異変ですわ……!!
「相変わらず、ド派手じゃのう」
高台の先端に立ち、いつもと違う黒い刀身の剣を握ったお祖父様は、ウキウキした様子で額に手を添えて、瘴気雲が吹き払われる様子を見ていた。
その横で、ワイルズは待っていたバンちゃんに手を添えながら、もう片方の手に握った【聖剣の複製】を見下ろす。
―――あれ多分、ハムナの魔物のやつと同じだよな?
ディオーラの浄化がなければ地道にペシペシ払うしかなかったアレを、溜めすらなく一瞬で吹き飛ばす上妃陛下の魔術は、相変わらず人間のものとは思えない。
「お祖父様は、何であんな魔術喰らって無事でいられるんです……?」
「幾らベルでも、儂に向かって全力の魔術など放つ訳がなかろう。加減された一撃なら身体強化魔術で防げるじゃろうが」
「いや、無理では……?」
正直、アレが半分以下の威力でも防げるかは怪しい部類だ。
するとお祖父様は、少し皮肉げな様子で片眉を上げて、ふふん、と顎を上げる。
「剣の腕前はともかく、儂の能力はおぬしとそう変わらんぞ、ワイルズ」
「え?」
「随分弱気になったではないか。無謀で自信満々な態度はどこに行ったのかのう?」
「いや、自信とかそういう問題じゃないのでは!?」
そんな言い合いをしていると、後ろで父上とヨーヨリヨ叔父上が苦笑していた。
「この状況であの言い合いが出来る豪胆さは、上王陛下とよく似ている気がするな」
「全くです、兄上。私はこの場にいるだけで足が竦んでいますよ。出来たら高台に残っていたいのですが」
すると父の弱気な発言に、息子のメキメルがあっさり答える。
「叔母上と一緒に高台に残れば良いんじゃないか? お祖父様もフロスト伯父上もサーダラ兄ぃも、ついでにワイルズもいるしな」
「誰がついでだ、誰が!」
メキメルの言う叔母上、というのは、一応高台の貴族を心配して残す、サーダラ兄ぃの母上である。
王族であり、剣の腕前は父上とタメを張るくらいらしい。
「それも良いんだけどね……父上が許してくれるなら」
「ワイルズよりさらに弱気とは情けないのう。ヨーヨリヨ、おぬし、本当に儂の息子か?」
「正真正銘、父上と母上の息子ですよ。身の程を弁えているだけです」
「では、ベルと共にいる自分の嫁を見習って、身の丈に合った働きくらいはしてもよかろう。つべこべ言わずに行くぞ」
と、お祖父様は高台から崖下のベル湖沿岸に向かってポン、と軽く跳んだ。
それに父上と、ため息を吐いたヨーヨリヨ伯父上が追従し、最後にワイルズ、メキメル、サーダラ兄ぃが跳ぶ。
そして合図を出したバンちゃんが飛び立って付いてくるのと同時に、上妃陛下の放った二発目の〝天照らせ〟が炸裂した。
「ああいうのは再現出来ねーんだよなー」
着地と同時に、空を見上げながら頭の後ろで手を組み、メキメルが不満そうに声を上げるのに、ヨーヨリヨ叔父上が柔らかく笑う。
「母上は特別だからね。僕はメキメルの魔術も十分凄いと思うよ」
その横で、黒水晶に興味津々の視線を向けたのは、サーダラ兄ぃ。
「姿が見えた……見たことのない魔性だ。お祖父様、私の目で精神干渉が可能かどうか、試してみますか?」
魔獣使いの瞳を持つサーダラ兄ぃに問いかけられたお祖父様は、少し考えた後に、首を小さく横に振る。
「何となく嫌な気配がする。やめておけ」
「……そうですか」
そうして、ちょっと残念そうなサーダラ兄ぃの体が、突然硬直した。
「ぐっ……!?」
「サーダラ兄ぃ?」
ワイルズが声を掛けるが、サーダラ兄ぃは黒水晶から視線を外そうともしない。
同時に、瘴気雲を吹き払われた黒水晶から、先程までとは比較にならない瘴気が吹き出す気配がした。
「なっ……!?」
出現した時と同様、あまりそういう感覚が鋭くないワイルズでも感じられる程、圧倒的な瘴気である。
その瘴気は黒水晶の周囲に渦を巻いて、無数の黒い塊を生み出した。
それらが一斉に、ベル湖やその沿岸、そして聖結界に包まれた高台と王城目掛けて降り注いでくる。
―――『禍ツ星』ってこれのことか……!
咄嗟に固まっているサーダラ兄ぃの体を掴んで、ワイルズは跳躍する。
「バンちゃん!」
低い位置で輪を描くように飛んでいた愛竜は、慣れた動きでワイルズの下に滑り込む。
手綱を握って、降り注ぐ瘴気塊から遠ざかるように高度を上げつつ、ワイルズは周りに目を向けた。
王都と高台は、幾つかの瘴気塊の直撃にも揺るがず、聖結界によって守られている。
―――他の皆は?
視線を移すと、父上とヨーヨリヨ叔父上は、後ろに跳躍していた。
メキメルは直撃を避けつつ、その場で防御結界を展開して、地面に衝突した瘴気塊の余波を退けている。
そして弟のウォルフは……お祖父様に襟首を引っ張られて、後ろに放り投げられていた。
お祖父様の頭上には、直撃コースの瘴気塊。
「お祖父様!」
ワイルズが声を上げるのと同時に、彼が無造作に瘴気塊に向けて剣を構えると……目で追い切れない数の剣閃が走った。
ヒュヒュヒュ、と剣を振った音が遅れて聞こえる程の速度で繰り出された無数の突きが、瘴気塊に突き刺さり、まるで風船のように、パァン! と瘴気塊が弾け飛ぶ。
「その程度では、魔刃【草薙】には刃こぼれ一つ付けれぬぞ、アマツミカボシとやら。其方と対なして語られる、九頭竜の骨と瞳より作り出したもの故な」
言いながら、さらに剣を振る。
「あまり地形を荒らすな。ここは我が国の貴重な観光地じゃぞ」
次々と降り注ぐ瘴気塊に向けて宙を剣閃が走り、斬り裂かれて弾けていった。
―――いや、上妃陛下だけでなく、お祖父様も十分化け物だが?
潜在能力は変わらないと言われたところで、信じられない。
すると、お祖父様の言葉が聞こえたのかどうか、ベル湖の上空に浮かぶ黒水晶……アマツミカボシが、瘴気塊を放つのをやめた。
ゆらり、と黒水晶を包むように、ハムナ王国の『不死の王』に似た形で、瘴気が人に似た姿を形作っていく。
やがて現れたそれは、漆黒の骸骨のように見えた。
『我、ハ、マツロワヌ、者……』
キィン、と頭の奥に痛みが走り、同時にあの時と同じように声なき声が聞こえる。
『魔性、ノ、血族……我ガ、依代、ナリ』
―――ヨリシロ!? それ聞いたことあるぞ!
「皆離れろ!」
それは『不死の王』がワイルズに対して言ったのと、同じ言葉。
あの後、ディオーラに『体を乗っ取るという意味ですわ』と教えて貰ったのだ。
だが、遅かった。
地面にぶつかったりベル湖に落ちたり、あるいは斬り払われたりして霧散した、と思っていた瘴気が。
ゾゾゾ、と一斉に小さく纏まり、人の形や、あるいは波の形を取り、一斉に動き出したのだ。
『拙い!』
風を操ったのだろう、上妃陛下の声が辺りに響き渡る。
『総員、魔性の群れを聖の魔術、使えぬ者は炎の魔術で焼き払え! 貴族のみならず、王都内の冒険者たちの内、炎の魔術を扱える者も出張れ!』
一瞬、指示の意味が分からないまま空を見上げる貴族らだったが、続く上妃陛下の言葉に戦慄が走った。
『―――王都以外に住む民が襲われるぞ! 一匹たりとも逃すな!』
状況の判断が出来ていなかった者達が、その短い伝達で一斉に動き出す。
聖結界に包まれた飛び出し、王都を囲う壁の外側を左右に分かれて瘴気体を追い始めた。
三度目の上妃陛下の〝天照らせ〟が炸裂して、それなりの数の瘴気体が消滅するが、大きく散っている為、全てを消滅させることは出来なかったようだった。
上妃陛下はもっと強力な魔術も使えるらしいが、聖の魔術と違って破壊を伴う力であり、行使すればベル湖がもう一つ生まれる以上の被害が出る、と、以前言っていた。
そこで王城から、巨大な炎の翼が飛び立つ。
アガペロを背に乗せた鳳凰、チュチェである。
「チュチェ、頼む!」
『クゥルゥウウウ―――……』
聖結界を飛び出したチュチェの大きく広げた翼から大地に向けて煌めく火の粉が降ると、それに触れた瘴気体が燃え上がって動きを止める。
次いでスフィンクス達が飛び出してきて、瘴気体を喰い殺していく。
二体は、元々、瘴気を封じたピラミッドの番人である。
牙には、瘴気を喰らって消滅させる力があった。
その状況で、特に瘴気体の多い場所にいる父上とヨーヨリヨ叔父上が目配せを交わす。
「聖の魔術も炎の魔術も、然程得意ではない。動きを止める方に専念する」
「はい、兄上。浄化は一応、得意です」
「うむ」
父上が地面に剣を突き立て、魔力を放出した。
「〝凍れ〟」
ブワッと父上の足元で冷気が渦巻き、大きくその範囲を広げて行った。
冷気に触れた木々が霜に包まれ、その間で蠢いていた瘴気体が氷の柱に包まれて動きを止める。
「〝清めよ〟!」
少し遅れて、ヨーヨリヨ叔父上が浄化の魔術を広範囲に放って、その中にいる瘴気体を完全に消滅させていく。
さらに。
「コタ!」
「セイ!」
父上とヨーヨリヨ叔父上が声を張ると、チュチェとは違う方角から、二つの影が姿を見せた。
父上の瑞獣である応龍と、ヨーヨリヨ叔父上の瑞獣である青龍だ。
二匹は、東の空で聖気を伴う雨を降らせ始めた。
それと前後して、神速で飛び回って瘴気体を斬り捨てていたお祖父様も、声を上げる。
「レイ! 湖は任せるぞ!」
ゴゴゴ、と大地が鳴動し、湖に漣が立った。
そしてベル湖に落ちて波の形を取った瘴気体が、湖底から現れたモノに喰い千切られる。
頭を見せたのは巨大な『四霊』……お祖父様の瑞獣である、霊亀のレイ。
「バンちゃん、サーダラ兄ぃを避難させたら、私たちも……」
と、聖結界を通過しかけたところで、ワイルズが声を上げるが……バチッとサーダラ兄ぃの体が聖結界に弾かれた。
「んなっ……!?」
腕からもぎ取られ、落下していくサーダラ兄ぃに向かって、慌ててバンちゃんを急旋回させる。
が。
脱力したまま、不自然に空中でピタリと停止したサーダラ兄ぃは、黒水晶を胸元に秘めた漆黒の骸骨に向かってグッと引き寄せられるように移動を始める。
「待て!」
「サーダラ様!?」
グリちゃんの背に乗って、一生懸命、瘴気体に応戦する貴族らに防御魔法を掛けていたフェレッテ嬢が、婚約者の異変に声を上げる。
そうしてワイルズがサーダラ兄ぃを追い掛けている最中、地上でも異変が起こっていた。
「うぉ!?」
「コイツら……!」
お祖父様が取り溢した瘴気体と戦っていたウォルフとメキメルが、それぞれいきなりぐにゃりと、人型から波の形に変わった瘴気体に取り憑かれたのだ。
「メキメル!」
「ウォルフ様……!?」
ワイルズが声を上げるのと同時に、高台からフェレッテ嬢のグリちゃんに連れられて沿岸に降り立っていたオーリオ嬢も異変に気づいた。
そのまま、ウォルフの近くで炎の魔術を行使していたオーリオ嬢が腕を伸ばすが、体に触れる直前に、瘴気に弾き飛ばされた。
「ぁ……!」
「オーリオ嬢!」
瘴気に取り憑かれたままウォルフが声を上げるが、動けない。
彼女が凄まじい勢いで木立に叩きつけられそうになった……が。
「何事じゃ!?」
間一髪間に合ったお祖父様が、木立とオーリオ嬢の間に滑り込み、その体を受け止める。
「上王陛下……! 王族の皆様が……!」




