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【コミカライズ4巻発売中】うちの王太子殿下は今日も愚かわいい~婚約破棄ですの? もちろん却下しますけれど、理由は聞いて差し上げますわ~  作者: メアリー=ドゥ
第四章

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記憶喪失の原因かもしれませんわ。


「【飛竜草】を採りに行ったじゃと……?」

「おそらくは」


 ディオーラがワイルズの動向を説明すると、ベルベリーチェ上妃陛下はスゥ、と目を細めた。


「あの大馬鹿者は、相変わらず後先を考えぬの。が、推測に間違いはなかろう」

「何か、記憶を失った原因に心当たりがございますか?」


 合点がいったような声音に、ディオーラがそう問いかけると、上妃陛下は静かに頷く。


「【幻想花アーシャ】じゃ」


 そう言われて、首を傾げる。


「寡聞にして存じ上げません。それは、どのようなものなのでしょう?」

「【生命の雫(エリクサー)】の原料となるエリュシータ草よりも、さらに希少な花の名じゃ。本当に伝説上でしか存在を確認されておらぬもの」

「……それが、殿下の記憶喪失の原因なのですか?」


 少々突拍子もない方向で提示された『原因』に、ディオーラが少し戸惑っていると。


「所以のない話ではないのじゃ。そもそも、アトランテ王族の祖先たる魔人王が、ハムナの地よりアトランテ大島に根を張った理由に通じる話ゆえ」

「……!」


 ディオーラは驚いて、思わず扇を顔の前で広げてしまった。

 それは、ハムナ王国に赴いた際に知った事実であり、上妃陛下に報告はしているものの、まさか報告よりさらに深く、その話をご存じだとは思わなかったのである。


 フッと笑みを浮かべた上妃陛下は、さらに言葉を重ねる。


「開国より唯一の王朝を保ち、他と隔絶した土地に在り、聖結界の存在をもって他国との闘争なき我が王国ぞ。表沙汰に出来ぬ類いの幾多の古き伝承も、数多く残っておる」

「……なるほど」


 ベルベリーチェ上妃陛下の口調からして、おそらくは、王位継承後に王のみが閲覧出来る類いの文献なのだろう。

 ハムナの事案を報告した際に知っている気配を見せなかったのは、秘匿事項だったから。


 そして今、それを明かされたのは。


「そろそろ良かろう。祝賀祭が終わり、貴族学校卒業後、そなたらの婚姻の儀は執り行われる。国の由来を知る良い機会じゃ」

「ハムナで聞き及んだ以上の秘密が、王の血統にはあるのですか?」

「そうさの……そもそも、この国とフェンジェフ皇国を覆う聖結界が何に由来するものかは、当然覚えておるの?」

「はい。古代文明と呼ばれる、太古の遺産ですね。フェンジェフのピラミッドも、同様の遺産であると聞き及んでおります」

「そうじゃ」


 聖結界を発動する魔導陣は、転移魔術を行使し海を割るベルベリーチェ上妃陛下をもってしても、解読や再現が困難なものなのだという。


 同様の遺産として知られるものは、ピラミッド以外にも、もう一つある。

 ワイルズ殿下が【整魔の指輪】を得る為の旅行で使用した、中央大陸と東の大陸を繋ぐ転移魔導陣だ。


「かつて繁栄し、数々の超常的な遺産を生み出したのは、古代に栄えた文明。中央大陸と東の大陸、そしてアトランテ大島を支配したその国は、名を『バルア皇国』という」

「『バルア皇国』……」

「そう。数々の古代文明の遺産は、その第三代皇帝がたった一人で生み出した、とされておる」

「!」


 不世出の天才であったその皇帝は、現在の中央大陸北部の中心に皇都を構え、生涯に渡りたった一人の皇后を愛したという。

 皇帝はその皇后に島を一つ与え、聖結界で覆い、転移魔導陣でいつでも赴けるように環境を整えたのだと。


「それが、アトランテ大島なのですか?」

「左様」


 ハムナの王子であった、アトランテ開祖の魔人王は、その事実を知っていたらしい。

 そして、本来であれば外敵から身を守る為の聖結界を、自らが正気を失った時の備え……封印結界として使用することを考えて大島を目指したのだと。


「太古の皇帝は、聖魔の全てを従える魔導王であったと、文献には記されている。この大島に存在する、他では見かけぬ『ヌシ』と呼ばれる魔獣や、後の世で封印されていた魔王獣どもは当初、皇后と大島を守る為の護衛獣だったのじゃ」


 皇帝が従え、皇后が認めた者以外の全てを攻撃するそれらは、後の世で人の脅威となり、時の英雄や上王陛下夫妻によって調伏ちょうぶくされた。


「それ程に皇帝の寵愛を受けた皇后が、最も好んだ花が【幻想花アーシャ】じゃ」


 真昼の僅かな時間にのみ開花し、真に心清き者にしかその姿は見えず、稀にそうでない者の目に留まれば、即座に枯れ落ちる花。

 そして花弁を閉じている間に放つ魔力の波動は、人の想いや記憶を朦朧とさせ、【幻想花】のある場所を思い出すことが困難になるのだと。


「そもそも数が多いものではないが、古代文明を生み出した皇帝が群生させた地が、おそらくは人の立ち入らぬ山岳の頂上付近なのじゃろう。花の波動を多少浴びる程度であれば、記憶の混乱程度で済むが」

「群生地が頂上近く、ということは、【飛竜草】の採取か探索の間に、長時間【幻想花】の波動を浴びた可能性がある、ということですね」

「うむ」

『影』は殿下がその手の勝手なことをしても手伝わないだろうし、ずっと影の中に潜んでいたから影響が少なかったのだろう。


「記憶喪失を元に戻す方法は……?」


 ディオーラの質問に、上妃陛下は少し考える様子を見せた後、こう告げた。


「【月魅草チャームルナ】を持ち、飛竜草の山へ赴くが良い。【幻想花】と対になると言われておるその花は、物忘れに対して優れた効能がある。が、【幻想花】による忘却は、記憶を失わせたそれの近くに【月魅草】を持っていかねば、癒すことは出来ぬ」

「……そんなに簡単なことなのですか?」


 ディオーラは、むしろ拍子抜けした。

【月魅草】の効果そのものは、ディオーラも知っているし、多少珍しいものではあるけれど全く見ないものではない。


「それで大丈夫なら、今まで【幻想花】が見つからなかった理由もあまり分からないのですが」

「【月魅草】の真の効能も、秘匿されておる。それに知っていたとて、資格なき者が【幻想花】を手にすることは不可能じゃ」


 ベルベリーチェ上妃陛下は、ニヤリと笑った。


「真に心清き者以外、触れることすら敵わぬもの故に。かの花が幻想と呼ばれるは、誰も所在を明らかに出来ぬ故ではない。数多くの者が、枯れ落ちた痕跡以外見つけることが出来ぬからじゃ。そしてそれ程に脆き花であるにも拘らず、滅び去ることもない。故に、神秘の花で在り続けておる」


 ディオーラは、上妃陛下の情報を聞いて、顎先に指を添える。


「……もう一つ疑問があるのですが、【幻想花】は、もし仮に枯れ落ちても、同じような記憶喪失効果を放ち続けるのですか?」

「否」

「であれば……殿下は【幻想花】を目撃しないままに間近に居続けたか、見つけたことで(・・・・・・・)影響を受け続け(・・・・・・・)たか(・・)、ということですわね」

「見つけたじゃと?」

「ええ」


 ディオーラは頷いて、飛竜舎でフェレッテ様が見つけてくれたそれを示す。


「この謎の枯草が、もしかして殿下が【飛竜草】と共に摘んで持って帰った【幻想花】なのでは?」

 

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