上妃陛下も、ご存じの話ですわ。
「エリュシータ草の粉末……?」
その言葉に、ワイルズは首を傾げた。
サーダラ兄ぃが『瘴気の浄化作用があるから』と、撒いてその効果を撒いて試していたものである。
「ああ。多分、何らかの理由で麒麟はこれを欲していたのだろう、と推測できる痕跡があった。粉末が巻いた辺りを中心に粉末が綺麗に舐め取られていて、土も掘り返されていた」
ぱんぱん、と手を払った後、サーダラ兄ぃは楽しそうに笑みを浮かべた。
「この草に関しては、まだバルザム帝国のウルムン子爵が数年前に栽培に成功したばかりだ、ということは、二人も知っているだろう? 存在は知られていても研究が始まったばかりで、分かっていないことが多いんだ」
元々エリュシータ草は、ヒーリング・ドラゴンの群生地でのみ稀に採れる、というものだった。
そのヒーリング・ドラゴン自体も群生どころか確認されること自体が希少な魔獣だったのだが、近年個体の目撃情報が増えており、合わせてエリュシータ草も発見報告が増えた。
故に少しずつ育成条件などの解明が進み、ヒーリング・ドラゴンの糞尿を肥料にすると育つことが分かってから、帝国はまずヒーリング・ドラゴンの繁殖に着手したのだ。
そこまでして帝国がエリュシータ草を栽培しようとしたのは、勿論理由がある。
この草は『魔獣大侵攻』や魔王獣、魔人王の出現……【災厄】の記録にある、伝説の魔薬の原料だと言われていた。
あらゆる怪我を癒すという【生命の雫】。
あらゆる病を癒すという【復活の雫】。
特に【復活の雫】の方は一説には『死という名の病』すら癒すとされており、もし量産に成功すれば、魔獣の侵攻を食い止める兵士らの生存率が上がる、という事情があった。
最近は収まったが、丁度ワイルズがアトランテ王国を留守にしていた時に起こった『魔獣大侵攻』の辺りまでは、各地で瘴気が増加し、魔獣が強大化して活発になる現象が多発していたのである。
そんな中、エリュシータ草の栽培に成功した子爵は【生命の雫】の製法も発見しているので、魔薬の伝説は事実だった、と認知された。
そして、薬にする以外に使い道が二つあり、一つが『瘴気の影響を抑える』というものだった。
さらにもう一つが。
「エリュシータ草は、魔獣にとっても少量で栄養価の高い飼料になる。魔獣に対抗する為に女神が齎したという薬草が持つ特性としては不思議だけれどね」
「そう言われると、そうかもしれんな」
魔獣に対抗する効能と、魔獣にとって益のある効能の二つを持っているということになる。
「しかも、この薬草を育てる鍵になるのは、ヒーリング・ドラゴン……つまり魔獣だ。そして粉末を撒いたところ、瘴気の影響そのものは確かに抑えたが、同時に今回起こった出来事から、魔獣を引き寄せる性質を持つことも考えられる」
サーダラ兄ぃは、嬉々として自分の考察を語った。
「エリュシータ草は、『魔獣に対抗する女神の恵み』というよりは、『魔獣に関して特別な効能を持つ薬草』と考えた方がいいのかもしれない」
「え〜と……何が違うんだ?」
正直ワイルズは、エリュシータ草の効果に関しては、不思議だとは思うがそこまで興味がなかった。
しかしサーダラ兄ぃが楽しそうなので、ポリポリと頬を指先で掻きつつ尋ねると。
「この辺りの考えた方が変わると、エリュシータ草の研究の仕方も変わるんだけど……そうだね、すごく分かりやすく言うと、『ただ薬になるのではなく、毒にも薬にもなるもの』だということだよ。ワイルズにも分かりやすいものだと、【眠り薬】とかになるかな」
用量を守って使えば、睡眠を改善する薬。
けれど過剰に飲み過ぎると、そのまま昏睡して死んでしまう毒。
エリュシータ草はそういう類いのものなのだろう、とサーダラ兄ぃは言った。
「エリュシータ草の粉末については、今回、瘴気の影響を抑えるのに使うのは中止しようと思う。元々の目的ではないしね」
「まぁ、それは別に構わんが」
と、ワイルズが頷いたところで、自分の影の中から声が聞こえた。
『ご歓談中、失礼致します』
それは、ワイルズについている『影』の声である。
「どうした?」
『ええ、その。……どうやら、ベルベリーチェ上妃陛下が、レオニール殿下に何かお伝えしたいことがあるとのことで』
「上妃陛下……?」
何故、アトランテ王国にいる筈の上妃陛下の名前がここで出てくるのか、とワイルズが首を傾げていると、弟のウォルフも同じように首を傾げていた。
ただ一人、サーダラ兄ぃだけが真剣な目で、焚き火でゆらめくワイルズの影を見つめる。
「……麒麟に関わることか?」
『左様でございますね』
「というか、『影』」
『何でしょう?』
「上妃陛下は、どうやってこっちの状況を知ってるんだ?」
麒麟の話はたった今、この場での話である。
連絡を取る手段は幾つかあるものの、真夜中な上、こんなに早く届くわけがない、と思っていると。
『上妃陛下は、国外、かつパング公爵令嬢が殿下の近くに居られないことを危惧しておられまして』
と、『影』は何でもないことのように口にする。
『監視の為に、常に上妃陛下と連絡が取れるよう、私が上妃陛下の魔導具を預かってます』
「「「!?」」」
ワイルズとウォルフ、サーダラ兄ぃは大きく目を見開いた。
が、理由はそれぞれ別だった。
「何で私ではなく、『影』のお前が預かっているのだ!?」
『それは、殿下に信用がないからでは』
「こんな距離でも連絡が取れるって、どんな魔導具なんだ!? 海軍に欲しいぞ!」
『フェンジェフ皇国……というより、ハムナ王国の一件があってから上妃陛下が作られた、特別なものだそうで。多分、上妃陛下しか使えないかと』
「上妃陛下ご自身が、レオニール殿下と……? お祖母様は、ここに麒麟がいることをご存じだったのか?」
『どうやら、そのようですね』
質問責めに淡々と答えた後、『影』がさらに言葉を重ねる。
『一応、明朝に話をするとのことで。レオニール殿下にそう伝えておいて欲しい、と』




