今度は何をなさいますの?
「ぜ、全然上手く行かんぞ!!」
ワイルズは、少し憔悴しながらトボトボと大通りを歩いていた。
当然、目立つお供など今回も全く全然まるで連れていない。
最近は……なんか前に『魔人王』とかいうのを退治したり、ハムナで妙な化け物を倒したりしたからか……それに関して煩く言われることは無くなったが。
「魔獣や書類の相手をする方がよほど楽ではないか……!」
国内の有力な商人に声をかける、という案自体は良かったのだ。
が、ワイルズは失念していた。
毎年行われる国を挙げての祝祭に際して、国内の有力商人が好機を逃すわけもなく、ディオーラが声を掛けていない訳もないという事実を。
「どいつもこいつも、もう祝祭に出資していたり、別のイベントの担当を打診されているなどと思わんだろう……!! というか、それをやるのなら魔獣園の提案を、何故しないのだ!!」
『そりゃ殿下の思いつきですからね』
ハムナの件以降、何故かディオーラ付きからワイルズの専属になったらしい〝影〟が声だけ届けてくる。
〝影〟のくせにノリが軽い上に勝手に話し出すのだが、なんとなくウマが合うのでワイルズはもう彼を咎めることはなかった。
以前、ハムナの防御結界に弾かれて顔を合わせた〝影〟である。
『それに僭越ながら、殿下は商人相手の交渉が下手です。あれでは追加出資どころか、ディオーラ様に声を掛けられていなかったとしても、金を出して貰えたかどうか分からないですよ』
「うるさい!!」
ワイルズは無遠慮な〝影〟に眉根を寄せた。
一応、街中なので小声でのやり取りである。
「これからどうするか……また別の商人に……ぬ?」
とりあえず総当たりしていく以外に方法もなかろうし、と考えていたところ、ふと気になるものを見つけてワイルズは足を止めた。
「あれは……?」
大通りの左脇にある、割と背の高い石造りの建物。
入り口の外、玄関先の雨除けに吊るされた旗の印は、そこが何かの事業所であることを示すもの。
抽象化された旗の模様は、『飛竜の頭』を模した形をしている。
その雨除けの近くに複数人の男達が溜まっており、各々に少人数のグループに分かれて談笑していた。
ワイルズが注目したのは、旗がたなびく下の少し階段状になった部分に座り込んでいる、一人の男である。
髪と口髭が真っ白に染まっていることから、歳はおそらく上王陛下に近いくらい。
日焼けし、深い皺が刻まれた顔や腕などに幾つもの傷跡が見える。
巨躯でもなければ、筋肉ダルマというわけでもないが、引き締まった肉体をしていて、肩に斧を立てかけていた。
彼自身は傷だらけの外見が多少目立つ、という程度で、同じように武器を持って事業所を出入りしたり、入り口前で談笑する屈強な男達の中では、むしろ気配自体はひっそりと薄い様子だ。
が。
ワイルズがフラッと近づいて行くと、それに気づいたらしい傷だらけの老人が静かに目線を上げた。
片目も鋭い傷で潰れており、残った片方の目はディオーラとは少し違う、暗めの赤色。
ディオーラの場合は瞳の機能不全故の色合いなのだが、本来の赤い瞳は、火の魔術の扱いに長けることの証である。
そんな彼……ではなく、ワイルズはその肩に乗っているものに目を輝かせていた。
「ご老人!! その肩の鳥は、もしや朱雀ではないのか!?」
そう。
ワイルズが心を惹かれたのは老人にではなく、希少な魔法生物に、である。
スザク、というのは、フェンジェフ皇国南方の陸地〜紅海と呼ばれる海域に生息している、飛行型魔法生物の一種だ。
他の大陸では朱鳥とも呼ばれている。
飛行する際の優雅な美しさから、幸運の象徴とされていることもあれば。
危険を察知した際に撒き散らす炎が森を燃やすこともある為、死を運ぶ不吉の鳥とも呼ばれる。
老人の肩に乗っているスザクという鳥は、全身を羽毛のような細い炎が覆っており、炎自体は朱色に近い色合いをしていた。
鶏冠に当たる部分の炎は先端が青く、背筋から尾に近づくにつれて徐々に白く染まっていた。
「ふぉぉ……間近で見るととてつもなく美しいな……! 長命と言われているが、体の色合いが朱で尾が白い、ということは、高齢の雌なのか? 確か若い個体や雄は青みが強かったり紫がかっていたりすると聞くが」
「……お貴族様の割に、詳しいじゃねぇか、兄ちゃん」
「好きだからな!」
どうやら当たっていたらしく、褒め言葉を口にした老人に上機嫌になったワイルズは、やはり炎がゆらめくような色合いを秘めたファイアルビーの瞳を持つスザクを警戒させないように、少し屈んで下からそっと指を伸ばす。
「確か、スザクの炎は熱くないんだろう?」
「……おい!」
いきなり触るつもりはなく、ただ指を伸ばしただけなのだが、老人が焦った声を上げる。
すると、彼の声と同時に、いきなりブワッとスザクの体が膨れ上がったような錯覚を覚えるくらい、全身を覆う炎の勢いが増した。
「おっと。すまんすまん、この距離もダメだったか? しかし本当に熱くないんだな!!」
多分、今のが警戒行動だったのだろう、指を引っ込めるとすぐに治まった。
指先を見つめるが、火傷一つない。
不思議な生き物だなぁと頬を緩めていると、老人がポカンとしていた。
「兄ちゃん……瞳は緑だな」
「そうだが」
アトランテ王家は、サーダラ兄ぃのような魔眼や上妃陛下の紫瞳以外は、ごく普通の瞳である。
身に秘めた魔力は膨大なのだが、何故か金や銀の瞳の持ち主がほとんど生まれない。
それで魔力の制御に問題があるかと言われると特にそういうこともなく、大抵は補助魔術……身体強化魔術もその一種……が得意な、緑の瞳を備えているのである。
「炎耐性をつけるような魔術を使った、のか?」
「いや。何故だ?」
老人の訝しげな様子に、ワイルズの方が首を傾げる。
「……コイツの炎は、浄化の炎だ。熱くないのは普通にしてる時だけでな。さっきみたいな状態になると、炎に強い赤瞳持ち以外は普通は焼ける。気をつけろ」
「ほー、そうなのか! だが、私は焼けなかったぞ!」
老人は、少し考えるそぶりを見せた後に、会話を続ける気になったようで、言葉を重ねる。
「他に焼けないのは、聖女みてぇな浄化の魔術が使える系か……清らかな心の持ち主、らしい」
「私の心が大変清らかだから焼けなかったと! まぁ、それに関して間違いはないな!」
ふふん、とワイルズが胸を逸らすと、老人はうっすら皮肉そうな笑みを見せた。
「……ただの愚か者も、ある種清らかではあるからな。世間知らずっぽいお貴族の兄ちゃんよ」
「む!? 貴様今、私のことを愚かと言ったか!?」
「かもしれない、とは言ったな」
老人が膝に手をついて立ち上がると、事業所の中から声が掛かる。
「アガペロさーん!! アガペロさんの会計終わりましたよー!!」
「今行く!」
老人の名前は、アガペロというらしい。
怒鳴り返した彼に、ワイルズは疑問をぶつけてみた。
「で、ここは一体何の場所なんだ?」
「知らねーのか? そこに描いてあんだろ」
と、アガペロが飛竜頭の旗を指さす。
「ここは、魔獣狩りギルドだよ」




