種明かしをされましたわ。
「これはまた……殿下の拾い物の中でも、一番大きいかもしれませんわね?」
ワイルズが帰ってくる、ということで、朝からいそいそと身支度を整えたディオーラは、港に赴いていた。
遠くに見える巨大な島のようなもの、あれが霊亀と呼ばれるモノなのだろう。
『影』の報告によると、麒麟と鳳凰、応龍までその背に乗っているらしい。
「でも、海竜船より随分ゆったりとした動きに見えますのに、早かったですわね」
海を行くものは、どんな大きなものであっても海流や天候の影響で流されたりするので、余程安定していないと真っ直ぐ来れるものではない、と思うのだけれど。
と、遠くに見える霊亀と、そこから離れて港に向かってくる海竜船に目を向けて、口元に扇を当てながらそんな風に考えていると、不意に後ろから声が聞こえた。
「応龍がいるからだな」
聞き覚えのある声に振り向くと、そこにワイルズの父であるフロフロスト国王陛下と……上王陛下夫妻、そして王弟でメキメルの父である、ヨーヨリヨ公爵が立っていた。
「おはようございます、国王陛下、上王陛下、上妃陛下、ヨーヨリヨ公爵」
すぐに扇を閉じて淑女の礼の姿勢を取ったディオーラに、国王陛下は頷く。
「体調は大丈夫か?」
「はい」
「久しぶりだね、パング公爵令嬢。君はワイルズのお迎えかな?」
相変わらず優しげなヨーヨリヨ公爵に、ディオーラは微笑んだ。
「はい。……それで、国王陛下。応龍がいるから、とは、どういう意味ですの?」
「あれは水と天候を操る。麒麟が生まれた故に、霊亀の道行きを穏やかにする為に同行したのだろうな」
何やら詳しく知っていそうな様子の国王陛下に首を傾げていると、バロバロッサ上王陛下もニヤニヤしながら顎を撫でる。
「面白い結末になった、とは聞いておったがのう。『四霊』揃い踏みは中々見れるものではないしの」
「それを見物に来られた、ということでしょうか」
確かに珍しくはあるけれど、国王陛下も上王陛下も、特別魔法生物好きというわけではなかった筈だ。
それに、ベルベリーチェ上妃陛下まで同行しているというのは、どういうことなのか。
おそらく現れた時の様子を見るに、上妃陛下の力で影の中を繋いで移動したのだろうし、もう一つ、ディオーラには疑問があった。
「あの霊亀が聖結界の内部に入っていることと、何か関係が?」
結界そのものは、薄い半球系の膜のようなものである。
結界内が清浄な空間として保たれたり、大地に豊穣を齎したり、はあくまでも副次的な効果で、『結界』の名が示す通り、本来は『内側と外側を隔てる』役割を持っている。
故に聖結界の中にも魔獣の生息地はあり、瘴気も発生するが、中から外には出れない。
ハムナ王国で『不死の王』を中に封じていた結界と、理屈としては同じ。
それが『外から入れる、中から出られる』なら、ウォルフ殿下の海竜や飛竜達のように、術者の許可があるか、あるいは聖結界に引っかからない存在であることを示している。
ベルベリーチェ上妃陛下は、ディオーラの質問に軽く鼻を鳴らし、片頬に笑みを浮かべた。
「応龍も、霊亀も、瑞獣よの。以前、ディ・ディオーラもフロフロストの言を耳にした筈じゃ」
言われて、ディオーラは思い出す。
『父上は朱雀と黄龍、上妃陛下は白虎、ヨーヨリヨは青龍、でしたな。直系王族は、陰陽五行の霊獣に懐かれるようで』
確かにそう、ワイルズを送り出すかどうかの話し合いの時に、そんな話をしていた。
「旧知に会いに来るのに、理由が必要かの?」
ベルベリーチェ上妃陛下の言葉に、ディオーラは口元に手を当てた。
「では、あの『四霊』が?」
「我が息子リヨが青龍に懐かれておるのじゃ。それより遥かに有能であるフロフロストが王として立つ時に、何の吉兆もなかった筈がなかろう」
「あはは。そういうことですね」
いきなり下げられたのに、特に気にした様子もないヨーヨリヨ公爵が腹違いの兄である国王陛下に目を向ける。
「兄上は戴冠の前日に、応龍に選ばれたんだ。王宮の庭で、夜に二人で話をしていた時に。兄上の前に現れた応龍は、私が仲良くしている青龍と番だったんだよね」
なるほど、とディオーラは得心した。
「彼らは、アトランテ大島の東にある小島を住処にしてるんだ。ウォルフだけは会ったことがあるんだけどね。彼は海が好きだろう? だから昔、会いに行く時に船で連れて行ったんだ」
多分、その時に一緒にワイルズを連れていなかったのは、彼がひどく船酔いするからだろう。
フェンジェフに行く時や、こんなことでもなければ、ワイルズが自ら船に乗りに行くことなどほぼないのである。
「兄上、久しぶりに呼んでみては?」
「そうだな。……コタ!」
国王陛下がそう呼びかけると、少しして霊亀の背からキラキラと黄金の煌めきを纏う青い鱗の龍……応龍が、こちらに向かって飛んでくる。
少し遅れて、それよりも白く小さな影も霊亀の背中から飛び立った。
あれはバンちゃんだろう。
船に乗るよりも楽だから、霊亀の背中に乗って帰ってきたのかもしれない。
さらに、そんなバンちゃんを追うように、背中に誰かを乗せた炎の鳥までこちらに向かってくる。
あれが、チュチェが生まれ変わったという鳳凰だろうか。
バロバロッサ上王陛下がそれを見て目を細めてから、上妃陛下に呼びかける。
「さて、チュチェの顔だけ見て、我らはレイに会いに行くかの?」
「ええ」
上王陛下夫妻が頷き合うのに、ディオーラは霊亀と二人の顔を見比べる。
「お二方は、あの霊亀もご存じなのですか?」
「我が夫を王に選んだのが、レイじゃの」
「あの子は臆病でのう。ベルが怒って作った湖があるじゃろ。昔はあの辺を住処にしてたんじゃが、間近に起こった大爆発にビックリして、出ていってしまったのじゃ」
「……それに関してだけは、少々申し訳なかったとは思っておりますわ」
「ま、レイは長生きな分、ビックリするのもそれが収まるのも気長なんじゃろう。ほとぼりが冷めて、ついでに麒麟も生まれたから戻ってきた、というところじゃろうな」
「わたくし、上王陛下を選んだのは黄龍なのだとばかり思っておりました」
「チュチェが我が夫に懐いていたのと同じで、コタも我が夫に懐いていただけの話。『年経た応龍を黄龍と呼ぶ』のじゃ。そのコタがフロフロストを選んだ、という経緯よの」
どうやら、フロスト国王陛下の『縁がある』という言葉を、ディオーラが誤解していただけらしい。
多分上妃陛下があの時怒っていた理由も、国王陛下が自分を卑下したからではなく、『自分は懐かれた訳ではない』というような旨の発言をしたことに対して、だったのだろう。
「はー……」
世の中、色々なことがあるものである。
そんな風に思いながら、ディオーラは近づいてきたバンちゃんの上から『おーい』と手を振るワイルズに、小さく手を振り返した。




