力尽きたようですわ。
「ど、どうしたんだ!?」
ワイルズも慌てて駆け寄るが、アガペロの両手に掬い上げられたチュチェは、ぐったりしたまま動かないようだった。
その体を包む炎の毛並みは勢いを衰えさせ、色が薄まっている。
―――死。
ワイルズは、自分の頭をよぎったその一言を、頭を振って振り払おうとした、が。
「……寿命、だろうな。それでも、麒麟が仔を産み落とす力を求めているのを感じて、力を貸したんだろう」
アガペロの近くに膝をつき、チュチェの容体を見たサーダラ兄ぃが淡々と口にする。
「老齢の朱雀なので、遅かれ早かれ、だっただろうが」
「そんな……」
ワイルズは、グラッと視界が揺れるのを感じた。
チュチェは、アガペロの飼っていた朱雀。
ここ最近、ワイルズは彼をあっちこっちに引っ張っていって、挙句に船に乗せて、この場所まで連れてきた。
それはつまり、チュチェも連れ回していた、ということだ。
急な環境変化も、元々年経ていた朱雀の身には過酷だったはずで。
―――わ、私の、せいで……?
こんなところまで連れて来なければ、チュチェも麒麟に力を貸して無理をするようなことはなかった筈で。
目の前で目を閉じるチュチェの姿に、ディオーラの姿が重なる。
元々体が弱かったのに、自分の軽率な言葉のせいで寝込んでしまった、幼い頃の彼女。
―――また、私が……。
『軽率な行動をするな』と、色んな人に散々言われていたのは、きっと、こういうことが起こるからで。
そんな風に、ワイルズが後悔に押し潰されそうになっていると。
「……よくやった、チュチェ」
と、アガペロが口にする。
「お前の頑張りで、麒麟の仔は無事に生まれ、王を選んだ。よくやったな。上王陛下も、上妃陛下も、お伝えしたら、きっと褒めて下さるだろう」
両手でチュチェを持ち上げて背中を丸めた彼の瞳には悲しみが、顔には笑みが浮かんでいる。
アガペロの声に反応したのか、横たわったチュチェがうっすらと目を開いた。
そして鳴き声を上げるように嘴を動かしたが、鳴ったのは、カチ、と小さく嘴が合わさる音だけ。
「喋らなくていい。そう遠くない内に、俺もそっちに行くだろう。離れるのは、少しの間、だけだ……」
耐えていたアガペロの声が震え、目から涙が溢れ落ちる。
「あの時、俺を助けてくれて、ありがとう……お前を看取るのが俺で、良かった」
「……ッ!」
ワイルズは、後悔ではなく感謝を伝えるアガペロを見て、ここで自分が一緒に泣くのは違う、と思った。
空を見上げて唇を噛み、グッと涙を堪え、目を戻す。
だってワイルズは、チュチェに『よくやった』とは言えない。
後悔したし、寂しいし、すぐに会いにも行けないし、何より、ずっとチュチェと一緒に居たわけではないからだ。
頑張って無茶するより、ちょっとでも長く生きていて欲しかった、って、どうしたって思ってしまうから。
「ご、ごめんな、チュチェ……わ、私が、連れて来なければ」
「それは違うぞ、殿下」
アガペロが、チュチェから目を離さないまま、そう口にする。
「チュチェは命が尽きる前に、自分が果たすべきだと思った役目を果たせたんだ。ここに来なければ、その役目を全うすることは出来なかった。きっと後悔していないだろう」
「それでも、私は嫌なのだ!」
慰められて、せっかく堪えた涙がブワッと溢れてくる。
「私が大切に思うものや、誰かの大切な何かが失われるのは、嫌なのだッ!」
生きていれば死ぬ。
奪えば奪われる。
それがどれ程に当たり前のことであったとしても、当たり前だから良いということにはならないのだと、ワイルズは思う。
「チュチェが頑張ってても、後悔してなくても、悲しいものは悲しいのだ! 悲しくて、嫌なのだ!」
自分でも、駄々を捏ねているのと変わらないのは分かる。
分かるけど、嫌なものは嫌だ。
そんなワイルズに、サーダラ兄ぃは『またか』と言いたげな顔で呆れたように眉を上げ。
レオニール殿下は、何故か眩しいものを見たように目を細める。
「嫌なものは嫌、それはそうですね。……ワイルズ殿下は、何より大切な気持ちを忘れていない方なのかもしれませんね」
「忘れろと言うわけではありませんが、これが厄介なことの方が多いのですよ、レオニール殿下。甘やかすのは控えていただきたく」
「失礼しました」
ワイルズはそんな二人のやり取りを無視して、チュチェに呼びかける。
「うぉ〜、死ぬなチュチェーーーッ! 私が悲しいのだぞ〜〜〜〜ッ!!!」
「無茶言うな……」
そんな風に呻くアガペロの顔を見つめながら、ゆっくりと目を閉じたチュチェの体から炎の揺らめきが消えた。
同時に、その体が灰になってアガペロの両手に積もる。
「―――ッ!」
しかし、ワイルズの涙で滲んだ視界に、きらりと何か、黄色の光が映り込む。
また微かに大地が鳴動を始めて黒い燐光が浮かび、天からは青い光が降り注ぎ始めた。
「……?」
グスッ、と鼻を啜りながら見やると、それらはチュチェの灰を包み込むようにより集まり、アガペロの両手を色とりどりの敬燐の光が彩る。
「なん、だ?」
「弔いか……?」
レオニール殿下とサーダラ兄ぃが呟くが、アガペロが目を見開いて固まったまま、掠れた言葉を口にする。
「チュチェ……?」
ワイルズも涙を拭って、麒麟や青龍が放つ光の中にある灰に目を凝らし……気づいた。
「動いてる……!?」
チュチェの灰の中で、何かが動いていた。
やがて、モゾリ、と灰の中から起き上がったそれに、敬燐の光が集まり……光球と化したそれが、ふわりと空中に浮かび上がる。
そして……まるで爆発するように、今までで最も強烈な光を放った。




