上妃陛下と二人きりですわ。
「全く、余計な手を煩わせおって……!」
「申し訳ございません、上妃陛下」
ワイルズを引き取って、王宮に戻った後。
ディオーラは、ベルベリーチェ上妃陛下と共に歩いていた。
彼女はお茶の時間だったけれど、ディオーラは祝賀祭の折に行うイベントの提案や、必要額、人員の選定などを、資料を眺めながら考えていたところだったのである。
ちなみに〝影〟から事情を聞いたのはディオーラで、上妃陛下に報告した張本人だった。
―――殿下は相変わらず殿下ですわねぇ。
騒ぎを起こしたのはいただけないけれど、興味を持ったことに猪突猛進……そういうところが困ったところでもあり、好きなところでもあるのだ。
魔獣狩りギルドの皆様にはお気の毒、けれど今回はまだ、【懐き薬】を飲むような行動に比べれば全然マシである。
それに、ディオーラも初めて目にした魔獣狩りギルドそのものも、興味深いところだった。
帰り際にチラリと見えた、捕えられた小型の魔物が並んでいるところは、一度じっくり眺めてみたい。
「機嫌が良さそうじゃの」
「お分かりになられますか?」
ふふ、とディオーラが微笑むと、上妃陛下は片眉を上げて扇を口元に持っていく。
「そなたも、趣味が変わっておる」
「ええ、上妃陛下と同様に」
バロバロッサ上王陛下が、若い頃はワイルズにそっくりだったというのは、よく聞く話である。
そして二人で、アトランテ大島の各地の魔獣を退治して回っていたということで、上妃陛下ご自身もお転婆だったのは想像に難くない。
「して、あの馬鹿者の思いつきをどうするのじゃ?」
問われて、ディオーラは小さく首を傾げた。
ワイルズが、祝賀祭での魔獣園開催を諦めていないことに対する問いかけだろう。
運営の主体を担っているとは言っても、国の行事である以上、当然王室や行政に報告は上げており、会議も行なっている。
魔獣園に関しては彼が諦めていないので完全に没案というわけでもなく、一応報告だけはしておいたのだ。
「そうですわね……しばらく静観しようかとは思っておりますわ」
ディオーラがニッコリと答えると、上妃陛下は目を細めた。
「その意図は?」
「魔獣園の開催が実現するのであれば、そちらの方が話題になりますもの」
案を却下したのは、予算と設備の問題である。
予算で高くつくのは、魔獣を誘致する手間と輸送費。
また、展示する間の飼料代や管理する為の人員確保が余分に必要、というのは伝えてある。
「イベント関連のプランについては現状、大会場を2ヶ所、中央広場と王家所有の東部大庭園を押さえるつもりで進めております」
一つは、どうしてもワイルズが諦めなかった場合、代案として伝えようと思っていたもの。
グリフォンの繁殖事業を主に紹介する研究発表の名目での、小規模魔獣園である。
それなら案が通る、という目算だ。
ハムナから連れてきたスフィンクスとスフィンジェを据えれば、ある程度は催しの目玉になるだろう。
スフィンクスらは昼間、石像化して眠ってしまっているが、夕刻頃に獣に変わって動き出す瞬間をイベントにしてしまえば、昼以降のパレードが落ち着けば集客も悪くない筈である。
そうディオーラは考えていた。
「中央広場のメインイベントは、過去に参加経歴のあるサーカスを複数誘致し、規模を大きくして使おうと思っていたのですけれど……通年参加のサーカス団のみであれば、東部大庭園で問題ないでしょう。その辺りに入れ替えは、まだ時間的に猶予がありますわ」
ワイルズの案を待てる期間は、今からなら最長三ヶ月といったところだろう。
そう伝えると、廊下の分かれ道で立ち止まった上妃陛下は、少し不満げな様子で頷いた。
「落ち着いているようで何より。が、相変わらずワーワイルズに甘いですね、ディ・ディオーラ」
ディオーラは、そんな彼女に一言だけ言い返しておく。
「あら、殿方の成長を喜べ、と仰ったのは上妃陛下ですわ」
すると、ほう、と口を丸くしてから、ベルベリーチェ上妃陛下は満足そうな表情になる。
「あれが成長だと?」
「ええ。殿下は今までも、興味を持ったことには一生懸命でしたわ。けれど、壁に当たるとすぐに尻込みしますの」
空回りすることも多いけれど、愛騎である白い飛竜、バンちゃんのお世話は欠かさないし、執務も勉強も、やり始めたら真面目にやるのだ。
けれど、面倒臭がりで中々着手せず、手間がかかりそうなことは思いついても理由をつけて逃げたりする。
特に、人を使ったり頼ったり一緒にやったり、という類いのことは極度に苦手意識を持っていて、出かけるにしても一人、それ以外は親しい人のいる場所に籠り気味だった。
そのおかげで、逆に貴族学校では二年間ボロが出なかったのだけれど。
好奇心の強さが発揮されている時はともかく、行動の突飛さに反して、殿下はどちらかというと人見知りで受け身な人なのだ。
コミュニケーションが苦手だから、ワガママを聞いてくれる人に対して内弁慶、とも言える。
「今回の殿下は、そういう『苦手なこと』から逃げていないように見えますわ」
ディオーラには、分かっている。
きっとこれがワイルズ自身の為だけだったら、今回も早々に諦めていただろう。
でも。
―――わたくしが、ちょっとやりたいと思ったことに、気づいておられましたものね。
だから、頑張ってくれている。
昔、しつこく婚約破棄しようとした時も、そう。
グリフォンの交易に関して話をつけようとした時も、そうだったのだ。
ディオーラの為に何かをしようとする時、ワイルズは逃げないのである。
そして逃げさえしなければ、破天荒で傍迷惑で強引だけれど、あの愚かわいい殿下は一生懸命で優秀なのである。
それを分かってくれる人が一人でも増えるなら、それはディオーラにとっても嬉しいことだから。
「前は隠れてコソコソしてましたけれど、今回は堂々となさってますもの。だから、見守りますわ」
あのアガペロという老人も、最後はうんざりしているような様子を見せていたけれど。
口先だけでなく、本当にワイルズを認めていたようなので、多分いい意味であの人のことを受け入れてくれる筈だ。
「ふん。まぁ、そなたがそれで良いなら」
「はい」
「何かあれば、また報告せよ」
「はい」
ニコニコと上妃陛下の背中を見送ったディオーラは、足取りも軽く自分の執務室に戻る。
ハムナ王国の時のような、国外の人間が絡む策謀であれば心配だけれど。
今回は問題になっても、せいぜい魔獣狩りギルドの内部や、生徒会での準備関係、魔獣関係の荒事程度のものである。
そのくらいなら、まだディオーラの手の届く範囲の問題なのだ。
ディオーラは、魔獣園のことも楽しみだけれど、ワイルズの行動に皆が巻き込まれていくのを見るのも実は結構好きなのだ、ということを最近知った。
彼の人柄を知る人が増えれば増えるだけ、きっとその魅力に気づくだろうから。
―――ふふ。これからまた、殿下はどんな騒動を起こすのでしょうね。




