相変わらず、愚かですわねぇ。
「おお!?」
魔獣の襲撃と麒麟目撃から、明けて一夜。
一日程度の徹夜なら寝不足とは無縁なワイルズは、『影』の持つ呪玉が淡く輝いた後に姿を見せた二人に、ちょっと興奮していた。
「本当に出てきた!? どうなっているのだ!?」
呪玉からキラキラと放出されている青い光の先に、ベルベリーチェ上妃陛下とディオーラが立っている。
しかしその姿は、呪玉の光と同様に青白く、ついでにちょっと向こうの景色が透けていて、幽霊みたいだった。
『殿下。ちょっと落ち着かれませ』
『今日はお前と話に来た訳ではありません』
扇を広げたディオーラに嗜められ、ついでにピシリと上妃陛下に言われたワイルズは、即座に口をつぐんだ。
どうでも良いことでこの二人に逆らっても、全然良いことはないからである。
ワイルズが見守る前で、明け方にこちらの野営地の近くに部隊を移動したらしいレオニール殿下が、胸に手を当てて礼を取る。
王族同士なので頭こそ下げないが、心臓の上に握り拳を置くのは、敬意を示す礼だ。
「ご無沙汰しております、ベルベリーチェ上妃陛下」
『お久しぶりですわね、〝金獅子〟レオニール殿下。息災でして?』
「ええ、お陰様で」
目線を交わす二人の間には、親しみという程の情はないようだが、どこか戦友のような雰囲気が漂っている。
―――仲が良いのか悪いのかは、よく分からんな。
そんな風にワイルズが思っていると、ディオーラがこっそりと声を掛けてくる。
『お二方は、先だって行われたノーブレン大公国の大公を選ぶ式典に、それぞれに来客として招かれていたそうですわ。そこで少々、交友が生まれたそうです』
「なるほど?」
『ベルベリーチェ上妃陛下が一目置く方とのことで。中々そんな方は居られないので、出来るだけ粗相のないようにして下さいね?』
「……ディオーラは、私を何だと思っているのだ?」
『愚かで可愛らしいと思っておりますけれど』
「愚かって言うな……! 流石に、他国の王太子に粗相を働く程間抜けではない……!」
『イルフィール陛下とヘジュケ殿下にあれだけぞんざいに接していた方の言葉に、説得力はございませんわ』
小声でそんなやり取りを交わしている間にも、ベルベリーチェ上妃陛下とレオニール殿下に、サーダラ兄ぃを含めた三人の会話は進んでいた。
『それで、我が孫。麒麟が、エリュシータ草の粉末を求めて現れたとする根拠は何かあるのかえ?』
「レオニール殿下がワイルズと意見を交換した際に、『何か守るものがある故に魔獣を従えている』という類いの意見が出ております。そしてエリュシータ草の効能を考えるに……麒麟自身が弱っているか、あるいは弱っている『麒麟の仔』がいるのではないかと」
サーダラ兄ぃは、いつもの魔獣について話す時のワクワクした様子を見せず、淡々と意見を述べた。
その言葉を受けて、上妃陛下は小さく頷く。
『まだ、仔を孕んでおる可能性もあるの』
「そうですね」
するとそこで、ディオーラが口を挟む。
『根拠ではなく、推測のように思われますけれど。そこを確定と見て宜しいのでしょうか?』
『魔獣らの状況だけを見れば、根拠が薄いと思うやもしれませんが。麒麟が存在するこの場に、今居るのが誰であるかを考え合わせれば、その可能性が最も高いでしょう、ディ・ディオーラ』
ベルベリーチェ上妃陛下はそう告げながら、ワイルズやレオニール殿下を一瞥する。
『いかがです、レオニール殿下。何らかの理由で滋養強壮を求めた麒麟と、いずれ玉座に至る者が一人ではなく二人、それも別の国から現れて居合わせていることは、偶然と片付けるには少々噛み合わせが良過ぎる、と思われますでしょう?』
「偶然、ですか」
その問いかけに、レオニール殿下は苦笑する。
「ですがベルベリーチェ上妃陛下も、ここに麒麟が居ることは最初からご存じだったのでは?」
「何!? そうなのですか!?」
『ワイルズ殿下』
思わず声を上げたワイルズを、ディオーラが小さく嗜める。
ベルベリーチェ上妃陛下がジロリとこちらを見たので、ピシッとワイルズが背筋を正すと、彼女は軽く息を吐いてからレオニール殿下に目を戻す。
『王の瑞獣が、新たな王の世代が訪れる直前に現れているのです。新たな王を選ぶ麒麟が生まれ落ちている、と考えて、おかしなことはないでしょう』
「それは、その通りですね」
『麒麟の仔がいるかも、というのは、そういうことなのですね』
二人のやり取りに、ディオーラは納得したように頷いた。
そして、サーダラ兄ぃも小さく肩を竦める。
「少しおかしいとは思っていたのですよね。ワイルズの思いつきをお祖母様がすんなり許可なさった裏事情、というところですか」
『この場を訪れたのがワーワイルズだけであれば、これが有能な王となる可能性も高いかと思ったのですが、レオニール殿下がいるとなると、望み薄ですわね』
「え?」
ワイルズがキョトンとすると、横でディオーラがため息を吐いた。
『殿下。何の話か分かっていないのかもしれませんが、一匹の麒麟が選ぶ王は一人ですわ。そして親麒麟は既に、自らの王を選び終えた後でしょう。となると、ワイルズ殿下とレオニール殿下のどちらかしか選ばれない可能性が高いのです』
「いや、それは分かっているが」
魔獣はかなり好きなので、麒麟の伝承自体も知っているし、自分がなんか麒麟に選ばれるかもしれない立場なことも理解している。
その上で。
「麒麟に選ばれないと王になれない訳じゃないだろう?」
ワイルズとしては、まぁ多少の責任感らしきものを感じないこともないのが最近ではあれど、別にディオーラと結婚出来ればそれで良いのである。
優れた王として麒麟に選ばれる必要とか、特にない。
麒麟自体は珍しいので懐いてくれれば嬉しいものの、それだってつい先日、静かに暮らしている魔獣を捕獲するのはなんかヤだなーと思ったばかりである。
「別にレオニール殿下が選ばれたいなら、それで良いんじゃないのか? 麒麟に選ばれたって、王としての仕事が減るわけでもないんだろ?」
『まぁ、それはそうですわね』
と、口元に扇を広げたまま、ディオーラは上目遣いにワイルズを見上げてくる。
『殿下らしくて、大変良いとわたくしは思いますけれど……この場でそれは失言ですわね』
「え?」
言われて、ワイルズは気づく。
なんか、ベルベリーチェ上妃陛下の方から不穏すぎる気配がしている。
『なるほど……よく分かりました、ワーワイルズ』
「じ、上妃陛下?」
『優れた王たる気概が、お前にはない、と』
「あー、いえ、そういう意味ではなくてですね!?」
『……まぁ、レオニール殿下の前です。この話は、お前が国に戻った後に、じっくり、ゆっくり、することにしましょう』
―――最悪だッッッ!!!!!!!
ディオーラも、気づいていたのなら止めてくれればいいものを、と彼女を見ると。
『相変わらず、愚かですわねぇ』と、ディオーラの目が楽しそうな笑みの形をしていた。




