世話役が決まったようですわ。
「チュチェが鳳凰になるとは思わなんだのう」
「ええ、驚きました」
アガペロは、どうやらベルベリーチェ上妃陛下らを避けて、そそくさと婚約者の方に行ったらしいワイルズを苦笑して見送りながら、彼女の言葉に頷いた。
「あれはほんに、予想の斜め上を行く孫じゃの。麒麟の下へ行かせて鳳凰に選ばれるか」
「何も嬉しいことではありませんわ。予想外のことをする相手は、振り回されるだけ振り回された周りが疲弊します」
―――あなた方がそれを言えたものではないと思うのですが。
と、アガペロは内心で思うが、口には出さない。
親しみや敬意を感じてはいるものの、そんな軽口を叩けるほど気安い仲でもない。
何よりアガペロ自身は、その破天荒さに救われた身であるからだ。
そして一つ、いい機会なので、アガペロは大事なことをお二方に伝えることにした。
「両陛下。私はこの遠征を以て、魔獣狩りを引退しようかと思っております」
言いながら、アガペロは二人の前に膝をついた。
「魔獣狩りの民の為、ギルドを立ち上げて下さったご温情に、改めて感謝を捧げます。御恩に報いる為に今まで活動して参りましたが、そろそろ、体の方もガタが来ておりますので」
あの日、二人とチュチェに救われなければ、孫を得るまでこの生を全うすることは出来なかっただろう。
「アトランテ王国を継ぐ王太子殿下の為、老骨に鞭を打って赴いた先で、良いものを見届ける機会に恵まれました。もう、悔いはございません」
ワイルズは、間違いなく上王陛下の孫である。
鬼のように強く、我儘気ままで、どこか抜けていて……そして弱い者に対して、分け隔てなくどこまでも優しい。
ほんの僅かな助力ではあったとしても、彼の人生の大切なひと時に関われたことで、アガペロは満足していた。
上王陛下、上妃陛下に敷いて貰って歩み続けた道の幕引きに、これ程相応しい結果もないだろう。
「誠に、ありがとうございました」
「大層じゃのう」
「よさぬか。わたくし共は為政者の責務を果たしたのみ。頭を下げるようなことではなくてよ」
言われてアガペロが立ち上がると、お二方は笑みを浮かべていた。
「弱々しかった小僧が、いい男になったのう」
「ほんに。チュチェはどうするのです?」
「こいつの機嫌次第ですが、この大きさとなると、流石にもう、うちで飼うのは無理でしょう。王家の方々にお任せしたと思うのですが……」
少々申し訳なく思うし、魔獣狩りとして生涯を共にしたチュチェと別れるのは寂しさもあるが、実際、チュチェが妙な連中に狙われたりしても困る。
アガペロが少々言いづらいながらそう口にすると、ベルベリーチェ上妃陛下はふん、と鼻を鳴らした。
「褒めたところなのに、情けない顔をするでない。魔獣狩りを辞すのなら、ちょうど良い。チュチェ用の住処を王宮の庭に作るゆえ、世話係として務めよ」
「は?」
「通いで良い。どうせ瑞獣は気に入った者にしか身を委ねぬ故、別の世話役が見つかるまでの繋ぎは必要じゃ」
「それは……ね、願ってもないことではありますが」
引退はするものの、チュチェの癒しの恩恵には何度も世話になったし、そのお陰でアガペロはまだ元気ではある。
食い扶持を子らに頼るのも気が引けるので、仕事が得られるならありがたくもあった。
「ワイルズ殿下ではダメ、なのでしょうか?」
「あれは飛竜乗りじゃ。チュチェの匂いが常にしていたら、バンがヘソを曲げる」
「ああ……」
言われてみれば、それはそうである。
飛竜という存在の気難しさ、馴らしにくさは、人に馴れる魔獣の中でも随一。
何せ本来、馴らすだけでも特別な才能が必要なのだ。
アガペロは、また頭を下げる。
「重ね重ねのご温情、痛み入ります」
「よせと言ったであろう。そなたがギルドを維持する為にどれだけ尽力したかを、知らぬとでも思うておるのか?」
ベルベリーチェ上妃陛下は、片眉を上げる。
「それにそなたがチュチェの世話役であれば、ワーワイルズも喜ぶであろう。あれはああ見えて、人見知り故な」
「人見知り……?」
最初から、言い方は悪いが馴れ馴れしかった気もするのだが。
そんなアガペロの内心を読み取ったのか、上妃陛下は上王陛下と目を見交わす。
「昔はソレなりに、息子も苦労しておったのう」
「ええ。トゲトゲとしながらも気を許したのは、ディ・ディオーラのみで」
「学校で友達も少ないようじゃし」
「お陰で、しばらくボロが出なかったところもありますしね」
二人でけちょんけちょんに貶した後、お二方はこちらに目を向ける。
「あれは、人を見る目があるというには少々足りんが」
「鼻が利く、という感じよの。嫌な相手とは関わろうとせん、そういう気質じゃ。最初に声を掛けたのも、そなたに助力を頼んだのも、心のどこかで好し思うたのであろう」
ベルベリーチェ上妃陛下は、くるりと踵を返しながらひらりと軽く扇を揺らす。
「ゆるりと励むが良い、アガペロ。魔獣狩りの仕事に比べればチュチェの世話くらい、余生の楽しみに近かろう?」




