出資者を募られませ。
「何故やりたいことをやってはダメなのだ!」
ワイルズは全然納得いかなかった。
そもそも、自分のお金でやってはいけないというのがおかしい。
お祭りなんて盛り上がれば盛り上がる程良いし、養殖の始まっているグリフォンの幼体や、連れて帰ってきたスフィンクス達などを含めてお披露目すれば、盛り上がること間違いなしなのに。
「納得いかん!」
大体、せっかくの祝祭なのに予算が少な過ぎるのではないか、とワイルズは考えていたのだが。
「殿下……10億イェンは十分大金ですよ……」
話をしに行くと、宰相は眉根に皺を寄せて大きくため息を吐いた。
「だが、国内の産業への支援額はもっと莫大ではないか!」
「それは当然、支援額に関しては税収や国家治安維持に関わりますからの。大体支援の中には国民の死活問題である衣食住や治水、開拓その他諸々の人件費を含む問題もあり、騎士団や軍の維持やインフラ管理にも固定の金額が掛かるものです。一回のイベントで使う分として、10億イェンは十分に潤沢なのですよ?」
「だが王都を挙げての祝祭ではないか!」
「そうです。故に協力したい商人などもいますし、そうした出資者を募ることは認められているでしょう? ポケットマネーを使うのはダメ、というだけです」
「ぐぬぬ……」
そんなの面倒くさい。
と、正直に言えばそれはそれで小言が返ってくるので、口にはしなかったが。
何を考えているのかを悟ったらしい宰相が、生温い目でこちらを見てくる。
「何だその目は!」
「いえ、別に。とりあえずお伝えしますが、パング公爵令嬢の仰ることは全く間違っておりません。まず魔法生物たちを集めるには、大きな場所を押さえる必要がございます。そうですね、仮に王都中心にある大広場を使うと致しましょう。他のイベントがあるので今さら押さえられませんが、ここを借りる費用が大体5千万イェンとなります」
会場を押さえるだけで、大体予算の1/20である。
そこから、施設設営の為の費用、これが動物の種類と数の分だけ。
魔獣が大型であればある程、種類が豊富であればある程、予算が膨れ上がる。
まず第一に、危険であれば魔導陣を敷いたり兵士や警備の人員を配置して安全に配慮する必要があり、大体これが会場を押さえるのと同額程度か、それ以上の金額が掛かる。
次いで、そうした魔法生物たちを養う、準備から祝祭、後片付けの間の餌の費用。
給餌を含む世話を専門に行う人材の報酬含む人件費、彼らの食事の提供、寝泊まりする施設の確保。
さらに、輸送に関して掛かる費用や魔獣を所持している業者と運営側で『お互いにどの程度の経費を出すか』という交渉をする時間も必要である。
祝祭への参加が損、あるいはリスクに見合うリターンがないと判断すれば、相手から断られることになる。
また船での輸送に関しては、海の荒れ具合による遅延もあれば、最悪沈没という可能性もあり、危険性が跳ね上がるのだ。
何せ、アトランテは島国なのである。
「仮にその魔獣展示に入場料を取るにしても、入場料や来客人数の概算を甘く見積もれば赤字です。赤字そのものは祝祭故に許容するにしても、おそらくは殿下の仰る規模でやるとすれば、メインイベントになるでしょう。……その準備だけで予算の1/10を超える費用を使うとなれば、残りの6、7割で屋台の資金や土地の費用支払い、イベントを賄うことになります」
宰相は、そうしたことを訥々(とつとつ)と語り、最後にこう付け加えた。
「殿下がた生徒会に祝祭の運営を任せるのは、国家運営の準備や練習という意味合いがあるのですよ。故に、可能なら予算と儲けをトントンに持って行く、出来れば黒字を出す、他者との交渉を成功させる、等々の資質を見極められる場であると心得ていただけますれば、幸いです」
「ぐぬぬ……!」
「今回も、最悪『赤字を出しても良い』祭りであればこそ失敗を認められているだけで、最初から赤字前提ではダメなのです」
「うぬぬぬぬ……!!」
正論過ぎてぐうの音も出ない、が。
「だが、ディオーラだって本当はやりたいのだぞ! ならやる為にどうするか考える方が建設的ではないか!!」
ワイルズだって、本当にディオーラがやりたくないなら引き下がるが……実際、ワイルズだけでなく彼女も魔法生物は好きなのである。
我慢しているだけなのだ。
だってワイルズが魔法生物を好きになったきっかけは、ディオーラが幼い頃に、魔法生物図鑑を目を輝かせながら持ってきたことだから。
二人で盛り上がれる話題だったから、ワイルズは生き物を飼おうとしては色々失敗したりもしたのである。
結局グリちゃんだって神獣だって、ディオーラ自身も手に入れた後はしばらくウキウキだった。
生徒会室で提案をした日だって、一瞬ちょっとやりたそうな顔をしたのを、ワイルズは見逃していない。
ーーーやりたいなら、やればいいのだ!
だが、宰相はそんなワイルズの主張に心は揺れなかったようだった。
むしろますます生温い……ちょっと『惚気か』とでも言いたげな目で……こちらを見ている。
「でしたら、出資者を募られませ。そうですな、最低1億イェンを集められれば、試算金額と相殺出来ましょう。2億イェンを募れれば、黒字を出す必要もないでしょうな」
と、結局話はそこに戻った。
「……私財ではなく、私に当てられた公務資金を自分が出資者として出せば?」
「今後の業務に支障が出ますな。パーティーへの服飾費を使わず、パーティーも主催せず、海外への王族としての渡航た歓待なども一年間一切なさらないおつもりで? 国家の威信に関わりますぞ」
「ぐぅ……!」
「そしてパング侯爵令嬢が仰る通り、それを上妃陛下や国王陛下がお認めになるとも思えませんが」
「……も、もういいッ!!」
ワイルズは、結局言い負かされて、捨て台詞を吐いて背を向けた。
「集めてくれば良いんだろう! 集めてくれば! この私の手にかかれば、その程度は容易いと見せてやるからな!!」
「はい。費用と交渉さえ成立すれば、誰も文句は言いませんとも。期待しております」
あんまり期待していなさそうな口調で言われて、ますます腹が立ったワイルズだった、が。
「……実際、どうすれば良いのだ?」
予算の振り分けはともかく、税収以外の資金源から得られる予算の交渉など、今までやったことがなかった。
「方法が分からん……!!」
なのでとりあえず、金を持っているのは商人だろう、と思い、ワイルズは国内の有力な商人に連絡を取ってみることにした。




