そのお顔が素敵ですわ。
「おはようございます、殿下」
「ああ、おはよ……何だ、その書類の山は」
アトランテ王国に帰還した翌日。
『四霊』の扱いに関しては、どうやら父上が考えるということで、先日はそのまま王宮に帰っていた。
起きてバンちゃんの体を久しぶりに洗い流した後で、ディオーラに執務室に呼び出された。
そして現れた彼女は、ドアの上、ギリギリに届くぐらいに重なった書類の山を持っていたのだ。
「本日は休息日ですわ」
「……そうだな」
「つまり貴族学校も閉まっております」
「ああ」
「そしてこちらは、殿下が出かけておられる間に溜まった、祝賀祭に関する殿下の決裁待ちの書類諸々になりますわ♪」
ドサッと置かれたそれを、一度上から下までじっくり眺めて、ワイルズはじわりと額に脂汗が浮かぶのを感じた。
「え〜、つまり?」
「本日中に、これらの処理をしていただきます」
「ちょっと待て! こ、こういうことはやっておいてくれると言っていたのではなかったのか!?」
「愚かですわねぇ、殿下」
ハンカチを取り出して、トントン、と額の汗を拭ってくれつつ、ディオーラがにっこりと微笑む。
「祝賀祭の責任者である殿下のサインを、わたくしが勝手に代筆出来る訳がないでしょう?」
「嘘をついたのか!?」
「いいえ。ちゃんと書類の中身は精査して、後はサインをするだけにしておりますわ」
「な、何だ、そうか」
ワイルズはちょっとホッとした。
まさかこれらを今から全部目を通して、サインをしなければならないのかと思ったのである。
名前を書くだけなら、重労働ではあるが単純作業なので、どうにでもなる……と、思った直後。
「が、中身には全て目を通して、内容を把握していただきますわ」
「何でだ!?!? ディオーラが目を通したのだろう!?!?」
「で、ん、か?」
本当に楽しそうに、さらに顔を近づけてきたディオーラに、引き攣った頬を撫でられる。
「責任者が、決済内容を把握しないなど、許されると思っておりまして?」
「うぐっ……!」
ワイルズは、そこで悟った。
色々おかしいと思っていたのである。
珍しく、ディオーラがワイルズの行動に何も言わなかったり。
アガペロの故郷辺りや『魔獣の大樹林』に出かける時に、色々手助けをしてくれたり。
「ディオーラ! 私に意地悪をする為にわざとサインをしなければならないことを黙っていたな!?」
そう、一言すらなかったのである。
『決裁のサインをしなければいけませんよ』みたいな言葉を、全く言わなかったのだ。
その愉悦の表情を見れば分かる。
ワイルズが焦っているのを見るためだけに、この二ヶ月以上黙っていたのだと。
「考えれば分かることでしょう。考えなかった殿下が悪いのですわ」
「絶対一言くらい言えただろう!?」
「わたくしに頼り切りで疑いもしない殿下が可愛くてついつい、口にしそびれて……」
「嘘だ!」
「それに、殿下」
ふふ、と笑いながら、ディオーラが顔を離す。
「殿下なら出来る、と思ったから黙っていたのです。それに、留守の間頑張ったわたくしに、少しくらいのご褒美があっても良いでしょう?」
「ご褒美?」
「ええ、殿下のそのお顔が、わたくしにとっては何よりのご褒美ですわ。愚かで可愛らしいわたくしの殿下。ちゃんとお側に居ますので」
ディオーラは、書類の山から一枚を指先で摘んで、ワイルズの前に置く。
そして、満面の笑みで言葉を重ねた。
「全部、今日中に、お願い致しますわね♪」
三章終わりですー。なるべく近いうちに四章始めます!




