殿下にお伝えすべきか、迷っていますわ。
ーーー『禍ツ星』。
ディオーラはその名称から、星である、と考えて『伝承』の中でも天文や占に関わる資料を見ていたけれど。
ワイルズの言葉で、そうではないのかもしれない、と考えを改めた。
「神獣や魔獣……魔法生物に関する逸話を集めて編纂された資料にも、当たってみましょう。もしかしたら、天に住む『禍ツ星』という名前の魔獣がいるのかもしれませんわ」
「分かった! 魔獣の資料なら……後は古臭い書き方で書かれてなければ最高なんだが!」
「古い資料である以上、望み薄ですわねぇ」
一瞬で元気になって、軽い足取りで魔獣資料の置いてある棚に向かっていくワイルズの後を、ディオーラもゆっくり追う。
そして目ぼしい資料を選んで、お互いに調べていくと。
「あったぞ! 多分これだ!」
「あら。思いの外早いですわね」
と、声を上げたのはワイルズだった。
「ふふん、私の勝ちだな!」
「あら殿下、魔獣のことかもしれないと気づいたのはわたくしですわ」
「私が『魔獣だったら』と言わなければ気づかなかっただろう!」
「ふふ。1から10までご自身でお気づきになれば認めて差し上げますわ♪」
「厳し過ぎないか!?」
そんな戯れをしながら殿下の横に行って表紙を見ると、やはり古代の魔性に関する資料である。
『ヌシ』など、特殊で強大な魔性の情報を一纏めにしたものだった。
「見つかったのは喜ばしいことです。殿下の泣き言もたまには役に立ちますわね」
「それは褒めてるのかバカにしてるのかどっちだ!?」
「どうでしょうね」
ディオーラがワイルズが開いているページを覗き込むと、そこにはこう書かれていた。
『天津、国津、天地二つの禍ツ星。神威陰陽、陰中陽に一頭、陽中陰に九頭、六悪が空蝉、強大なる四凶寝所の岩戸なり。国津八岐の堰が切れ、天津甕星降る時、其は邪智の小人、内なる凶狼の目覚めなり。』
ワイルズの嫌いな『古臭い』書き方のそれであるせいか、単語を見つけたものの、彼はイマイチピンときていないようだった。
「しかし『禍ツ星』以外、全く意味が分からんのだが。これ魔獣の話なのか?」
「殿下、殿下。勝ちというのなら、読み解きまでご自身でなさってようやく勝ちと言えるのでは?」
「さっきからチクチクしてるな! ディオーラの負けず嫌いも大概だぞ!?」
「そんなことはございません」
澄ました顔で答えると、ディオーラは話題を内容に戻した。
「そうですわね……ここに書かれているのが魔獣のことであるとするのなら、おそらくこの『九頭』というのは、上王陛下がたが昔退治なさった『九頭竜』のことでしょう」
魔獣で該当しそうなのは、アトランテ王城の地下に眠っていたという魔王獣である。
分かりそうなところから、ディオーラは古文を書き下したか、口伝を書き取ったのであろう一文を読み解いていく。
「そうなると、対になる『一頭』という魔獣がいる、と推測出来ますわね。そして出てくる名前が対になっていることから、『四凶寝所の岩戸』までが、おそらく二体の魔獣を示しているのでしょう」
問題は、その後である。
「この二体の魔獣は、何かを封じている、と書いてあります。『四凶寝所の岩戸』から先の文章は、九頭竜が葬られ、一頭……対応するのはおそらく、アマツミカボシの名を持つ『禍ツ星』ですわ……が天から降ると、魔人王や魔王獣より強大な『四凶』という魔性が目覚める、という意味合いですわね」
するとワイルズは、むむ、と眉根を寄せた。
「……もしかして、割とヤバいことが書いてあるんじゃないのか?」
「そう思われまして?」
「魔人王や魔王獣より強いのが目覚めたら、皆が困るのでは? 強い魔獣は見てみたいが、皆の迷惑になるなら目覚めたらダメではないか」
「仰る通りかと思いますわ」
そこから先、彼は少し解釈が難しいところに言及した。
「ってことは、『アマツミカボシ』とやらを退治したらダメなのでは? 退治したら封印が解けるんだろう?」
「それについては、少々読み違えかと、わたくしは思いますわね」
「???」
「本文では『降る時、目覚める』となっておりますでしょう? つまり、降った時点で目覚めるので、その後にアマツミカボシにどう対処しようと同じかと。皆を襲うのであれば、始末しても問題ありません」
「なるほど。……いや余計に問題があるな!? つまりお祖父様達が退治した九頭竜以外に、魔獣が三体同時に目覚めるってことじゃないか!」
「そう書いてありますわね」
「上妃陛下がたはそれを知ってるのか? 知らせないといけないんじゃないのか!?」
「おそらくはご存じかと思いますけれど、殿下から知らせて差し上げると、国王陛下がたもお喜びになるのではないでしょうか」
「行ってくる!」
資料の片付けもせずにバビュン、といなくなったワイルズを見送った後、ディオーラは微笑みを消した。
―――内なる凶狼を目覚めさせる……。
きっと、上妃陛下が言葉を濁していたのは、この部分に関することだろう。
アトランテ王族がたには、生まれた時にそれぞれの名のイニシャルを刻んだ固有の印章が与えられる。
その印章には、狼の頭の意匠が必ずどこかに刻まれているのだ。
―――アトランテ王族は、魔人王の血統……。
ハムナ王国を……正確には、中央大陸から東に渡った過去の民族を源流とするアトランテの血統には、まだもっと、とんでもない秘密が隠されているのかもしれない。
少し不思議には思っていた。
『不死の王』や魔人王の血統であることが、本当にアトランテ王族の強大な力の源流であるとするのなら。
何故、【魔獣大侵攻】の後に現れた魔人王そのものを、血の薄まった後継に過ぎないワイルズがあっさり斬り捨て、『不死の王』はディオーラの力で浄化出来たのか。
何故皇国の王族や、ハムナの王族が、ワイルズ程の力を有していないのか。
アトランテ王族は、上王陛下も国王陛下も、彼と同程度以上に強いのである。
そしてディオーラの愚かわいい婚約者の名前は、ワーワイルズ。
狼の頭の意匠を持つ野生の人獣なのである。
―――『内なる凶狼の目覚め』が、殿下を襲う災難であるとするのなら。
その可能性に、ディオーラは眉根を寄せる。
上妃陛下が口を濁したのも、わかる気がした。
―――『殿下が魔人王以上の魔性である可能性』など、本人に伝えられませんわ。
「ワイルズ、其方は心が弱い。サボる、逃げる、面倒くさがる、好奇心に勝てぬ、そういう『弱さ』に、今回ばかりは負けることは許さぬぞ」
あれはきっと、上妃陛下がその可能性を明かさずに口に出来る、最大限の言葉だったのだ。
いつから、知っておられたのだろう。
『内なる魔性に負けるな、人で在れ』と、上妃陛下は仰っていたのだ。
そして、戦う力は十分に持ち合わせているワイルズの心を鍛える為に、尻を叩いていた。
―――殿下。
自分の口からその可能性を知らせるべきか、上妃陛下達と同様に、そうしない方がいいのか。
ディオーラは、すぐに答えを出せなかった。
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