見とけ」


「え…チャチャも一緒に連れてって良いの?」


「犬が1匹から2匹に増えようが変わらねえよ」


「いや、私犬じゃないから!!!」


ロクはそんなルルリの反論など気にも留めず、とっとと家を出て行ってしまった。


「あ、ちょ、待ってよアニキ!!」


ルルリは慌ててロクを追って行こうとしたが、ふと部屋の中へ振り向くと、少しの間を置いて一言呟いた。


「お父さん、お母さん、お姉ちゃん…行ってきます!!!」


こうして一人の少女は自らの意志で、生まれて初めて町の外へと旅立って行った。

本部への道すがら、ルルリは何やらロクの顔を見ながら、ずっとニヤニヤしていた。


「…なんだ」


「アニキってなんだかんだ言いながらお人好しだよね」


「次言ったら殴る」


「なんで殴るのさ。別にいいと思うけどな」


「お前の姉とおんなじ様な事言いやがって…俺は俺の目的の為に動いているだけだ。人を助ける助けないはその延長線上に過ぎない」


「アニキ、目的目的って言ってるけど…それってアニキが今の組織にいる事と関係してるの?」


「……」


「あ、いや別に話したくなかったら…」


「俺の目的は、俺の故郷、そして家族や友人を奪った連中を皆殺しにする…要は復讐だ」


「復讐…!?」


「今俺がいるのは、世界中のありとあらゆる犯罪やら事件の情報が集まって、その対処に動く組織『POST』だ。俺がいるのは本部だが、世界中に25の支部が点在している。俺がこの組織にいるのは、俺の故郷を襲った連中の情報が転がり込んでくる可能性が一番高いと踏んだからだ。その見返りとして、今回みたいな人探しから、大規模な戦闘への参加に協力している」


「戦闘…」


「そのせいで『雷神』とかいうくだらねぇ噂まで立ったけどな。俺に付いて行くっていうのは、お前が思っている以上に危険を伴う。引き返すなら今の内だぜ?」


「へ、へへへ、アニキに付いて行くって決めた時から、ある程度の危険は織り込み済みさ!! アニキこそ私を見くびるなよ!!」


「…そうか」


「あれ、アニキ今笑った? えーよく見てなかったから、もう一回笑ってみせてよ!! ねぇねぇアニギぃ…!! って~、殴ることぁ無いだろ!!」


「お前が無駄口叩くからだ。まだ先はなげぇんだ、さっさと行くぞ」


「待ってよぉ~、あ、チャチャまで置いてかないで!」


一人の少年によって放たれた少女は、まだ見ぬ世界を目指して精一杯を生きていく。

天候は快晴。南東の風が運んできた草原の匂いが二人を包んでいった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ