分からなければ、調べてみるといいのですわ。
「私を襲う災難って、上妃陛下のことじゃないのか……?」
「流石にその言いようは不味いと思いますけれど」
ワイルズと並んで廊下を歩いていると、散々念を押された彼がげっそりしながらそう呟くのに、ディオーラはころころと笑う。
「日頃の行いというのは、大切ですわねぇ」
「私があそこまで言われないといけない程の、一体何をしたというのだ!?」
「愚かですわねぇ。何もしていないと思うのでしたら、鳥の方がまだ物を覚えているかと思いますわよ?」
「というか、これから災難に襲われる相手に対する態度ではないだろうアレは!」
「まぁ、相手が殿下ですから」
言い方はともかく、ディオーラの心情的には、どちらかと言えば上妃陛下寄りである。
上妃陛下も、これがきちんと言うことを聞く相手であれば、念押し以外に心配の一つも口にしたと思うけれど、口にした途端に気が緩んでしまうのもまたワイルズである。
それも含めて、日頃の行いや態度ということだ。
「ですが殿下は、災難に襲われることに関しては疑っていないのですわね」
「まぁ、それを言ったのがお祖母様らしいからな……」
「何か理由がございますの?」
「その手のことを言われて外れたことがないからな。最近だと、【懐き薬】を飲む前も『飲み物に気をつけてね〜』と言われたし、【魔獣大侵攻】の前も『何かあっても冷静に、自分のことをしなさいね〜』みたいに言われた」
「……それで何で、気をつけずに失敗しますの?」
流石に半眼になるけれど、ワイルズもそれについては引かなかった。
「だから【魔獣大侵攻】の時は言うことを聞いただろう!」
「的中するというのなら、全部聞かれませ」
「飲み物の話は、うっかり忘れていたのだ!」
「堂々と仰ることではありませんわ」
こういうところは、本当に相変わらずである。
慣れっこではあるけれど、そう、せめて重要なことくらいは覚えておいて欲しいものだ。
「しかし災難か……どんな災難なのだろうな? その内容も教えてくれたらいいものを」
ワイルズは気持ちが収まらないのか、ブツブツと言いながらもあそこまで言われたら気になるようで、内容について考え始めた。
「気になりまして?」
「それはそうだろう」
ディオーラは、その話をするなら少し止まった方が良いだろうと思い、差し掛かった中庭のベンチを示して、並んで座る。
そしてパラリと扇を広げ、ワイルズの目を覗き込んだ。
「少し考えてみるのも一興ですわね。上妃陛下は、ヒントをたくさん下さいましたわ」
「ヒント?」
キョトンとするワイルズに、ディオーラは頷く。
「言われたことを聞くのは大切ですけれど、その次に、聞いたことを自分で考えたり調べるのも大切なことですわよ、殿下」
ディオーラは、パチリと片目を閉じる。
「気になるなら、調査すれば良いのです。わたくしが殿下の愚かな行動の理由を探るのと、大して変わりませんわ」
「一言余計だぞ! 後、愚かって言うな!」
「『禍ツ星』が降る、ということ、その時に殿下に災難が降りかかるということ、この二つから、情報を調べて参ります」
ディオーラはいつも通りにそのツッコミをスルーして、ニコニコと告げた。
ワイルズは相変わらず少々察しが悪いので、ムゥ、と眉根を寄せる。
「……どうやって?」
「『ただ星が降る』とは、上妃陛下は仰いませんでしたわ。わざわざ『禍ツ星』という名前がついているのですから、過去に何らかの似たようなことが起こったのでしょう。つまりこの国の歴史や資料として残っている伝承などを調べれば、似たような事象が知れたり、何らかの手掛かりが掴めるかと」
「な、なるほど?」
「そしてそれが分かると、殿下を襲う災難の内容も推測出来るのではないでしょうか」
「……本当に?」
ちょっと疑っているような表情で返事をするワイルズに、ディオーラはこれ以上の意地悪はやめておくことにした。
懐疑的になる、というのは、それだけ考えている証拠である。
勿論、上妃陛下とのやり取りを見ても分かるように、まだまだ完璧には程遠いけれど、こういう話がそれなりにすんなり出来る、というだけでワイルズは成長しているのだ。
「では、本当に分かるかどうか、実際にやってみましょう。すぐそこにある図書館に参ります。……ふふ、二人で分からないことを調べるのは初めてですわね」
「気にはなる……が、正直、うん、面倒だなと思うんだが……」
「でも、付き合っていただきませんと」
ディオーラはにっこりと笑いながら、逃げようとするワイルズの腕を掴んだ。
「これから殿下が継ぐ玉座は、正解がなく分からないことだらけの立場です。そういう時にどうしたら良いのかを知っておくのは、とても大切なことですのよ? それに……」
「それに?」
「わたくしと離れないように、と上妃陛下が仰っておられたでしょう? つまりわたくしが調べ物をする、ということは、殿下も当然一緒に行くということですの」
※※※
そうして、資料室で調べ物をしてみたのだが。
「見つかりませんわね」
本命だった歴史の資料には『禍ツ星』の記載がなく、星に関する『伝承』にも目を通してみたが、そちらも特に該当する部分はなかった。
「空振り……そもそも、私は星に興味などないのだ!」
「泣き言は情けないですわよ」
「これが魔獣のことなら喜んで調べるのに……」
ワイルズは昔からそうだった。
法学や歴史学、体を動かすことに関わる以外の魔導学及び魔術、といったものに、極端に興味がない。
逆に、魔法生物学含む生物学や薬学、武芸については、多少偏りがあるものの興味津々である。
実際に魔獣等を目の前にした時に、役立つ知識だからだ。
魔法生物に法は通じないが、野生のルールはある。
魔法生物は歴史など知らないが、生きる為の本能は備わっている。
魔法生物と触れ合うのに遠距離魔術は必要ないが、身体強化魔術は必要。
つまりそういうことである。
ワイルズは、大変分かりやすいのだ。
「『禍ツ星』とやらが珍しい魔獣なら、喜んで会いに行くのになー……」
ぐったりとテーブルに頬を押し当てて脱力している殿下に、ディオーラは話を合わせる。
「喜ぶようなことではありませんけれど、そうですわね、魔獣なら……」
と、言いかけたところで、ディオーラはふと思いついた。
―――魔獣。
「ああ、魔獣……かもしれませんわね?」
「何だと!?」
ガバッとワイルズが身を起こすのに、顎を指先で挟みつつ、ディオーラは言葉を重ねた。
「正確には魔獣ではないかもしれませんけれど、わたくしの調べ方が、間違っていたかもしれませんわ」




