殿下が、名案を思いついたようですわ。
そうして、二週間。
「むぅぅ……! 魔獣が小粒過ぎるぞ!」
「そう言われてもな」
ワイルズが頬を膨らませるのに、アガペロが少し困ったような顔をする。
今いるのは、アガペロの故郷だった廃村の近くにある、アトランテの固有魔獣種がいるという地域である。
白い愛騎、飛竜のバンちゃんにお願いして一緒にアガペロを乗せてもらい、一週間ほど前に来たのだが。
「言っただろう。昔、上王陛下夫妻はアトランテの大型魔獣退治の旅をしていたと。殿下のお気に召すような神話級の魔獣なんか、居るわけないだろうが」
スフィンクスや、アトランテ王城の地下に封じられていた魔王獣オロチ程とは言わないにしても、朱雀のチュチェくらい珍しい魔獣が居ればいい、と思っていたワイルズは、完全にアテが外れた。
「それでも、妖狐や二股猫など、珍しくもないではないか!」
「他所の国の連中からすりゃ十分珍しいんだよ。殿下だって、中央大陸辺りにいるサラマンダーを見りゃ珍しいと思うだろ」
「それでも、せめてデイダラボッチとかが居ても良いだろう! サイクロプスのようなものではないのか!」
「それこそ神話の魔性じゃないか。どこかにいると聞いたこともないぞ」
「ぐぬぬぬぬ……!」
―――このままでは、魔獣園が子ども触れ合い広場になってしまう……!
妖狐くらいの大きさの魔物は、相手を格上と認めればある程度【懐き薬】で慣れるので、触れることはできないまでも、展示には問題ないそうだ。
が、ワイルズはもっとド派手にしたいのである。
「……それでも、妖狐は殿下のランク以上の魔獣だぞ。殿下だから大目に見てるが、本来ダメだからな、そういうことするのも」
「魔獣狩りのランクというのは面倒臭いものだな!」
ちなみに妖狐は、アガペロでもギリギリ、同ランクの者とパーティーを組めば倒せるくらいの強さらしい。
この辺りで集められる魔獣に関しては、軒並み集めてしまったようだった。
ちなみに薬の効かない危険な魔獣は、危険ではあっても大きくも珍しくもないので、倒したり放置したりしていた。
「十数匹か……」
「数を増やせば、見栄えは良くなるんじゃないのか?」
「本格的に飼育する段階になったら、それでも良いんだがな……」
ディオーラが言うには、展示に関しては生体研究目的という名目らしいので、番にしたり群れにしたり、という形を取れなくもない。
取れなくもないが、やっぱり本格的な研究の準備が整っていない段階では、個体数を増やすより種類を増やしたいところなのである。
うんうん悩んだワイルズは、そうだ、と思いついた。
「中央大陸のアトランテ寄りの沿岸に、『魔獣の大樹林』があったな! あの辺りで狩れる魔獣なら、デカいんじゃないのか!?」
『魔獣の大樹林』は、魔性の支配域である。
人の手が入っていない巨大な深淵の森なら、誰も見たことない魔獣もいるに違いない、と思ったのだが。
「……海を渡ることになるが、どうやって行って、どうやって連れて帰ってくるんだ。殿下の飛竜でも運べんし、誰も見たことない魔獣なら馴らせるかどうかすら分からんぞ」
「む」
「期限も後二ヶ月半くらいだろう? 行くだけで、船だと一ヶ月は掛かるんだぞ」
「確かにそれはそうかもしれんが……ん?」
ワイルズは納得しかけたが、少し何か引っかかることがあった。
船。
魔獣を馴らす。
どっちも、考えてみれば耳馴染みのある言葉だった。
―――むむむ?
もしかすると、もしかして。
ワイルズはむしろ、今まで何故思いつかなかったのか、自分でも不思議なくらいの簡単な解決策を、思いついてしまった。
「アガペロ。普通の船なら、一ヶ月程度なのか?」
「そうだが」
訝しげな顔で頷いたアガペロに、ワイルズはニンマリと笑みを浮かべる。
「なら、普通じゃない船ならもっと早く行けるし、船じゃなきゃもっと早く行ける、ということだ!」
ワイルズがそう口にすると、アガペロはますます訝しげな顔になる。
「そりゃ、飛竜を使えばな。だが、さっき言った通り捕らえても運べんだろう」
「誰が飛竜で行くと言った? まぁ、私はバンちゃんで行くが、普通じゃない船で行くのだ!」
「普通じゃない船……? 王室御用達船とかか?」
「もっと早い船がある。海竜のサーちゃんに引かせている、我が弟ウォルフの船がな!」
海が好き過ぎて、海辺から基本的に離れようとしない弟は、フェンジェフ皇国への旅で海竜に船を引かせているのを見て、自分も欲しいと言って手に入れていた。
その時に協力した人物が一人いる。
アガペロにそのことを伝えたワイルズは、さらに言葉を重ねる。
「魔獣を馴らす『だけ』なら余裕だったのだ! この一週間の経験は得難いものだったが、生け取りにする為に危険を犯す必要すらなかったぞ!」
「は?」
アガペロがポカンとするのに、ワイルズは一人、うんうんと頷く。
「祝賀祭だし、魔獣のことだし、自分で交渉するのはダメとは言われていない。そしてこのことを伝えればあの人はノリノリで協力してくれる筈だ!」
あまりにも簡単過ぎる話だった。
もしかしたら、ディオーラは気づいていて黙っていたのかもしれないくらい、簡単な話だ。
ワイルズは、アガペロの肩を掴んで、満面の笑みで伝えた。
「フェリーテ嬢の婚約者であり、魔獣使いの瞳を持つ公爵令息……サーダラ兄ぃはな!」




