予算が足りませんわ。
ーーーアトランテ王国祝賀祭。
毎年秋に行われる、王国を上げた一大イベントである。
元は作物の収穫を大地に感謝し、冬を乗り切れるよう女神に祈願し、来年の豊作を願う祭事だったが、近年では年に一度、皆が楽しむ娯楽としての側面が強くなっていた。
というのも、アトランテではここ数十年、天候不順や災害などが発生しておらず、常に豊作なのである。
理由としては、一言で説明すれば単純なのだけれど、上妃陛下がお生まれになったからだ。
瞳の中に金環がある紫瞳の持ち主であるベルベリーチェ上妃陛下は、生まれながらに極大の魔力量を保有しておられ、幼少時より魔術の才覚を遺憾無く発揮しておられたという。
特に実践魔術と呼ばれる、現象を引き起こす魔術……いわゆる攻撃魔術や防御魔術、身体強化などの補助魔術や治癒魔術など……に関しては、一目見ただけである程度再現可能な程だったらしい。
元々魔力を聖属性に変化させることが最も得意だった上妃陛下が、アトランテ大島を覆う聖結界の維持を行い始めたところ、あまりにも膨大過ぎる魔力量の供給によって、まず天候が安定した。
次いで、結界の維持には過剰なほど供給された浄化の魔力が大地に放出され、土壌がどんどん豊かになった。
やがてその大地から溶け出した魔力によって、各地の水質までもが改善され、点在していた毒沼が生水のまま飲めるほどになった。
それまで頻発していた地震すら、小規模になりさほど揺れなくなったという。
『浄化の魔力が、古代遺産である聖結界の魔導陣と相性が良い』ことを発見したのも上妃陛下であり、聖属性に適正のあるリーレン王妃陛下や、王弟リヨ公爵の奥方である聖女アンナ様、そしてディオーラが結界の維持を行うようになったのもそうした理由がある。
そんな上妃陛下は、若い頃はバロバロッサ上王陛下と共に、アトランテ大島の各地を訪問しておられた。
お二方にまつわる逸話は多い。
その中で有名なのは、一つはバロバロッサ上王陛下が王城の地下に封じられていた強大な魔王獣を興味本位で呼び起こし、ベルベリーチェ上妃陛下と共に討伐した、というもの。
もう一つは、フロスト国王陛下とリーレン王妃陛下ご婚姻の際のトラブルで上王陛下への怒りを爆発させた上妃陛下が魔術を叩きつけて大地を抉り、現在ベル湖と言われる湖を作り出した事件である。
そしてそれ以外にも、お二人は訪問の際に各地の強い魔獣を討伐して回っていたのだ。
結果、魔獣災害もなくなり、結界と海に囲まれた大島の立地のお陰で外敵の侵入もなく。
そんな上王陛下と上妃陛下以下、精鋭揃いのアトランテを侵略しようという他国も……先日の皇国から送られた刺客の件までは……特になく、平和で豊作な状況が長く続いているのである。
そんな長く続く豊かさの中で祝賀祭も徐々に形を変え、現在では貴族学校最終学年の者たちが主体となって、祭事以外の企画運営を行う一大イベントに変化していた。
『将来治世に携わる者たちに、実際の領地運営などに携わる前に経験を積ませる』という意図があってのこと、なのだけれど。
「相変わらず愚かですわねぇ、ワイルズ殿下」
皇国に訪れた長期休暇から、半年。
春先に進級となるアトランテの貴族学校で、最終学年である四回生に上がったディオーラは。
秋に向けた企画会議の草稿を作る為に集まった生徒会室で、ワイルズ殿下の提案をバッサリ切り捨てた。
「どう考えても予算が足りませんわ」
「人前で愚かって言うな!」
「既に殿下の愚かさがバレている人しかいませんもの、ここ」
新生徒会の面々は、生徒会長がワイルズ殿下、副会長がディオーラ。
会計が、第二王子ウォルフ殿下の婚約者であるオーリオ公爵令嬢。
書記が、サーダラ公爵令息の婚約者であるフェレッテ伯爵令嬢。
つまり、いつもの面々だ。
一般参加もある『祝賀祭運営委員会』は、ここで作った草稿を元に議会を開催して、順次役割を決定していくことになっている。
新生徒会の主要メンバーは、新四回生の中から選出されるのである。
元々貴族学校は魔力の制御や社交を学ぶ場所として創設され、近年では治世に関わること以外の学問に力を入れたカリキュラムを増やしているものの、基本的には嫡子や領地運営に携わる次男三男が多い。
つまり通っているのはほぼ将来が決定している者ばかりなので、単位取得の授業に出ることも少なくなってある意味暇な四回生が担うことになっていた。
次の生徒会はウォルフ殿下を含む面々が担うので、後々人材を見繕って勧誘し、生徒会の傘下に組み込むところまで含めて生徒会の仕事である。
話は戻り、この祝賀祭のアイデア出しの段階で、またワイルズ殿下が突拍子もない催しの提案をしてきたのだ。
「世界各国の魔法生物を集めた動物園なんて、どれだけ費用が掛かると思ってますの? 殿下が見たいだけでしょう」
「だが面白いだろう! それに予算は十分にある!」
「魔獣園だけなら可能かもしれませんけれど。飲食可能な屋台や、サーカスの誘致、舞台の設営諸々にも予算は使いますのよ。殿下のお小遣いでやるなら構いませんけれど、上妃陛下が許しませんわよ」
領地運営に纏わる経験を積む為の運営委員会なので、基本的には予算の中で行うことが義務付けられている。
トップであるワイルズ殿下が、それも次期王位継承者である者が、早々にそれを破ったら雷が落ちることは目に見えている。
「どうしてもやりたければ、出資者をご自身で募られませ。勿論、通常の王太子殿下のお仕事もして、運営委員会の運営もしながらですわ」
「横暴だぞ、ディオーラ!」
「殿下がワガママなのですわ」
そんな言い合いをしていると、横でオーリオ様がこっそり、フェレッテ嬢に囁く。
「先が思いやられますわ……」
「お二人は相変わらずですねぇ……というか、何故私が生徒会に選ばれたんですかぁ……? いつの間にか決定していたんですけどぉ……」
「定期的に集まって『これ』を見ることになるのですから、当然でしょう。殿下がボロを出して散々言われるのを、他の誰に見せられますの?」
「理不尽ですぅ……」
そんなこんなで。
とりあえず提案を却下されてムスッと頬を膨らませるワイルズ殿下を放っておいて、ディオーラはとりあえず叩き台を他の二人と作り、その場は解散となった。




