麒麟と再会したようですわ。
今回は、愛騎である白い飛竜、バンちゃんに乗って行くことにしたワイルズは、昨日の渓谷の前辺りで降り立った。
別に連れてきていた馴れたグリフォン……ディオーラのグリちゃんではない……も二騎おり、それぞれにサーダラとアガペロが、騎手と相乗りしている。
同時に、レオニール殿下の従騎士であるらしい者たちが、緑の飛竜を駆って追従していた。
ウォルフは、相変わらずキャンプ地の近くで海竜と共に留守番だ。
弟本人が『魔獣の大樹林』に興味がないので、好きにさせている。
少し遅れて、地を獅子王で駆けて来たレオニール殿下が現れた。
見た目通りに力強い彼の騎獣に、ワイルズはちょっと触ってみたいなーと思いつつ、声を掛ける。
「飛ぶモノらと然程変わらない速度で森を駆けるのは、流石ですね!」
「ええ、素晴らしい相棒ですよ。ここが目的地ですか?」
レオニール殿下の質問に、サーダラ兄ぃが頷く。
「ええ、あちらを確認して欲しいのですが、ライオネル王国側の地図では、あちらの台地は確認されていますか?」
先日、地形が変わっているという話をしていた場所だ。
レオニール殿下は、自分の持つ地図と地形を見比べて、小さく頷いた。
「……確かに、こちらの持っている地図とも少し違いますね。アトランテの方々は、あそこに麒麟がいる、とお考えですか?」
「うむ。昨日あの台地から感じた妙な気配を、今日も感じるので! 多分あそこに居るんじゃないかなぁと」
「なるほど。どちらにせよ調査は必要ですね」
そこで、サーダラ兄ぃとレオニール殿下が、それぞれの地図を突き合わせて話をし始めたので、ワイルズはチラリと後ろを振り返る。
そこにはアガペロと、少し元気にはなったらしい朱雀のチュチェが居た。
が、彼の肩の上で項垂れてウトウトとしているようだ。
「アガペロ、本当に休んでなくて良いのか?」
「別に、俺自身が不調な訳じゃないからな。それに、チュチェは来たがってた。昨日の麒麟と、何かあるのかもしれん」
「そ、そうか。だが、無理はするなよ?」
「ああ」
そんなやり取りの後に視線を戻すと、チラリとレオニール殿下がこちらを見て、楽しそうに目を細めていた。
「どうかしましたか?」
「いえ、失礼。本当に、ワイルズ殿下は誰とでも仲が良いと思いまして。懐の深い方だと思っただけです」
サラッと褒められた気がした後、レオニール殿下はそのまま言葉を重ねる。
「台地に向かうには、私は渓谷を越えるのに少々道を考えないといけませんね」
「あ、上から誘導しますよ。少し先に崖が狭まっているところがあったので、跳躍できそうなら多分通れるかなと思います!」
そうして、無事に渓谷を越えて台地に赴くと、ワイルズは飛べる皆と共に一足先に台地の上を目指す。
上空に突き抜けて見下ろした台地は、下手すれば周りの森よりも鬱蒼と茂っており、突然盛り上がったとは思えないような感じがする。
「サーダラ兄ぃ! ここからどうするんだ?」
「魔獣に注意しながら降下しよう。着地できたら、エリュシータ草の粉末を撒く」
そうして再度、崖を駆け上ってきたレオニール殿下と合流すると、サーダラ兄ぃが粉末を撒いて、しばらく待つことにした。
「探しに行った方が早いんじゃないのか?」
ずっと妙な気配は感じ続けているし、ジッとしているのは性に合わないし、珍しい魔獣も見つかるかも知れないし、と色々あってワイルズはそう言ったが。
「麒麟が魔獣とどの程度差があるかは分からないが、仔がいるのなら警戒している可能性が高い。騒がしくしたら逃げようとするだろう」
腕を組んだサーダラ兄ぃはそう言って首を傾げ、こちらにチラリと目を向けてくる。
「魔獣を狩るのとどっちを優先するかだな。魔獣狩りがしたいのであれば、少し離れた場所でやってくれると嬉しいが」
言われてみれば、本来ここに来た目的はそれである。
「あ〜……魔獣狩り、か……うん……」
「魔獣狩り……?」
レオニール殿下の疑問に、ワイルズは歯切れ悪く答えた。
「ええ、その。実は祝賀祭で、魔獣園を作って魔獣を皆に観てもらおうとしていて……珍しい魔獣を集めようと思ったんですけど」
「それが目的で、わざわざここまで?」
「うむ」
そこでワイルズは両手の人差し指を擦り合わせて、ちょっと唇を尖らせる。
「でもなんか、その……ちょっと嫌だなぁって思ったんで、やめようかなって……」
「「は?」」
ワイルズの言葉に、サーダラ兄ぃとアガペロが声を揃える。
「ここまで来て、止める?」
「何しに来たんだ、ここまで」
「いや、それはそうなのだが……」
ワイルズは、何となく怒られている気分になって、肩をすぼめる。
サーダラ兄ぃは、呆れたような顔をして首を横に振った。
「そろそろ、思いつきで行動するのはやめた方が良いのでは? 振り回される周りが迷惑すると、分かっているでしょう」
「く、来るまではやる気満々だったのだ!」
「お祖母様は……まぁ、今回許可したのは麒麟の件があったことだし、怒られることはないと思うが。祝賀祭はどうするんだ?」
「……分からん。ディオーラは元々別の案を考えてるみたいだし、そっちをやって貰うことになる、かな……」
ここから珍しい魔獣を連れて帰らないなら、そういう話になるだろう。
それを聞いて、レオニール殿下が楽しそうに口を挟んでくる。
「魔獣園……面白い試みではありますね」
「そ、そうだろう!?」
「海外から来る方々なら、グリフォンの飼育の様子や、アトランテ固有の魔獣を見せるだけでも十分に目を楽しませることが出来ると思いますが、ここまで自ら魔獣を狩りに来ること自体は、素晴らしい行動力だと思いますよ」
「そ、そうか!?」
「レオニール殿下。あまりワイルズを甘やかさないでいただきたい。考えなしの行動力があるのは、裏を返せば軽率であるとも言えます」
「それは確かに」
「こればっかりは、流石に同意だな」
「ぐぅ……!」
レオニール殿下だけでなく、アガペロまで同意する。
言い返す余地はないので、ワイルズはプクッと膨れた。
しかし、不意に近くに妙な気配を感じて、膨れるのをやめてそちらに目を向ける。
サーダラ兄ぃ、アガペロの肩の上のチュチェ、そしてレオニール殿下も同じタイミングで気付いたようで、一斉に視線がそちらに集まった。
「どうした?」
アガペロの問いかけに、ワイルズは小さく答えた。
「何か来るな……」
「おそらく麒麟だな。昨夜のものと同じだ」
サーダラ兄ぃの言葉と共に、木立の影に虹色のゆらめきが見える。
距離を取って立ち止まったのは、麒麟だった。
少し遅れて、昨夜同様ざわめくような魔獣の気配がその後ろから迫ってきている。
「……戦いますか?」
「いや、サーダラ兄ぃ。止められるか?」
「ああ」
レオニール殿下が剣を抜いたが、ワイルズはそれを止める。
一歩前に出たサーダラ兄ぃが、魔眼の力を発動した。
「―――〝止まれ〟」
放たれた命令と共に、ブワッと魔力が森の中に広がり、魔獣の気配がピタッと接近を止める。
すると、どうやら魔眼の影響を受けていないらしい麒麟が、戸惑ったように背後を振り向き、またこちらに視線を向ける。
昨夜同様、地面に撒いたエリュシータ草の粉末を求めているのだろう。
「賢い獣ですね」
「ええ。……サーダラ兄ぃ、エリュシータ草の粉末が入った袋を貰ってもいいか?」
「ああ」
サーダラ兄ぃがぽん、と投げて寄越した袋の口を閉じる紐を緩めたワイルズは、少しずつ麒麟に近づき、ピク、と反応した辺りで足を止める。
「これをやる。欲しかったんだろ?」
と、ワイルズは袋ごとそれを軽く放り投げた。
ドサッと袋ごと地面に落ちたそれに、しかし麒麟は手を出さない。
「ワイルズ。この場では貴重なんだが?」
「別に麒麟を捕まえに来たわけじゃないだろう? 仔がいるかも知れなくて、粉末が王を選ぶその子に必要なら、あげたっていいだろう」
無事に産まれる為とか、仔の元気がないなら元気にする為とか、そうでなくても、何か事情があるから、麒麟はわざわざ自分たちの前に姿を見せているのである。
「別に、私たちが『王を選ぶ麒麟』に選ばれなくてもいいしな。でも、もしあげなくて死んだりしたら、新しく麒麟の王になる誰かも困るだろ」
「……ワイルズは、バカなのか賢いのか、どっちかにしてくれ」
「私は別にバカではない!」
ちょっとだけ、周りの人たちに比べて、考える力が足りないだけである。
サーダラ兄ぃは諦めたのか、それ以上何も言わなかった。
そうして見守っていると、麒麟が少しずつ進み出てきて、皮袋に鼻先を突っ込む。
サーダラ兄ぃは、魔獣らを抑え続けながらも、ジッと麒麟を観察していた。
「食べているな……麒麟の正確な姿は分からないが、一般的な四足型のフォルムの魔獣と比較して、腹が左右に軽く膨らんでいるようだ」
「なら、やっぱり胎の中に仔が?」
「おそらくな」
もぐもぐとしばらく粉末を食べていた麒麟は、顔を上げた後、ぐらりと傾ぐような仕草を見せた後、その場に蹲る。
逃げる気配はない、が。
「……具合が悪いのか……」
「体調不良か、もしかしたら、仔がもう産まれるのかもしれん。近づいて触らせて貰えれば、助けてやることも出来るが」
魔獣学の権威であるサーダラ兄ぃは、魔獣のお産に関する経験もあるのだろう。
「触らせてくれるのか?」
「伝承の通りであれば、多分、無理だろう。……麒麟が血を好まないなら、おそらく王以外で殺生を行ったことがある者は嫌う筈だ。レオニール殿下も、ご経験がありますよね」
「貴族ですからね」
剣を納めたレオニール殿下も、肩を竦める。
魔獣から民を守るのが貴族の役割である以上、それを経験したことのない男子の方が少ない。
女性であればまだ数が多いが、あいにくこの場にいる者は全員、戦士だった。
「私かワイルズ殿下の、どちらかが麒麟の選ぶ王であったとしても、あくまでも仔の話ですしね。あの親個体には関係がない」
先ほど粉末を投げた距離が麒麟に近づける限界なら、見ることは出来ても手は出せないのだ。
「弱ったな……」
他に出来ることがあれば良いが、とワイルズが思ったところで。
「……チュチェ?」
アガペロの声が聞こえて、そちらを見ると。
朱雀のチュチェが、彼の肩から羽ばたいて、また昨日のように鳴き声を上げ、キラキラと光を放ち始めた。




