四象が集まったようですわ。
『フュゥルゥ―――』
チュチェの鳴き声と敬燐の光に、今度は麒麟が応えた。
角の先から黄色の光を放ち、キラキラとした光が空中で混ざり合う幻想的な様子に見惚れていると、さらに上空から鳴き声が聞こえてくる。
「……何だ?」
ワイルズは片方の鳴き声を聞いて空を見上げ、ジッと目を凝らした。
すると、中天に浮かぶ太陽の中に、キラキラと鱗のきらめきを捉える。
長い体を持ってくねる、蛇のような巨大なそれ。
だが、降下しようとしては何かに阻まれるように、陽の中で留まるそれを見て、ワイルズは気づいた。
「サーダラ兄ぃ!」
「魔眼を解いて下さい!」
見ると、同時にレオニール殿下も上空に目を向けたまま、サーダラ兄ぃに呼びかけていた。
「どうしたのです?」
「あのドラゴンが降りて来れんのだ!」
「おそらく、眼の力に阻まれています」
あれは多分、青龍だろう。
朱雀と共に名の上がることが多い、四象と呼ばれるモノの一種である。
ウォルフが以前、今チュチェの放つ敬燐の光を、青龍が放っているのを見たと言っていたのを思い出したのだ。
「多分、何故かは分からんが麒麟の出産に合わせて来ているのだ!」
「なるほど。……解いたら、魔獣らが一気に押し寄せてくるかもしれないが」
「来たところで大丈夫だ! それに、多分来ない!」
そもそも、麒麟に従っていた魔獣らである。
まさか出産の邪魔をするような真似はしないだろう。
サーダラ兄ぃが魔眼を解くと、降下してきた青龍が空中で円を描くように飛びながら青い燐光を降り注がせる。
チュチェは肩に乗るくらいの大きさなのに、そこに現れた青龍はかなり巨大で、空が曇ったように感じる程の影を落とす大きさだった。
鱗も多分青いように見えるのだが、光を反射すると金の煌めきを放っている。
麒麟、チュチェ、巨大な青龍の三つの輝き、に加えて。
突然、ずっと感じていた妙な気配が膨れ上がる。
「「「!?」」」
同時に、足元の地面全体が、蛍のような黒い燐光を放ちながら振動し始めた。
「……まさか」
妙な気配が麒麟のものではなかった、と思い至った瞬間、ワイルズは思わず頬を引き攣らせる。
「この、突然現れたっていう台地……生きてるぞ!?」
地面から放たれた黒い燐光もまた、麒麟に向かって漂っていく。
「この樹林が、生き物? 一番大きな魔獣でも、こんな大きさにはならないのでは?」
レオニール殿下は信じ難そうに足元に目を向けている。
『退避しますか? あるいは、上妃陛下に連絡を?』
真剣な声で『影』が訊ねて来るのに、ワイルズは眉根を寄せた。
グリフォンや騎手は不安そうな顔をしており、アガペロは青い顔をしつつチュチェを見ていた。
「……サーダラ兄ぃ、どう思う?」
今の状況が危険なのかどうかが分からないが、チュチェを置いてこの場を離れるわけにもいかない。
「おそらく、この足元の魔法生物が私の予想通りの存在なら、危険はない、とは思うが……」
サーダラ兄ぃは、樹木の生えた地面をジッと見つめながら、そう答えた。
ワイルズが来ない、と思った通り、魔獣達は姿を見せない。
「なら、待とう」
地面が揺れているからか、落ち着かない様子を見せるバンちゃんに近づいて宥めながら、ワイルズはそう決めた。
同じように宥めている中で、レオニール殿下が少々青い顔をしているのに気付く。
「レオニール殿下、具合でも悪いんですか?」
「ああ、いや……そういう訳ではないのですが」
と、言いながらもちょっと顔が引き攣っている。
「地面が揺れている、という経験をしたことがあまりないもので。皆は平気なのですか?」
彼の質問に、サーダラ兄ぃが答える。
「アトランテ大島では、地震が多いのですよ。結界のお陰で影響は少ないのですが、それでも小さい揺れくらいならよくあることです」
「な、なるほど。私は船や飛竜も苦手で、すぐに酔ってしまうので。馬などは大丈夫なのですが」
「何!? レオニール殿下も船酔い気質なのですか!? 私もです!」
「ワイルズ殿下も?」
思わぬ共通点を見つけて、二人で顔を見合わせる。
少しして、レオニール殿下がボソリと呟いた。
「……辛いですよね、あれ」
「うむ。大変辛いです」
※※※
―――それから、2時間程。
「おぉ……生まれるぞ!」
「元々産気づいていたのかもしれないな。早い……」
『お産というのは、長ければ最長で三日掛かる』と言っていたサーダラ兄ぃが、食い入るように麒麟を見つめていた。
チュチェ達が揃ってから、たまに苦しそうな様子を見せながらも落ち着いていた麒麟の体から、不意に力が抜ける。
同時に、チュチェらが放っていた光と地揺れが徐々に収まっていった。
そうして静寂の中、蹲った麒麟の股の間から、もぞりと小さな影が姿を見せる。
毛並みが濡れているが、水に濡れたような感じだ。
「……出産の際ですら、血が流れないのか……徹底しているな」
「サーダラ兄ぃ。この場面で気にするのはそこなのか?」
多分、ワイルズが感じているのとちょっと違う感動に打ち震えている彼にちょっと冷たい目を向けたが、今はそれどころではない。
現れた麒麟の仔は、まだ目が開いていないようだった。
震える足で胸元に潜り込んできた仔を、母の麒麟が丁寧に舐める。
しばらくして、麒麟の仔が立ち上がり、つぶらな目でこちらを見つめて、ふらふらと歩いてくる。
「こ、こっちに来るぞ?」
「レオニール殿下、ワイルズ、前に」
「……ああ」
サーダラ兄ぃに促されて、二人で並んで前に出ると。
一度ぴたりと足を止めた麒麟の仔は、小さく首を傾げながら、ワイルズとレオニール殿下の顔を見比べて……。
―――レオニール殿下に近づき、その足元に頭を垂れた。
それを、信じられないような目でレオニール殿下が見つめる。
仔はすぐに頭を上げると、母親の元に戻っていく。
「おぉ……サーダラ兄ぃ、今のが『王を選ぶ』とかいうやつか!?」
「多分、そうだろう。どうやら麒麟は、レオニール殿下を選んだようだな」
ワイルズは、まだ黙りこくっているレオニール殿下の背中を、バン! と叩く。
「良かったですね! レオニール殿下の目指す王は、間違ってないらしいですよ!」
「……そう、ですね」
我に返ったらしいレオニール殿下が、パチパチと瞬きをしてから微笑む。
「ありがとうございます、ワイルズ殿下」
「? 私は何もしてないですが」
そう、ワイルズが答えたところで。
「チュチェ!?」
アガペロが叫んで、いきなり走り出す。
彼が駆けていく方向を見ると、光を放ち終えたチュチェが、とさっ、と軽い音を立てて地面に転がったのを見て。
ワイルズも、一気に自分の顔から血の気が引くのを感じた。




