愚かわいいだけでは、ありませんわ。
―――何でお祖父様達が揃ってるんだ……?
まさか怒られる? が、ワイルズの頭の中に最初によぎった言葉だった。
上妃陛下に『怒る』と宣言されていたからである。
出迎えについても、これが外交渡航から帰って来ての話なら分かるが、ワイルズがお願いして行かせてもらった遠征なので、出迎える理由がない。
が、心配していたのと違い、お祖父様と上妃陛下は、チュチェの方に行ってこっちには来なかったので、ちょっとホッとする。
お父様とヨーヨリヨ叔父上も、軽く手だけを上げて応龍の方に行った。
ワイルズは声をかけて藪蛇になるのも嫌だなーと思って、さっさとディオーラのところに向かう。
「戻ったぞ!」
「お帰りなさいませ。珍しい魔獣は捕らえられまして?」
そう尋ねられて、ワイルズは言葉に詰まった。
帰ってきたら彼女に聞こうと思っていたことを思い出したが、その前に『捕まえなかった』ことを説明しないといけないのである。
元々は『祝賀祭で魔獣園を作る』ことを目的とした遠征だったので、つまり目的を果たしていないのだ。
ワイルズは目を逸らして、とりあえず誤魔化してみる。
「し、『四霊』だけで十分だろう?」
「あら、それは捕らえた訳ではないのは? 展示しますの?」
と、ディオーラは瑞獣たちに目を向ける。
「……いや、しない、が」
「苦しい言い訳をせず、さっさと説明なさいませ。捕らえて来なかった理由が、何かありそうですし」
結局、いつも通りにあっさり見破られる。
が、責めるような口調でもなく微笑んでいるので、怒っている訳ではなさそうだった。
ワイルズはちょっと小さくなりながら、彼女から目を逸す。
「……な、何となく、最初に魔獣らの様子を見た時に、捕まえるのが嫌だったのだ」
サーダラ兄ぃには呆れられ、アガペロには驚かれたが、自分でもそう思った理由がよく分からないのである。
「だから、捕まえなかった。何でなのか、ディオーラなら分かるか?」
「少しは自分で考えたらどうですの?」
「か、考えてみたが分からなかったのだ!」
扇の奥から、いつものようにちょっと意地悪な目でこちらを見る彼女に、ムゥ、と眉根を寄せる。
「まぁ……理由は分からないでもないですわね」
「そうなのか!?」
思わず身を乗り出すと、閉じた扇で額を押さえられる。
「殿下は、虫を飼えば干からびさせ、トカゲを飼えばうっかり逃し、犬を飼えば甘やかして躾けられない。そうかと思って猫を飼えば、野放しにした挙句に花を踏み荒らされて妃陛下の逆鱗に触れてしまうような方ですが」
「……」
「虫が動かなくなれば落ち込み、トカゲが逃げれば泣き、犬を飼えば心の底から可愛がり、猫が踏み荒らした花にこっそり謝る、そういう方でもありますでしょう?」
「……なんかバカにされている気がする」
「違いますわ」
ふふ、と笑ったディオーラは、扇を離して目を細める。
「己に対しても他者に対しても、厳しさこそ足りませんが慈しむ心を持っておられるのですよ」
そう言われて、ワイルズは目をぱちくりしてから、彼女の顔をまじまじと見つめた。
「人に害もなさず、ただあるがままに過ごしている魔獣らを見て、きっと『踏み荒らす』ことを厭うたのですわ。『瑞獣は徳のある者を好む』とされておりますから、その御心の在りようがチュチェの心を打ったのでしょう」
ディオーラは片目を閉じて、笑みを深める。
「魔獣園がなくとも、祝賀祭を開催することは出来ますわ。けれど、仁なき王で国は治らぬでしょう。殿下は、正しい選択をなさったのですよ」
「だ、だが……ディオーラも、魔獣園自体は楽しみにしていたのだろう……?」
ワイルズは、自分がそんな考え方をしているとは思えなかった。
「それに、アガペロの故郷辺りでは、ある程度魔獣を捕らえたぞ。そっちでは全然気にならなかったし、おかしいではないか!」
「【懐き薬】で懐く類いの魔物は、元々、負けた相手に服従する性質を持っているでしょう。抵抗する魔物を無理に捕らえて連れてきた訳ではないのでは?」
言われてみれば、それはそうである。
懐かない魔物は珍しくないから放置した……が、もしそれが珍しい魔物だったとして、腹を見せずに最後の最後まで抵抗するなら、捕らえただろうか。
やってみなかったので、そこについては分からなかったが。
「確かに、魔獣園は楽しみでしたけれど。『四霊』が揃っているのを見られただけで、わたくしは十分楽しいですわよ」
と、ディオーラは小さく首を傾げる。
「それに、殿下がチュチェに選ばれたことが、わたくしはそれよりも嬉しいのですけれど」
「……だが、レオニール殿下は、瑞獣に選ばれたこと自体は特に意味がない、というようなことを言っていたぞ。『そんな権威に縋る者に、民や配下は従わない』と」
その点に関しては、ワイルズも同感である。
選ばれたこと自体は確かに嬉しいのだが、それは相手がチュチェだから嬉しかっただけで、王としての資質、みたいな部分では、『こんなもんか』としか思わなかったのだ。
「愚かですわねぇ、殿下。権威に縋る者、は確かにそうでしょうけれど。殿下は勘違いなさっておられますわね」
「愚かって言うな。私がどんな勘違いをしているというのだ?」
「レオニール殿下の仰る意味は『瑞獣に選ばれたから王になるのではない』、というお話ですもの。民や配下は、本来、権威に従うのではなく王に従うのです」
「……何が違うんだ?」
意味が分からなくてますます首を傾げるが、ディオーラは焦らすようにジッとこちらの顔を見つめる。
「ディオーラ!」
「バロバロッサ上王陛下や、フロフロスト国王陛下も、瑞獣に選ばれておりますわね。上妃陛下や、ヨーヨリヨ閣下も……」
「それがどうした?」
「ワイルズ殿下は、あの方々が瑞獣に選ばれたから凄い、と思いまして?」
言われて、ワイルズは少し考えた。
そもそも、皆が瑞獣に選ばれていることなど、特に気にしたこともなかったのである。
「……いや、選ばれてなくても好きだし、凄いと思うが」
「それと同じですわ。瑞獣に選ばれるほど凄いから、王に相応しいのです」
よく出来ました、と、ディオーラはパチパチと手を叩く。
「わたくしの殿下が、愚かで可愛くて、とても凄い方であること。わたくしは、それが嬉しいのです」




