とある霊獣の話ですわ。
「アトランテ王室の血を継ぐ男性は! 何故、皆ああなのですの!?」
「オーリオ様、流石に不敬になりますわよ」
生徒会室にて。
集まっていたのは、いつもの女性陣である。
ワイルズの弟君、ウォルフルフ殿下の婚約者であるオーリオ・ザッカーマ公爵令嬢。
そしてサーダラ公爵令息の婚約者であるフェレッテ・アルモニオ伯爵令嬢。
「不敬でもなんでもありませんわ! 国王陛下程の落ち着きが、カケラもないではありませんか! いくら! 何でも! 自由過ぎますわ!!」
当然、ワイルズとウォルフはこの場にいない。
二人は、つい先日ウォルフ殿下の海竜船を引き連れて中央大陸に向かってしまったのである。
船酔いの酷いワイルズは、昼間は飛竜のバンちゃんに乗って海洋を渡ると言っていた。
「ねぇ、フェレッテ嬢!! 貴女もそう思われますでしょう!?」
「ふぇえ……!?」
いきなり話を振られて、気弱なフェレッテはいつものように視線を彷徨わせる。
オーリオの圧の強さで返事に窮しているように見える、が。
―――多分フェレッテは、一緒に行きたかったのでしょうね。
婚約者であるサーダラ様と同様、彼女もまた魔法生物オタクなのである。
王族とサーダラ様の三名と同行となれば、危険な目に遭う確率は極めて低い。
その上、探しに行くのが見たこともない魔獣……となれば、おそらくは興味津々だろう。
ディオーラ自身も、諸々の準備がなければついて行きたかったところである。
「フロスト陛下も、何故許可なさったのですの!? 特にウォルフ陛下はまだ三年生ではありませんの! いかに祝賀祭の為とはいえ、学業を疎かにして良い理由にはなりませんわ!」
「そうですわねぇ……まぁ、ワイルズ殿下に代わってその手続きをしたのはわたくしですので、何とも言えませんわね」
「……え?」
「ふふ。それに陛下は、二つ返事で許可して下さいましたわよ」
机の上に両肘を乗せ、顎の下で指を組んだディオーラは、ニッコリと笑う。
「な、何故ですの!?」
「それは、どちらの意味ですの?」
ディオーラがワイルズ殿下の思いつきに乗ったことに対する疑問なのか。
それとも、陛下がご許可なさったことに対する疑問なのか。
「どちらもですわ!」
「実は、どちらも同じ理由ではあるのですけれど」
別に隠し立てするつもりもなかったディオーラは、オーリオに対して片目を閉じる。
「上妃陛下のお口添えがありましたのよ。……『魔獣の大樹林』にて、少々珍しい霊獣が姿を目撃されたという報が、ライオネル王国の王太子妃殿下から入ったそうですの」
「珍しい霊獣……?」
「ええ」
「何で上妃陛下に?」
「お二人は、定期的に手紙のやり取りをするくらい、懇意にしておられるそうですわ」
イオーラ・ライオネル王太子妃陛下は、才媛である。
元々は冷遇された伯爵家令嬢でありながら女伯となり、国際魔導研究機構に、学生時代からの魔力症や魔道具の研究論文が認められて国際上位魔導士資格を与えられた。
その後、学生時代から想いあっていたというレオニール・ライオネル王太子殿下の婚約者、そして王太子妃殿下になったのだ。
そしてベルベリーチェ上妃陛下とライオネル王太子妃殿下が知り合ったのは、彼女が上妃陛下に、最新の魔力症論文の査読を依頼したからである。
それは、ディオーラの瞳の不安定な制御能力を安定させる糸口になるものだった。
ワイルズから贈られた【整魔の指輪】に関するそんな秘密を、ベルベリーチェ上妃陛下はディオーラにだけ教えてくれたのだ。
『あの大たわけが本気になれば得られる褒美として、イオーラ妃殿下に頼んでおきました。お陰でライオネル王国に借りが出来て、とても面倒ですけれど』
【廃嫡事件】の裏側を、そんな風に上妃陛下は仰っておられたけれど。
きっと論文を見た時から、ワイルズがもしダメだったとしても、最終的にはディオーラの手にそれが得られるようにと計らって下さったのだろう。
あの方は、口や行動の苛烈さとは裏腹に、優しい方なのである。
そして、海洋魔獣の【魔獣大侵攻】が起こる前。
ベルベリーチェ上妃陛下は、お互いに来賓として招かれた中央大陸南西部にあるノーブレン大公国で、正式にイオーラ妃殿下と顔を合わせたのだ。
そこで割ととんでもない……大公の暗殺が行われ、イオーラ妃殿下の義妹に当たるウェルミィ・オルミラージュ侯爵夫人にその濡れ衣を着せられた……事件に巻き込まれた。
事件そのものは、一週間程で解決したらしい。
上妃陛下はあまり語りたくないご様子だったので詳細は知らないけれど、そこから、二人はさらに親密になったのだ。
そんなイオーラ妃殿下から齎された情報と、ワイルズの提案が、たまたま同じタイミングだったのである。
『チュチェとの再会もあり、これも何かの宿命であるかもしれません。行かせてみては?』
フロフロスト国王陛下は、そんなベルベリーチェ上妃陛下のお言葉に、何か感じることがあったのか、静かに頷いておられた。
『父上は朱雀と黄龍、上妃陛下は白虎、ヨーヨリヨは青龍、でしたな。直系王族は、陰陽五行の霊獣に懐かれるようで』
そんな国王陛下の発言に、上妃陛下はピクリと眉を動かした。
『フロフロスト。ホワホワールはわたくしが正式に認めた側妃であり、そなたは我が夫と彼女の間に生まれた子。そなたに王位を継がせたのも、元々はわたくしの提案です。自分は直系ではない、というような物言いは不快ですわ』
『申し訳ありません』
フロスト国王陛下が苦笑しつつ謝罪したのは、きっと上妃陛下が、軽口を叩いたことではなく、国王陛下が自らの下げるような発言をしたことに怒ったからだろう。
国王陛下を尻に敷……仲睦まじい、正妃であるベルベリーチェ上妃陛下のお立場からすれば、側妃の存在や王位を継いだその子など、目障りと感じても何ら不思議ではないのに。
上妃陛下は、側妃ホワホワール様とも、もちろんフロスト国王陛下とも仲良しである。
というようなことがあり、今。
「その珍しい霊獣とやらが、今回の遠征に絡んでいるんですの?」
オーリオが首を傾げるのに、ディオーラは軽く頷いて答える。
「ええ。ワイルズ殿下も他の方々も、何も知りませんけれど」
ワイルズは、【整魔の指輪】の件に関しても、今回に関しても、特に何も教えられていない。
上妃陛下の手のひらの上でコロコロと転がされているが、ディオーラも当然、転がされているワイルズを『愚かですわねぇ』と見守るのが好きなので、特に何も言っていなかった。
ただ、そう。
上妃陛下がワイルズに何かを仕掛ける時は常に、『王位を継ぐ者として相応しくあるか』を見定めようとする時、なのである。
「殿下がその霊獣に出会えたら、少々面白いことになりそうですのよ」
「……で、その霊獣というのは何なの?」
ディオーラが勿体ぶっているのに気づいたのか、オーリオは半眼になり。
「わ、私も知りたいです……!」
と、その後ろで、控えめながらキラキラと目を輝かせているフェレッテが追従したので、ディオーラは答えを口にした。
「大樹林で目撃された霊獣は『王を選ぶ』と言われる瑞獣―――麒麟ですのよ」




