『不死の王』と『神官』。
「何だここは?」
『目の模様が描かれたピラミッド』に触れた直後。
どこかよく分からないところにいつの間にか移動していたワイルズは、首を傾げた。
ひんやりしてるし、カビ臭いし、湿気てる。
そんなことを肌や鼻で感じるものの。
「暗すぎて何も見えんな」
手にした【聖剣の複製】は白い上に薄ぼんやり刀身が光っているので、多少は明かりの代わりになるが。
「いまいち灯りの魔術は苦手なんだがな……」
というよりも、身体強化や防御結界以外の、外に何か影響を与える類いの魔術は、攻撃魔術を含めて全般苦手である。
体から離れた魔力のコントロールについて、壊滅的に素質がないのだ。
「まぁでも、見えんしな」
ワイルズは声の反響音でそこそこ広そうなことを察して、上に向かって手を突き上げる。
「〝灯れ〟!」
と、呪文を口にした瞬間。
目を焼く程の輝きが生まれて、慌ててワイルズは目を閉じた。
「あ、明るくし過ぎた……!」
また、込める魔力量を間違えたらしい。
いつもこうなのである。
魔術の発動に必要な魔力量が少な過ぎて、火の魔術を暴発させたり、風の魔術で辺り一帯を薙ぎ倒したりしてしまうのだ。
なので、普段は遠距離の攻撃等に際しては魔導具の弓などを使ったりしているのだが、今はこっそり抜け出しているので、何の準備もしていない。
「全く、魔力量なんて多ければ多い程良い筈だろうが! 体を強化するのには加減なんぞ要らんのに納得いかん!」
ワイルズは八つ当たり気味に怒鳴りつつ、徐々に目を開けて明るさに慣らしていく。
多分この明かりも、三日三晩は灯り続けるに違いない。
「はぁ……ディオーラにはバレるだろうし、神獣は見れんし、いつの間にか妙な場所に居るし、なんか良いことないな……」
言いながら周りを見回すと、部屋が妙な形をしている。
下から上に向かってどんどん広くなっており、壁は黒く、周りに幾つかの円柱が立っていた。
天井まで届くような背の高いものではなく、ワイルズの背丈の倍くらいのものだ。
円柱は五本が白く、一本が黒い。
その黒いものは、どこか無理やり付け足されたような雰囲気があった。
「五芒星の形に置かれてる、のか……? それにこれ、聖白金なんじゃないか?」
よくよく見ると、円柱の材質はワイルズが手にしている【聖剣の複製】と同様に見えた。
最近は量産されているがまだまだ高価なものではあるので、これを持って帰ればかなり良いおカネになるだろう。
ワイルズ自身はそこまで興味ないのだが、最近グリフォンの育成などでそういう部分も考えないといけないので、ついそんな考えが頭をよぎる。
五芒星の形は『破邪』の力を強めるものである。
魔銀同様に元々その力を持つ聖白金でこの巨大な形を組んだなら、かなり清浄な空間としてその場は維持されるだろう。
なのに、カビ臭かったり湿っていたりする理由がよく分からない。
「あの、黒い柱か?」
どことなく禍々しい雰囲気のあるそれは、五芒星の中央、ではなく、北向きの頂点の反対側に配置されていた。
ちょっと嫌な感じがする柱である。
無理やり付け足されているように感じたのは、それを五芒星に加えると、ちょっと縦長の歪な六芒星になるからだ。
明るい中で見ると。
床に描れている魔導陣の模様も、五芒星の頂点にある円柱を繋いでいるものと、黒い柱まで伸びている部分は描かれている染料の種類が違う気がした。
そこまで考えてから、ワイルズは足元の状況に気づく。
「うぉ!?」
妙な形をした部屋の床は、真っ黒だと思っていたのだが……実際は透明だった。
ワイルズが立っているのは逆さまになった四角錐の中腹にあり、その下にはうぞうぞと何か黒い靄のようなものが蠢いていたのである。
「気色悪い! 何だこれは!?」
その透明な床を、黒い靄はすり抜けたりは出来ないようだ。
靄が流れていく先に目を向けると、黒い円柱があり、どうやらあの柱の嫌な気配は透明な床の中にあるそれの気配が漏れ出ているものだったようだ。
靄が集まっていくと、徐々に徐々にその気配が強まっているようである。
やがて、黒い柱からうっすらと靄が漏れ出て……ワイルズに向かって這い寄るように近づいて来ている感じがした。
「……瘴気、だよな? これ」
ちょっとだけ警戒しながら近づいていったワイルズが、軽く【聖剣の複製】の先端で黒い靄を払ってみると、パシッと紫の火花を散らしながら吹き散らされた。
「多分間違いない、と思う。うん。なんか前に斬った人じゃない変なヤツと同じ感じがするし」
とりあえずそのまま、一番離れた白い柱の辺りに下がったワイルズは、腕を組んで考えた。
「……これ、壁ぶっ壊していけるのか?」
ここから出ていくなら、全力で壁をぶん殴って壊すのが一番早い気がする。
何となく、形的に昼間見たピラミッドの中っぽいから、壁の向こうは外だろう。
ただ、それをやってしまうとこの結構な量がある変な瘴気まで、外に出てしまうのではなかろうか。
これも何となく、本当に何となく、それはヤバい気がする。
なんか、ディオーラに余計怒られそうな感じというか。
「あの瘴気、全部剣で払ったらいけるか?」
今も漏れ続けている瘴気の状態と、床下の瘴気の感じを見ていると、全部出てくるには相当な時間が掛かりそうだ。
しかも、白い円柱よりも外には出れないみたいなので、そこにモクモクと溜まり続けながら、こっちに近づいていている。
ーーーめちゃくちゃ時間かかりそう。
別にワイルズは三日位寝なくてもへっちゃらなので、それは良いが、待っているのは多分暇である。
「なんかヤダな〜……」
ジッとしているのが一番苦手なのだ。
いっそ床をぶっ壊して突っ込むか、などと考えていると、ある程度の濃度になった瘴気が形を変えた。
モクモクと宙に浮き上がり、靄が形作ったのは……巨大な両手と、頭。
ちょっとハムナ王が変異した化け物に似ている。
『贄ではない……悠久の待ち時……来たれり……』
その瘴気で出来た頭が言葉を発して、ワイルズはポカンとした。
「え? お前今、喋った?」
『我が依代に相応しき肉体……ついぞ、目覚めの時……!!』
ウォオオオオオォォォオオン……と不気味な咆哮を響き渡らせた『それ』に、ワイルズはむむむ、と眉根を寄せる。
「誰、お前?」
『我は王……真なる王……不死なる王……滅びの者……灰燼の魔王である……』
言いながら、まるでワイルズを掴み取ろうとするように。
『魔王』とやらが、巨大な手を広げてこちらに伸ばしてきたので、ワイルズはとりあえずピュン、と【聖剣の複製】を振るった。
指を一本切り飛ばして出来た隙間から、跳躍して抜け出し、円柱の上に降り立つ。
「あ、こっちの方が楽かも」
斬り飛ばした指の感触は、さっきよりもさらに濃密な瘴気の塊っぽかったので、多分吹き散らした量も多いだろう。
『抵抗するか……依代よ……』
「私はヨリシロなどという妙な名前ではない。ワーワイルズ・アトランテという、父上から貰った名前があるのだ! そう呼べ!」
言いながら、ワイルズが剣を構えたところで……ゴゴゴ、と天井で音がして、パラパラと石の破片が降ってくる。
「む!? もしかしてまた崩れるのか!?」
ちょっと不安になっていると同時に、背筋がゾッとする。
「げ。ディオーラが本気だ……!!」
外から微かに感じたその魔力は、よく知る、ディオーラが逃げようとするワイルズを捕まえる時に使う、重圧の魔術のもの。
しばらくして、またゴゴゴ……と音がする。
今度は何か、うっすらと外の空気を感じた。
どうやら天井が開いたようだが、自分がつけた灯りの魔術のせいでよく見えない。
『何者……』
『魔王』も、ディオーラの魔力にビビったのか、こっちに不意打ちもせずに天井を見上げている。
そこから、ヒュン、と音を立てて降りてきたのは、ディオーラ……では、なかった。
「ご無事ですか? ワイルズ殿下」
「お?」
天井からそこに降り立ったのは、左手に【聖剣の複製】、もう片方の手に斬竜刀と呼ばれる大きさと形状の大剣を担いだ、レイデンだった。




