魔獣狩りが、殿下にお願いするようですわ。
「このホットドッグという食事は、手軽で良いな!」
ディオーラが戻った後、ワイルズはアガペロと共に昼食を摂りに外に出ていた。
足を踏み入れたことがなかった『市場通り』という場所で買った、パンに腸詰を挟んだものを気に入って、ワイルズはニコニコである。
今まで見たことがある、交易品などを主に売っている 大市と違い、多種多様な果物や食料品、日用品などを売る屋台が所狭しと並んでいる様子も新鮮だった。
人々がごちゃごちゃと行き交っていて活気があり、歩きにくいが祝賀祭の時の大通りの雰囲気に少し似ていたのだ。
歩きながら食事をするというのも、やったことがなかったので戸惑いはしたものの、ここには行儀が悪いと怒る者もいない。
「俺も好きだ。魔獣狩りをしている時に比べれば、これでも十分贅沢な食事だしな」
同じようにホットドッグを食べているアガペロが『仕事の前に行くところがある』というので付いて行った先にあったのは、ほったて小屋のような家が並ぶ区画だった。
「あー! じいちゃん!」
「飯だぞ、ベリル」
家の前で他の子ども達と遊んでいた、日に焼けた10歳くらいの女の子が、アガペロの姿を見て駆け寄ってくる。
彼がその少女に、頬を緩めて大量に買っていたホットドッグの入った袋を手渡すと、他の子ども達も駆け寄ってきた。
「皆で分けろ」
「うん!」
「親類か?」
「孫だ」
ワイルズの問いかけに、アガペロが子ども達を見て、眩しそうに目を細めたところで。
子ども達が大騒ぎしているのを聞きつけたのか、木戸が上がった窓からヒョイと顔を覗かせた中年の女性が、これもまた笑みを浮かべて口を開く。
「あらお父さん。また何か買ってきたの?」
「子どもらの昼食だ。すぐにまた出る。この人の面倒を見なきゃなんなくてな」
と、アガペロがワイルズを指さすと、ペコリと軽く頭を下げた後、中年女性……どうやらアガペロの娘らしい女性が、訝しげな顔をする。
「貴族様ですか。どこかでお見かけしたような顔ですね……?」
「気のせいだろう」
アガペロはあっさり言い、踵を返す。
「家でお茶くらいして飲んでいかないの? お客さんなんでしょ?」
「いい。また夜に戻ってくる」
すぐにその場を離れたアガペロに、ワイルズは首を傾げた。
「別に話はどこでも出来るだろう? 何で家だとダメなんだ?」
「娘は人の顔を覚えるのが得意でな。殿……敬称は伏せるが。お前の正体に気づく可能性があった。俺も最初気づかなかったが、アイツも貴方が外に顔を見せた時に遠目で見たことは幾度もある」
新年のパレードや慰問、挨拶などの際らしいが、ワイルズは首を傾げた。
「バレたらダメなのか?」
「知れたら、腰を抜かすだろ。そして大騒ぎになる。人に囲まれる程度ならまだしも、妙な連中に目を付けられたら面倒だ」
アガペロは苦笑しながら、肩を竦める。
「お前に限って負けたり拐われることはないだろうが……関わりがあると知れたら、家族が危険に晒される可能性がある」
そう告げた彼がこちらに投げた視線は、少々剣呑なものだった。
―――危険……?
やっぱりよく分からず、むむむ、とワイルズが唸ると、アガペロはきちんと説明してくれた。
「例えば、だが。ベリルと親しくなって、あの子が誘拐され、身代金やお前の身柄を要求されることも、ないとは限らん」
「そっ……そんなことが起こるのか!?」
「起こりうる、と考えて行動するのが、大切なんだ。魔獣のナワバリに入る時と同じでな。お前の身は尊く、その存在だけで価値があることを、きちんと自覚した方がいい」
アガペロは大通りに出ると、魔獣狩りギルドの方に足を向けた。
「人は善良なばかりではなく、賢い者ばかりでもない。最後には叩き潰されることにも気づかず、手を出す。しかし仮に叩き潰せたとしても、人質に取られた者は殺されているかもしれん。そうなったら、後悔しないか?」
そう問われて……ワイルズは、眉根を寄せた。
自分たちを襲う危険は、色々経験してきた。
イルフィールが留学してきた時の襲撃の一件や、ハムナで起こった事件。
そうしたものも、一歩間違えば誰かの命が失われていただろう。
事なきを得たのは、守る相手がディオーラやイルフィールであったから。
強かったから、だ。
魔人王やハムナの件など、たまたまワイルズが魔人王に尋ねられたり、スフィンクス達を見ようと外出していたから気づけたことである。
もし、自分がいないところで、力を持たない人々が悪意を持って襲われたら。
考えるだけで、ワイルズは背筋がゾワッとした。
「そうか……私が危なくなくとも、周りの者は危ないことがある……んだな。魔獣の脅威と同じように」
「ああ。だから、おそらくは皆、行動に気をつけろ、と苦言するんだ。人の手が届く範囲など、本来は知れている。人より長い腕を持つ上王陛下夫妻でも、全員は助けられんのだ」
アガペロの言葉に、ワイルズは自分の手のひらを見下ろす。
ここ数日だけで、随分色んなことが起こった。
アガペロに出会ったこともそうだが、『平民』と呼ばれる人々と関わり、その話を聞くにつれて、ワイルズはだんだん、何だか重たいものが肩に乗っかって来ている感じがしていた。
他人と自分とは違うこと。
手の届く範囲など、知れていること。
自分は、運が良いだけであったかもしれないこと。
国の重み。
それを導くことになる、重み。
お祖父様や父上の肩に、乗っているもの。
手が届かない場所にも、考えて考えて、色々な工夫をして、手が届くようにすること。
―――もしかして、私には荷が重いのでは……?
と、一瞬考えたが。
「でも、王位を継がないと結婚できないんだよなぁ……」
「は?」
魔獣狩りギルドの中に足を踏み入れながらそう口にすると、アガペロが、驚いたようにこちらの顔を見る。
ワイルズは、そのままアガペロが予約していたらしい個室に向かって歩きながら、頬を掻く。
「いや、ディオーラと結婚する条件がな……今の話を聞くまで、正直玉座自体はどうでも良かったっていうか、面倒そうだしあんまり興味がなかったっていうか……」
と、個室に入って椅子に腰掛けたワイルズは、まだポカンとしているアガペロから目を逸らした。
「その割に、ちょっと荷が重いかな、と思ったのだが」
「……だが、どうした?」
「うむ。でもまぁ、よく考えたらそれこそディオーラもいるし、手が届かんなら何かなるべく届くようにして貰ったらいいか、と思って」
飛竜のバンちゃんを貰った時もそうだし、グリちゃんの件もそうだし、魔獣狩りの件もそうだし。
ワイルズが『やりたい』と言ったら、皆何やかんや言いながら、割とやらせてくれるし。
「なんか皆が平和に暮らせるようにしたい、って言ったら、皆が良い案出してくれるだろ!」
元々、一人で難しいことを考えるのは苦手なのである。
「多分、相談できればどうにかなる、気がする!」
ワイルズがそうして一人頷いていると、アガペロに、マジマジと顔を見つめられた。
「何だ? 私の顔に何かついているか?」
「……いや」
アガペロは呆れたように首を小さく横に振り、それから子ども達を見ていた時のように、眩しそうに目を細める。
「殿下は十分に王の器だな、と思っただけだ。国の一番上に立つ重みが『ちょっと荷が重い』程度だと思うならな」
「……褒められてるのかバカにされているのか、どっちだ?」
「さーな。だがまぁ、もし少しでも民のことを考えてくれる王になるつもりなら、一個、殿下に頼みたいことがあるんだが」
「頼みたいこと?」
ワイルズがおうむ返しに聞き返すと、アガペロはテーブルに腕を置きながら、静かに頷いた。
「民が読み書き計算を学べるようなところを、作ってくれないか。孫のベリルの名前は、娘らに頼まれて、俺が名付けた。上妃陛下のようになって欲しいと願ってな」
「……上妃陛下のように……?」
あの怒るととんでもなく怖い人のように、あの活発で可愛らしい女の子が。
ちょっと顔が引き攣ったワイルズだったが、アガペロは気にした風もなく言葉を重ねる。
「世の中は変わってきてる。魔獣狩りギルドに属していても、知識や教養がないと、損をしたり苦労したりする、そういう経験を、俺は何度も味わってきたし、見聞きしてきた」
「……」
「人には知恵が必要だ。生きる為の知恵は、経験だけじゃ得られないものもある。その一つが、文字の読み書きや、数字ってやつなんだ」
今は平民の間で手紙のやり取りなどをすることもあり、代読士や商人などに金を払ってやって貰うことも多いのだという。
「あまり平民の皆にも理解はされねーが、俺はそういうのが、今後大事になってくるんじゃねーかと思っていてな」
「ふむ」
ワイルズは、いまいちピンときてはいないものの、アガペロの様子から適当な返事をしていいことではない気がした。
そう、こういうことを一人で判断できないワイルズでも、話を伝えることは出来るのである。
「良いだろう。魔獣狩りの仕事を手伝って貰うし、ディオーラや両親に一度相談してみる」




