魔獣狩りギルドの成り立ちですわ。
アガペロは、アトランテ王国の西域、『魔獣の住処』に近い村で生まれた。
『魔獣の住処』は断崖を含む森林地帯で、台地や谷底の川、洞窟などが多く起伏の激しい土地である。
呪詛地と言うほど瘴気に汚染されている訳ではなく、かといって人が住むには険しい地域である為に捨て置かれていた地域だ。
アトランテ大島には、他の地域に生息していないような固有魔獣種が多く、魔獣としての強さもまちまちである。
しかし一様に、飛竜やグリフォンのように有用であったり、鎧や武器の素材として優秀であったり、そうでなくとも希少ゆえに他国に高く売れたりしたのだ。
そこで『魔獣の住処』に目をつけたのが当時のならず者……後に『魔獣狩りの村』と呼ばれる村の始祖となった者たちだった。
魔獣狩りにとっては、格好の狩場だったのだ。
当時少年だったアガペロも当然魔獣狩りとなり、村自体も問題なく暮らせるくらいには稼いでいた。
―――そう、あの時までは。
ある日の深夜、村を突然轟音と振動が襲ったのである。
後に聞いた話によると、それは『魔王獣』に匹敵する、強大な魔獣……五毒頭の名を持つ特異個体の魔獣だった。
アガペロは、それを見た。
触手のように長い首の先に、サソリ、ヘビ、ムカデ、カエル、クモの五つの頭。
それらが、四つん這いになった巨人のような胴体の先から生えている、怖気立つような魔獣だった。
恐慌に包まれた村人が逃げ惑う中で、『西のヌシ』だと誰かが言ったのアガペロは耳にし……直後に、ゴドクトウが巨大な手で押し潰した家屋の崩落に巻き込まれて、意識を失った。
目覚めた時には、村は壊滅していた。
アガペロもその時に全身に怪我を負い、片目が潰れてしまったが……幸運だったことが二つだけ、あった。
『おお、珍しいの。見よ、ベル。チュチュが〝癒しの焔〟を放っておるぞ』
『は? その子、まだ生きているのですか?』
アガペロはそんな会話を聞いて意識を取り戻し、まず全身の痛みを感じた。
呻きながら目を開けると、体に白い火の粉が降り注いでおり、それが触れている場所は痛みが和らいでいく。
霞む視界に、誰かが傾いた木製の柱を片手で持ち上げて、こちらを覗き込んでいるのが映った。
逞しい体を持ち、整った精悍な顔つきをしているが、どこかイタズラ好きそうな気さくな印象のある青年。
白い火の粉は、その肩の上にいる鳥が降らせているようだった。
「起きたか、小僧。柱に潰されて生還するとは、中々の豪運よの」
もう一人、視界に映ったのは髪を後ろで一括りにした金環を備えた紫の瞳を持つ美貌の女性で、気が強そうな顔立ちをしている。
旅装だが、一目でどこかのご令嬢だと分かるような、抜けるような白い肌を持っていた。
「怪我が酷すぎますわね。体力も消耗しているでしょうし、わたくしが治癒魔術を使うと逆に負担が掛かって死んでしまうかもしれません。〝風渡り〟の魔術で治癒師の元へ運びましょう」
「ははは、チュチュに気に入られて助かったの!」
後ほど知ったが、その二人は当時王太子殿下だったバロバロッサ上王陛下と、その婚約者であるベルベリーチェ上妃陛下だったのだ。
彼らがたまたま大島の中を周遊していて、近くを通りかかっていたことが一つ目の幸運。
もう一つは、そのバロバロッサ上王陛下が連れていたスザク……フェンジェフ皇国を訪れた際に譲られたという幻獣……が、何故かアガペロに懐いて〝癒しの焔〟を降らせてくれたことだった。
そうでなければ、瀕死だったアガペロは、救助されたとしても治療が間に合わなかっただろう、と当時のベルベリーチェ上妃陛下に告げられた。
ある程度回復した後、王侯貴族の服装でお二方がわざわざ面会に来てくださり、その時に今度はスザクがぴょん、と寝ているアガペロの腹の上に乗って体を丸めて動かなくなった。
「ベル同様、チュチュは中々に気難しいのじゃがのう。そんな雌に惚れられるとは、小僧、おぬしは中々見所があるのやもしれんな!」
「一言余計でしてよ。チュチュは殿下より彼の方が良いそうですので、お譲りになっては?」
「む。……仕方がないのう」
幻獣が好きだと話してくれた当時のバロバロッサ上王陛下は、残念そうにしながらも頷いた。
ゴドクトウはお二人にあっさり始末され、その死骸はベルベリーチェ上妃陛下が研究するとのことで、彼女の所有物になったらしい。
村は壊滅したがある程度の人数は助かったようで、事情を聞いた上妃陛下が何が起こったのかを説明してくれた。
「新しく村に来て魔獣狩りになったどこぞの阿呆が、『西のヌシ』の縄張りだと気づかずに中に侵入し、始末した後に残しておいた獲物を奪ったのですわ。それが怒りに触れて村が襲われたのです」
扇を広げて、ベルベリーチェ上妃陛下が怒りを浮かべる。
「バロバロッサ殿下といいその阿呆といい、調子乗ってアトランテの国民を危険に晒すなど、言語道断ですわ」
「わ、我は危険に晒してなどおらんぞ!? ちゃんと始末しているではないか!」
「やってることは一緒だと言っているのです! つい先日、王都の地下にある古代遺跡の封印からオロチを呼び起こして危うく大惨事になりかけたのを忘れましたの!? 終いに吹き飛ばしますわよ!」
反論した上王陛下は、ギンッ! と上妃陛下に睨まれて、ブンブンと首を横に振って口をつぐんだ。
ため息を吐いたベルベリーチェ上妃陛下は、改めてアガペロに対して言葉を重ねる。
「あれだけ破壊され、土地に瘴気が染みてしまっては村の再建は無理ですわ」
「そう……ですか」
故郷が消えた。
そう告げられて、アガペロはどう反応していいか分からなかった。
これから、どうやって生きていけばいいのだろう。
アガペロが戸惑っていると、上妃陛下が言葉を重ねる。
「今後、いつまた同じことが起こらないとも限りません。己の実力を過信して暴走する阿呆がなるべく現れないよう、わたくしどもで管理致します」
上妃陛下が言うには、『ギルド』という形で国主導の取り纏めを行うよう、現在各所に働きかけているそうだ。
そして魔獣狩りがどの程度の魔獣を相手に出来るかを見定めて指針を作り、魔獣被害が多い地域には窓口となる発出所を設けて、仕事を管理するのだという。
「組織を維持する為の手数料で報酬も減りますし、反発も多いでしょう。けれど命には変えられない……貴方もそう思いませんこと?」
「そうですね」
瀕死から生還したアガペロは、本当にそう思った。
傷跡は残るだろうが、結果的に手や足ではなく片目を失うだけで生き残ったのは、バロバロッサ上王陛下の仰る通り、運が良かっただけなのだ。
「貴方も怪我が治った後、まだ魔獣狩りを続けるつもりでしたら、ギルドに属しなさいな。今までの無法な狩りよりは、多少安全に過ごせましてよ」
「どうしても民の手に負えない魔獣が居れば、我々が出張るしの!」
「……落ち着く気は?」
「民を魔の脅威から守るは、そもそも貴族の成り立ちに関わる立派な務めではないか!」
「そう思われるのなら! 漫遊以外の政務にも! きちんと励まれませ!」
スパァン! とベルベリーチェ上妃陛下の扇で頭を張られた上王陛下を見て。
アガペロは、生還してから初めて、笑うことが出来た。




