複数の強大な魔性ですわ。
「これは……!」
ディオーラは息を呑んだ。
アマツミカボシの攻撃が瘴気体に変わり、少し結界の負荷が軽くなったところで起こった異変。
上妃陛下も厳しい表情で眉根を寄せる。
即座に、魔術が届く距離にいるウォルフ殿下とメキメル様に、何らかの魔術を飛ばしたが……取り憑いた瘴気体を消し飛ばすことが出来ずに弾かれた。
「!? まさか……」
そのまま、瘴気体と融合したウォルフ殿下とメキメル様の肉体が漆黒に染まり、魔性に変じる。
「ぐぅう……!」
「がぁあ!」
メキメル様は、上空にいる漆黒の骸骨同様、瘴気の塊のようになって膨れ上がった。
頭部だけが実体化して、ハムナジャッカルの頭に似たマスクに覆われる。
そして瘴気の全身に、漆黒の包帯のようなものがグルグルと巻きつき、その端が大量に垂れ下がった。
おそらく『不死の王』の完全体なのだろうと思われる、魔人王の姿だ。
ウォルフ様も同様に肥大化し、首の辺りから九つの頭が長く伸び、全身が鱗に覆われていく。
けれど形成された頭部は竜ではなく、口元に触腕を備えた奇妙なものだった。
ワイルズが倒したという魔人王の似姿に描かれたものと、頭が酷似している。
指の間に水かきがある、九頭竜とその魔性を掛け合わせたような魔王獣。
「ウォルウォルフ、サンサーダラ、キーメキメル……! おのれ、血統を逆手に取られたか……!」
「血統を……?」
「どういうことですかぁ!?」
リーレン妃陛下も、アンナ様も、息子達の変貌に顔色を青ざめさせている。
お二人の疑問に、サーダラ様を追うワイルズを目で追いつつ、ディオーラは推測を口にした。
「……おそらく、瑞獣の加護を持たない王族直系の方々が、アマツミカボシに取り込まれたのですわ」
「そうじゃ」
「「……!」」
ワイルズには鳳凰のチュチェ、上王陛下には霊亀のレイ、国王陛下には応龍のコタ、ヨーヨリヨ公爵には青龍のセイが、それぞれに加護を与えている。
魂の繋がりによって、聖なる守りがあるのだろう。
しかしそもそも、アマツミカボシが告げたように、アトランテ王族の血統は魔人王の血統なのである。
強力な魔性にとって、アトランテ王族は依代に足る『器』と判断されたのだろう。
上王陛下も一度お二人が変じる際に斬り掛かったが、上妃陛下の魔術と同じように弾かれ、一度オーリオ様を連れてこちらに素早く跳躍してきた。
「ダメじゃの。【草薙】でも瘴気の呪縛を断てんとなれば、アレは魂に食い込んでおる。アマツミカボシ自体は九頭竜より上位の存在か、別の上位存在が影響を与えていそうじゃ」
「アマツミカボシ自体が『四凶』の可能性がありますの?」
「左様。あるいは魔神の加護があるとすれば、本気でやる必要が出るやもしれん」
―――上王陛下と上妃陛下の、本気。
『アトランテ大島の魔獣を全て駆除しようとすれば、島ごと滅ぶ』と言われる程の力を持つ上妃陛下と、それに並ぶ上王陛下の。
そうすればアマツミカボシを倒せるとしても、王都の被害はどれ程のものになるか。
聖結界の維持すらやめて動く、となれば、他の三人でお二方の本気をどこまで凌ぎ切れるか。
考えるだけで、恐ろしい話である。
―――その上、きっとウォルフ様達は。
上王陛下はチラリと、変貌した二人の孫と、応戦する国王陛下がたに目を向ける。
「……救えぬか、ベル」
「いいえ、救えます」
それでも上妃陛下は、金環を備えた紫瞳で、親子の戦いを見据えていた。
「まだ、二人の魂は瘴気に侵されただけで、失われておりません。【聖剣の複製】の力と、精神干渉によって瘴気の影響を消し飛ばせば……!」
「その為に、何が必要じゃ」
「聖剣の遣い手を、可能であれば複数。聖結界を扱える者が三名。……そして、瑞獣の力が必要ですわ。まず、瘴気体の駆逐が終わらなければ手をつけられませんが……」
「よかろう。しばし待て」
その言葉を最後に、上王陛下が再び跳躍する。
今もまだ瘴気体と戦っている、国王陛下とヨーヨリヨ公爵の元に向かったのだ。
―――今のままでは、手の出しようがない。
そんな話を聞いている間に、サーダラ様が漆黒の骸骨の下に到達して、ついに呑まれた。
ワイルズも、間に合わなかったようだ。
そのまま戻ってくるか……と思ったけれど、目を向けたディオーラは息を呑む。
「ワイルズ殿下!?」
「このっ……愚か者がッ!」
ディオーラ自身と上妃陛下の声が重なる。
ワイルズは、旋回して帰還するどころか、そのまま漆黒の骸骨に向かって、バンちゃんを加速させたのだ。
―――何をなさっておられますの!?
ワイルズは、そのまま骸骨の胸元……サーダラ様が取り込まれた辺りに突っ込んでいった。
※※※
―――サーダラ兄ぃ……!
彼が骸骨の中に吸い込まれた瞬間、ワイルズの頭をよぎったのはイルフィールとヘジュケの顔だった。
もし依代にされていたら、あの二人は死んでしまっていただろう。
―――そんなの嫌だ!
「バンちゃん、突っ込むぞ!!」
絶対に取り込ませない。
そんな気持ちで、瘴気で出来た骸骨の中に突入した瞬間、【聖剣の複製】が瘴気に触れ、サーダラ兄ぃが聖結界に触れた時よりも凄まじい圧力で、弾き飛ばされた。
「ぐぅ……負けるかぁあああああああッッ!!」
全身を包み込む瘴気の圧力に対して、普段は身体強化魔術に使う魔力を全力で放出して抵抗しながら、ワイルズは、サーダラ兄ぃの姿を探す。
―――見つけた!
その瞬間、ワイルズはバンちゃんの背中から跳んだ。
『キュィ!?』
「バンちゃん、サーダラ兄ぃを頼んだぞ!」
言いながら、ワイルズはバンちゃんの腰辺りを全力で蹴り飛ばす。
『キュィイ!?』
乗り手として繋がっているバンちゃんに魔力を移譲し、その全てを加速に使わせると、鼻先で捉えたサーダラ兄ぃごと、バンちゃんが骸骨の外に向かって突き抜けた。
―――よし!
その瞬間、魔力の守りが消えたワイルズに、チュチェの加護すら弾き飛ばして、骸骨の瘴気が一気に侵食して来る。
それ以上抵抗すら出来ないまま、ワイルズの意識はブツン、と途絶えた。
※※※
「……やれやれ。相変わらず後先を考えぬの」
漆黒の骸骨に突っ込んだワイルズの蛮行に、バロバロッサは眉根を寄せた。
あの蛮勇は嫌いではないが、今発揮されるのは少々困りどころである。
瘴気の骸骨に突っ込んだ瞬間、【聖剣の複製】がワイルズの手から弾き飛ばされたのも見えている。
「レイ!」
声を掛けると、霊亀のレイが巨大な尾を振るって、湖に落下してきた剣をこちらに向けて弾き飛ばすと、返す尾の先で柔らかくサーダラと飛竜の体を受け止める。
ワイルズの飛竜は、そのまま慌てた様子で瘴気の骸骨に向かって急上昇していった。
飛んで来た剣を手に受けて二刀になったバロバロッサは、着地した場所に居た瘴気体を無差別に木立ごと斬り払い、改めて息子らの元に向かう。
話をする暇を作る為に、彼らの前に着地して魔性と化した孫らの波状攻撃を斬り払い、ついでに蹴り飛ばして湖の中に叩き込む。
「フロフロスト、ヨーヨリヨ」
「「は!」」
自分の息子らを案ずる気持ちからか、攻撃の手が鈍かった二人に、バロバロッサは振り向いて睨みつける。
「万一の際は、二人とも斬り殺せ。躊躇うことは許さぬ」
それは、為政者として譲れない点だった。
「もし出来ぬのなら、儂が殺る。民を守らぬ王族、害をなす王族に、存在価値はない」
「「……はい」」
反論はなかった。
二人とも、それ自体は理解しているのだろう。
一つ頷いたバロバロッサは、視線を緩めて不敵な笑みを浮かべた。
「が、ベルにはまだ孫らを救う策があるようじゃ。耐えられる内は耐えよ」
「「は!」」
それだけ言い残して、バロバロッサは霊亀のレイがいる方角へ向かって、ベル湖の水上を走る。
「さて、どうなるかの」
ベルの策を実行するのに必要なのは【聖剣の複製】の遣い手であり、バロバロッサが手にした以上、ワイルズは別に必要ないだろう。
が、瘴気体の殲滅は必要であり、その為の時間稼ぎは重要だった。
バロバロッサがレイの背中を駆け上ると、上空でワイルズを取り込んだアマツミカボシに、変化が起こっていた。
高台からも視認出来る巨大な骸骨であった瘴気の塊が徐々に収束し、雷鳴が走る瘴気雲の中で鈍い輝きを放ち始めたのだ。
「上王陛下!」
チュチェが、自らの加護が途切れたことを感知したのか、アガペロごとこちらに飛来してくる。
「持ち場を離れるな……と言いたいところじゃが、ちょうど良い。サーダラをベルの元へ連れて行け!」
サーダラの体を片手でポーンと放り投げると、アガペロが慌ててそれを受け取る。
どうやら、アマツミカボシはワイルズで満足したらしく、サーダラに手を出す様子はなかった。
「チュチェ、案ずるな。己の選んだ『王』を信じよ」
戻れ、と手振りしても動かないチュチェの目を見据えてそう告げると、鳳凰は少しの間こちらの目を見つめた後、ベルの方角へと移動して行った。
「さて」
バロバロッサが改めてアマツミカボシに目を向けると、『それ』は人の五倍ほどの大きさを持つ、ボロ切れを纏った金色の骸骨へと変化していた。
依代を得た、それが真の姿なのだろう。
「刃を交える前に名乗ろう。我が名はバロバロッサ・アトランテ。そう呼べ」
短く告げて、魔刃【草薙】の刃先をアマツミカボシに向けたバロバロッサは、闘志を放つ。
「『六悪が空蝉』と、伝承に記されし者よ。ベルは其方を『魂亡き虚な力』と称したが、事実かの?」
すると、金色の骸骨は再び軋むような思念を放った。
『我、ハ、マツロワヌ、者……』
「それは先ほど聞いたの。それが名か?」
『否……我、ハ、カツテ、人ノ世ノ黎明ニ生マレシ魔性……人ノ、アラユル言葉ヲ異ニセシ、争イノ、主……』
金色の骸骨は、瘴気で作られた蛇のような触腕を形作りながら、名乗りを上げる。
『―――〝傲慢なる金化卿〟ノ、残骸、デ、アル……』




