王のお話しをなさるそうですわ。【前編】
『まぁ、本人の意識はともかくとして、結果を楽しみにしておりますわね』
「ええ」
どうやら話を切り上げようとしたらしきベルベリーチェ上妃陛下に、レオニール殿下が尋ねる。
「ですがこちらからも、質問をさせていただいても?」
『何でしょう?』
「上妃陛下にとって、この件は……本当に、大切な意味がおありで?」
ワイルズには、その質問の意図が読み取れなかったが、上妃陛下は理解しているようだった。
ふん、と小さく鼻を鳴らした後に、薄く笑う。
『ますます手強くなられましたわね。……答えは、いいえですわ』
「なるほど。では、何故わざわざ私に話を?」
『レオニール殿下の懸念するようなことは、特にございません。一番の目的は、良い機会なので、本人からも礼が必要かと』
と、ベルベリーチェ上妃陛下が目を向けたのは、ディオーラだった。
ワイルズと違ってそういう視線の意味をきちんと理解する彼女は、特に戸惑った様子もなく、静かに淑女の礼の姿勢を取る。
『ライオネル王国に名高き小太陽、レオニール・ライオネル王太子殿下にお目通り願えましたこと、誠に喜ばしく思います。アトランテ王国パング公爵家長女、ディ・ディオーラと申します』
「丁寧なご挨拶、痛み入ります。ディ・ディオーラ嬢……ということは」
レオニール殿下が首を傾げると、ベルベリーチェ上妃陛下が言い添える。
『ええ。我が国の王太子、ワーワイルズの婚約者です』
『レオニール王太子殿下に、心よりお礼を述べさせていただきます。王太子妃殿下にも、お伝え願えますと幸いです』
すると、レオニール殿下がドレスの裾をつまむディオーラの指先に目を向けた後、小さく頷いた。
「伝えておきます。喜ばれていると知れば、彼女も喜ぶでしょう」
『ええ。イオーラ・ライオネル王太子妃殿下のお作りになられた【整魔の指輪】は、素晴らしい出来栄えでした』
「その為だけにご足労いただいたこと、重ねて痛み入ります」
『気にするほどのことではございませんわ。わたくし自身も新たな術式を試してみたく思っておりましたので。では、これで』
トン、とベルベリーチェ上妃陛下が床を叩くと、ディオーラと彼女の姿が消え、呪玉の光が収まった。
黙ってやり取りを見守り、いそいそとそれを胸元に片付けた『影』もまたワイルズの影の中にトプン、と沈み込む。
「肩が凝りましたね、兄上!」
『影』と同じく黙っていた弟のウォルフに、バン、と背中を叩かれたワイルズは、グググ、と拳に力を込めた。
「麒麟のことが重要でないなら、藪蛇ではないか……! 何故私が上妃陛下に、帰った後に怒られなければならんのだ!」
思わずそう溢すと、『影』がボソリと呟く。
『麒麟に関することではなく、意識の持ち方に関して怒っておられるので、ワイルズ殿下が失言しなければ怒られませんでしたよ』
「うるさい! 黙って上妃陛下に味方したお前は、帰ったらクビだクビ!」
『殿下にそんな権限はございません』
そんな風にワイルズが八つ当たりをしていると、レオニール殿下が感心したようにこちらを見る。
「ワイルズ殿下は、気さくな方ですね。『影』とそのように気安いやり取りをする王族は、初めて見ました」
「兄上はナメられているだけだと思いますよ! な、『影』!」
『返答は控えさせていただきます』
「それ自体が答えのようなものだろう!」
―――どいつもこいつも!
ワイルズは怒りの持って行き場がなかったが、いつまでも不愉快な話をしていても仕方がない、と意識を切り替えた。
「上妃陛下が言っていましたが、実際、レオニール殿下的には麒麟に選ばれたいのですか?」
わざわざ麒麟がいる、と聞いて見に来たことや、そこまで珍しい生き物の類いが好きな訳でもないのなら、そうなんだろうとは思ったのだが。
「そうですね……選ばれて嬉しくない、ということはないですが、どちらかと言うと、『選ばれる者を見に来た』という方が正確かも知れません」
「え? 何の為にです?」
ワイルズがキョトンとすると、レオニール殿下は笑みを浮かべたまま、『魔獣の大樹林』の方に目を向ける。
「―――『優れた王』とは如何なる人物か、見て参考にしたいと思いまして」
そう口にするレオニール殿下の横顔に、自分を卑下しているような色はない。
物静かで落ち着いた印象だが、それは自信がないとか控えめとかとはちょっと違って、謙虚、という印象だった。
立ち姿や語り口から、自信そのものはありそうに見える。
けれど決して自分を過大評価していない、というような感じだ。
「レオニール殿下は、今でも十分に優れた王になりそうに見えますが」
ディオーラと似たような雰囲気、と感じたのは、決して間違いではなかった。
ベルベリーチェ上妃陛下の意図を読み取り、対等な立場で話すことなど、ワイルズには出来ないことである。
少なくともワイルズよりは、格段に賢くて頼りがいのある王になりそうだ、と思ったのだが。
「褒めていただけるのは大変嬉しいのですが、私が知りたいのは、今の世で『優れている』とは如何なることなのか、という部分なのですよ」
「???」
「例えば、我が祖父である先王や、ベルベリーチェ上妃陛下の代は、世が荒れており、人同士の争いが各地で起こっておりました。中央大陸でも『バルザム覇権戦争』と呼ばれる、帝国が中央大陸北部をほぼ統一した戦争が起こっておりましたね」
「そうですね」
アトランテ王国は島国なので巻き込まれることはなかったが、それ自体は貴族学校の授業で習っていたので知っている。
「そういう世で優れた王とは〝果敢の王〟でしょう。民と国を守る為、勇猛果敢で戦場で先陣を切るような王です」
「なるほど」
「その次、戦争を終えた後の我が父上や、ワイルズ殿下のお父上であるフロスト陛下の代は、均衡と発展の世代であると言えます。各国との険悪な関係性を改善する為の、消耗した国力を回復させる為に技術や産業を見直して、民が飢えぬよう努めていました」
「そ、そうですね?」
段々難しい話になって来たが、一応理解は出来る。
多分、喧嘩してたから仲直りしたいけど、その為にはちゃんと話さないと、みたいな、そういう話だろう。
「そうした世で優れた王とは〝公正の王〟です。王の下、法の縛りがあるように。己が利益のみを求めるのではなく、人の情と理を天秤に掛け、他国と自国の状況を天秤に掛け、時に情を、時に理を切り捨てるがごとく、良き未来の礎を築く冷静さを求められるでしょう」
言われて、ワイルズは父の顔を思い浮かべた。
そして本来は王太子であったというベルベリーチェ上妃陛下の息子、ヨーヨリヨ叔父上の顔も。
父上が他国の王と冷静沈着に、国のことやお互いにとって益のある取り決めを淡々と定める様子は、容易に想像出来る。
しかし、それをヨーヨリヨ叔父上に置き換えてみると。
―――叔父上だと、優し過ぎるか、な?
叔父上も馬鹿ではないのだが、そうした政治の場でバチバチにやり合っているより、キャンパスに絵を描いているのが似合う人である気がした。
今のアトランテ王国や各国との関係性であれば、叔父上にも玉座が似合うかも知れない。
逆に、そういう難しい時期に戦争を好む王が立つと、余計な波風が立つだろう。
きっと、レオニール殿下が言いたいのはそういうことなのだろう、と思った。
「どんな人の、どんなところが優れていると思われるかは、えーと、周りの人による、みたいな感じですかね」
「そうですね。そして、置かれている状況次第でもある、ということです。勉学の場では勉学に明るい者が求められ、兵士としては体が頑健であることが求められる。その上で」
レオニール殿下は、こちらに視線を戻して、目を細めた。
「我々が玉座を継いだ時に、如何なる王であるべきか。……麒麟が次の王を選ぶというのであれば、『選ばれた人物のような王が求められている』とは、考えられませんか。この世は女神がお作りになられたそうですし、王を選ぶという麒麟は、そうした女神の望みを反映しているとも言えるかもしれません」
「なるほど。レオニール殿下は」
話していることは難しいが、そんな彼の様子から、ワイルズは何となくピンと来た。
「自分がなりたい王と、麒麟が選ぶ王の姿が合ってるかを確かめに来たんですね」




