お仕置きですわ。
「うむ、素晴らしいではないか!」
ワイルズは上機嫌だった。
レイデンが来た後、少し遅れて現れた2体の神獣……スフィンクスとスフィンジェが動いているのである。
何故かよく分からないがこちらに加勢してくれているらしく、炎を吐いたり魔王の瘴気を噛み砕いたりと、大活躍だ。
「しかし、大して強くないな?」
「おそらく、殿下が強すぎるのかと」
ワイルズが、蛇のように鋭く伸ばされた瘴気の刺突を斬り払いながら口にすると、双剣を器用に操って魔王とやらの掌攻撃をいなしたレイデンが応じる。
呆れた様子のレイデン自身も、全く息が上がっていないのだが。
「お前と船上で手合わせした時の方が手応えがあったぞ。それに私はさほど強くはない。祖父と父上と上妃陛下には勝てんし、ディオーラにも負ける」
「全員並外れているだけです。私は今代〝光の騎士〟とも手合わせをしたことがありますが、ワイルズ殿下も劣っておりませんよ」
「そいつが大したことないだけでは?」
ワイルズは、いまいち納得がいかなくて首を傾げる。
そもそもアトランテ王族は、身の危険が迫った時を除いて王族以外の人間との手合わせを禁じられているのだ。
なので、父上や祖父以外だと貴族学校の訓練も基本的にはディオーラが相手、それも利き手と逆の片手打ちでの試合だった。
魔王は、流石にイルフィールやディオーラが襲われた時の賊や魔獣よりは強いが、それだけである。
「私一人でもどうにかなる程度の存在が、何でわざわざ封じられているのだ? 倒してしまえば良いではないか」
「それを出来る者がいないから、封印されていたのですよ。殿下はお強いのです」
ーーーそうなのか?
まぁ、納得いかなくても褒められて悪い気はしない。
何せあんまり褒められることがないので、ワイルズはますます上機嫌になった。
「では、張り切って……」
と、言いかけたところで。
「愚かですわねぇ、殿下」
ストン、と上の穴からディオーラが降りてきて、ワイルズはビシィ! と固まった。
「ディ、ディオーラ……!」
「勝手に夜中に抜け出した挙句に、ピラミッドの中に閉じ込められて。己の軽率な行動を、今一度、心の底から反省なさいませ」
「また人前で愚かって言ったな!? 不敬だぞ!?」
「自分の愚行を棚に上げられますの? 仕方ありませんわね。アトランテに帰ったら上妃陛下にご報告しておきますわ」
「それはやめろ!!」
ワイルズは、ディオーラに向けて魔王の咆哮と共に放たれた瘴気の波動を、縦に両断して左右に流す。
それを見た彼女は、パン! と扇を開いて、小さく息を吐きながらレイデンに目を向けた。
「それで、レイデン様。一体、いつまで遊んでおられますの?」
※※※
ディオーラが問いかけると、レイデンは生真面目な顔で魔王の攻撃を警戒しながら首を傾げる。
「どのような意味でしょう」
「あの黒い柱を破壊してしまえば、再度封じられるのでは?」
よく考えるまでもなく、アレから瘴気が漏れ出ているのなら破壊してしまえば瘴気の供給は止まる。
五芒星の魔導陣に後付けされているようだが、聖白金の5本の柱よりも明らかに劣った魔導技術で作られている。
古代文明技術の産物ではあるだろうけれど、ディオーラが通路に入るのを阻む程の『力』を発している五芒星に比べれば、脆そうだ。
あの柱がなければ、生贄から力を取り込むことも出来なくなり、あの瘴気の塊……おそらくは肉体を失ったという『不死の王』の意識……がこちらに出てくる方法もなくなる筈である。
「可能であれば、滅してしまう方が憂いがないかと」
「なるほど。三日三晩戦うおつもりということですわね」
魔王の幻影と、柱から漏れてくる瘴気の量と、足元に残っている大量の瘴気を見比べて、ディオーラは薄く微笑んだ。
「あいにく、それにお付き合いしている時間はございませんの。一気に終わらせますわ」
「可能なのですか?」
「ええ。殿下、もうしばらくアレの相手をお願い致しますわね」
「あ、ああ」
ディオーラは五芒星の中心に立つと、軽く呼吸を整えながら扇を閉じる。
「聖なる術式は得意分野ですわ」
アトランテ結界は、魔力量以外にも聖術に適性がある者だと魔力変換効率が良いのである。
全ての魔術を得意とする上妃陛下や、元・聖女である王妃殿下以外に、魔力量を含むそうした適性を持つのがディオーラ以外にいなかったことも、ワイルズ殿下の婚約者に選ばれた理由なのだ。
軽く試してみると、浄化の力は白い柱を通して床下に届けることが出来るようだった。
「参りますわ」
蛇腹刀の先端を五芒星の術式の中心に置いて、ディオーラは魔力をそこに流し込んでいく。
短時間に大量の魔力を放出するのでなければ、腕輪を嵌めていても特に問題はない。
そうして、殿下とレイデン、そして神獣に守られながら数分。
カッと目を見開いたディオーラは、呪文を口にした。
「〝清めよ〟!」
呪玉を通して五芒星の魔導陣に流れ込んだ魔力が一気に浄化の力に変化し、白い柱が輝くと、青く清浄な光が黒い逆さピラミッドの中に満ちる。
『グゥァアアアアアアアアッッ!!』
魔王の幻影が苦悶の声を上げて動きを止める。
「この世から去られませ。もう十分に生きたでしょう」
『ガ……ァ……!! 我が、悲願が……! この世を滅ぼす宿命が……!!』
「残念ですけれど、それを成し遂げた魔性は、これまで一度もおられませんわ」
ディオーラは、床下の瘴気を含む全てを、魔王の意識ごと消し飛ばした。
そうして全てが収まると、殿下が加減もせずに使った灯りの魔術に照らされた床下はすっきりと綺麗になり、底まで見通せるようになっていた。
「掃除は終わりですわ。帰りますわよ」
ディオーラが告げると、ワイルズ殿下がちょっと目を泳がせながら、言いにくそうに口にする。
「なぁ、ディオーラ……その、上妃陛下には、だな……」
「心配なさらなくとも、イルフィール陛下を助けたのはお手柄ですから、許して差し上げますわ」
「そ、そうか!」
パッと顔を輝かせる彼に、ディオーラはニッコリと続けた。
「でも、余計なことをしてわたくしを心配させた罰は受けていただきますわよ。覚悟なさいませ」




