表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【コミカライズ4巻発売中】うちの王太子殿下は今日も愚かわいい~婚約破棄ですの? もちろん却下しますけれど、理由は聞いて差し上げますわ~  作者: メアリー=ドゥ
第三章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

62/92

上妃陛下に呼び出されましたわ。


 翌朝。

 与えられている王太子妃宮で、『朝食後に来るように』とベルベリーチェ上妃殿下の伝言を受けたディオーラは、彼女の宮を訪れていた。


 今日は休息日なので、貴族学校も休みである。


「これが、ワイルズ殿下と話せるという魔導具ですの?」


 ベルベリーチェ上妃陛下に状況を説明されたディオーラは、興味津々でそれを見つめた。


 大部屋の一室に、巨大で緻密な魔導陣が敷かれており、中心部に杖のように細い台座が立っていた。

 その台座の上部に備えられた爪に、拳大の呪玉が嵌め置かれていたが、普通の水晶のようなものと違い、薄く光るそれの中にはびっしりと魔導文字が浮かんでいる。


 よく見ると、巻物の、文字を書かれた側を外側に開いて、螺旋を描くように中に封入してあるようだ。

 末尾に、ベルベリーチェ上妃陛下直筆のサインが記されている。


「この呪玉は……何か特別なものですの?」

「契約魔術によって、我が魂と、『影』の持つ呪玉を繋いでいるもの。以前、ハムナに赴いた時に『影』が役に立たなかったことがあったの」

「はい」


 ワイルズ殿下が、ハムナ王国のピラミッドに取り込まれる前の話だろう、と目星をつける。


『影』が遺跡に入れずに弾かれ、またアトランテ王国の国外だった為、『影』が自由にワイルズとディオーラの影を行き来出来るように繋いでいた上妃陛下の空間魔術も機能しなかったのだ。

 結果として、ディオーラがワイルズの動きを捕捉するのが遅れてしまったのである。


「この魔導陣と契約呪玉は、その教訓を生かして作成したものじゃ。大陸間を跨いでも『影』と通ずる事が出来、限定的ながらその場の状況を知ることが出来る。そして同時に、向こうの者らと対話する事が可能となる」


 人目がある場と違い、少し砕けた口調のベルベリーチェ上妃の言葉に、ディオーラは目を丸くした。


「もしかして、転移魔術……ですの?」


 離れた場所に一瞬で人を飛ばす転移魔術は、遺失魔術と呼ばれているものだ。


 その魔術自体は、古代遺跡に存在する特別な魔導陣によって存在と発動が確認されているものの、未だ再現出来た者はいない。

 中央大陸と東の大陸に遺跡が一つずつあり、その間を行き来する事が出来る為、帝国と皇国がそれぞれ管理していた。


 ワイルズが国際魔導研究機構を通じて、各国の有識者にグリフォンの繁殖に関する成果を公表しする交渉を行なった時に、旅程を短縮する為に使用したことがあるらしい。


 けれど。


「原理は近しい筈じゃ。が、転移魔術のように肉体ごと動くことは出来ぬ。あくまで『影』……正確には向こうの呪玉を通じた、極めて限定的な意思疎通が可能なだけじゃ」


 上妃陛下は、ほほほ、と楽しそうに扇を口元に広げた。

 しかし、ディオーラを見るその目の奥には、チラリと真剣さが覗いている。


「どちらかと言えばこの魔導陣は、空間魔術と契約魔術の応用での。聞く気はあるかの?」

「勿論ですわ。魔術の真理を探究することは、世界と自らをるに近づきますもの」


 勉学的な意味合い以外にも、魔術を学ぶことは、自分の瞳の機能が弱いことを補う魔力の制御法を見つける可能性を高めてくれるのだ。


 その為に、教えて貰えることは全て学びたい。

 ましてベルベリーチェ上妃陛下は、世界最高峰の魔導士の一人であり、この魔導陣は最先端の魔導学によって作られているのだろうから。


「まず、この契約呪玉については、最近バルザム帝国が公表した技術を応用したものじゃ。宝石の中に生花を封じるという魔導技術で、高位貴族の間で最近人気が高まっておる」

「存じ上げております」

「その技術によって、魔導文字で書いた契約書を封じることで、我が魂と、『影』の呪玉を繋いておるのじゃ」

「なるほど……」


 ディオーラには詳しい内容は分からないものの、そうした魔術を実現した、という部分だけとりあえず理解しておく。


「次に契約魔術の形式については、魂を縛る契約魔術を使用しておる。ライオネル王国のオルミラージュ侯爵家が基礎を作り、魔導士らが研究後に公表したものじゃ」

「はい」


 魂を縛る契約魔術は、広く使用されている。


 国際条例によって国外での使用を禁じられるような、危険な魔術……主に血統固有魔術と呼ばれるものや、大規模戦略級魔術と呼ばれるものの使用者に掛けられるのだ。

 特殊な契約紙の紙面にサインを記すことによって効力を発揮し、もし国外で禁じられた魔術を使用した場合には最悪命を落とすような拘束力を持つ。


 ベル湖を魔術の一撃で作り出すようなベルベリーチェ上妃陛下も例外ではなく、大規模戦略級魔術を使用可能である為、この国際条約による国外使用禁止の契約を行なっている。


 魂を縛る契約魔術は、他にも高位貴族内では様々な場面で使われており、何らかの機密に関する契約を交わしたり、あるいは婚前の男女や高位貴族の婚姻に際しても使用される。


 婚姻に際する契約については、貴族の血統の維持の為である。


 貴族の血統は魔力の強さや特殊性の保持……魔性の勢力に対する人類側の戦力として、極めて重要な意味合いを持っているのだ。


 その為、花婿側からは『花嫁の純潔性を保つ』=直系の血統を受け継ぐ、という意味合いで、花婿自身を含む、花嫁の婚前性交渉を禁じる形で使われるのが一つ。

 もう一つは、花嫁側も、花嫁は自家の血統を継ぐ重要な存在であり、不誠実な相手に嫁がせるのを良しとはしない為、花婿側に『花嫁に対して嘘をつくことを禁じる』制約を掛ける。


 これらは婚約時のみである場合もあれば、婚姻後継続する場合もあり、そのあたりは家によってまちまちといったところだ。


 そんな契約魔術の基礎を作り出したのが、ライオネル王国の筆頭侯爵家、オルミラージュ侯爵家なのである。


「オルミラージュの当主が魔導卿と呼ばれているのは知っておるな?」


 ベルベリーチェ上妃陛下が何故その侯爵の話を始めたのかは分からなかったので、ディオーラは黙って先を聞く。


「オルミラージュの当主は、限定的ながら転移魔術を使える。魂を縛る契約魔術によって繋がった魂の元へ飛べるものじゃ」

「! ……遺失した筈の転移魔術の遣い手が、おられるのですか?」

「遺跡の魔導陣の効果と完全に同じものとは、断定は出来ぬ。移動場所が特定されていること等の共通点はあれど、条件が揃えば誰でも転移させる遺跡の魔導陣と違い、個人の能力と制約に依存するもの故な」


 ベルベリーチェ上妃殿下は、そう言いながら大部屋の魔導陣の中に足を踏み入れる。

 そして中央にある呪玉……契約の魔導文字が封じられているというそれの前で、足を止めた。


「重要なのは、『魂を繋ぐことによってそれが可能となる』という点じゃの。この魔導陣を構築する際の参考にした部分じゃ。……そしてもう一つ、参考にした現存魔術がある」

「どんな魔術ですの?」

「稀じゃが、遣い手の存在はそれなりに確認されている魔術。〝風渡り〟の魔術じゃ」


〝風渡り〟は、補助魔術を得意とする、緑系統の瞳を持つ魔導士が会得しやすいと言われる高位魔術である。


 空間魔術の最高峰を転移系魔術とした場合、それに次ぐ有用性があるのが移動系魔術だ。

『肉体を風に変えて、風の流れに乗る』というような類いの魔術とされていて、移動の際に姿が消える為、飛翔とはまた少し違うらしい。


 本来ならワイルズも使える素養がある類いの魔術だけれど、彼は魔術を行使する際の魔力調整が壊滅的に苦手なので、使えないものだ。


「〝風渡り〟は、我が空間魔術と系統が似て非なるもの。結界内の空間を繋ぐことと、空間に自身を同化して移動するという点が違いじゃの。我が魔術の方が範囲内では自由が利くが、移動可能な距離は〝風渡り〟の方が遥かに広い。我が魔術は自身以外を対象とすることも可能じゃが、〝風渡り〟が運べるのは自身だけじゃ」


 ベルベリーチェ上妃陛下の言葉を受けて、ディオーラは考える。


『魂を縛る』契約魔術との併用によって、特定の一点を目標として、自身の転移を行う転移魔術。

『指定した範囲内で自由に二点間を移動する』という上妃陛下の空間魔術。

 そして『自分を空間と同化させて長距離を移動する』という〝風渡り〟の魔術。


「それらの原理を複合することによって、『影』の持つ呪玉の周囲に、上妃陛下の空間魔術を反映する空間を作り出し転移する、という理解で宜しいでしょうか? 故に、わたくしもその場に同席できる。そして使用条件としては、この大部屋の魔導陣と契約呪玉、ベルベリーチェ上妃陛下ご自身が揃って居られること、と推測しました。肉体ごと動けない、というのが少し分かりませんが」


 ディオーラがそう口にすると、ベルベリーチェ上妃陛下は満足そうに頷いた。


「ほぼ間違いない。最後の疑問に関してはやってみれば分かることじゃが、そうじゃの……発現する現象としては、『お互いの姿が見える風の通信魔術』といったところじゃ」


 そうして、ベルベリーチェ上妃陛下が手にした長杖でトン、と魔導陣を叩くと、魔導陣が起動した。


「『影』よ。準備は整っておるかの?」

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ