また、浮気ですの?
「あらあら」
最近、ワイルズがコソコソしている。
その気配を敏感に感じ取っていたディオーラは、さりげなくワイルズの動向を追っていた。
不自然でない程度にこちらを避け、姿を消す時があるのだ。
ディオーラは、懐き薬誤飲以降、ワイルズとディオーラの側に付くようになった見張りの〝影〟を問い正した。
「殿下が何をなさっているのか、ご存知でして?」
本来であれば、未だ王太子妃でもなく、王妃でもないディオーラにその権限はないのだけれど……国王陛下直々に『ワイルズの手綱を握るように』と言い渡されているディオーラが、現在〝影〟の仮の主人となっているのだ。
ディオーラの問いかけに、〝影〟は姿を見せないまま、含み笑いと共に答えた。
『悪いことをなさっておいでです。逢い引きのようですが……そのお相手は、ディオーラ様でも、少々分が悪いかと』
「なるほど……?」
〝影〟の報告の仕方から、どうやら危険なことをしてる訳でもなく、王族らしからぬ振る舞いをしている訳でもないようだ。
そう判断したディオーラは、しばらくワイルズを観察した。
そして、彼がコソコソと姿を消そうとしたところで自分も気配を消して尾行し、逢い引きの現場を捉える。
「あらあら、またフェレッテ嬢のところを訪れているだなんて。殿下の心変わりにわたくし、苦しんでおりますわ?」
ディオーラは、ドアを開けたと同時にわざと冷たい目でワイルズを見据えた。
次いで、扇を広げてニッコリと微笑んで差し上げると、フェレッテが『ひぃっ!』と顔を青ざめさせる。
二人がいたのは、魔法生物の中でも小さいモノを飼っておく部屋の、檻の前だった。
「ディ、ディオーラ、なぜここが!?」
「愚かですわねぇ、殿下? このわたくしが、体力以外の全てにおいて殿下を上回るこのわたくしが、殿下に気づかれぬよう尾行する程度のことも出来ないとお思いですの?」
焦っているワイルズの手には、小さな魔法生物が抱かれている。
まだ雛から孵って数ヶ月も経っていないだろうそれは……グリフォンの幼生。
『きゅい』と可愛らしく鳴くそれが、ワイルズの今回の浮気相手のようだった。
「人前なのに愚かと口にしたな!? ディオーラ、不敬だぞ!?」
「フェレッテ嬢にはもうバレているでしょうに」
というか、緘口令が敷かれているものの、懐き薬の誤飲については、あの場にいた貴族学校の生徒全員にバレている。
ついでにワイルズが、普段悪様に言っているディオーラを大好きなことも、病床でのエピソードも交えて誰かが広めており、ワイルズの言を信じて『まだ自分にチャンスがあるのでは』と思っていたご令嬢達も身を引いていた。
さらに、一応王太子として、親しみやすくヤンチャながら優秀、の仮面を被っていたワイルズの、ちょっと間の抜けた本性も広まりつつある。
ディオーラは『お目付役』だからワイルズから少し疎まれていただけだ、と察されてしまい、最近はディオーラ自身の人気が高まっているとも聞いている。
―――本当は、殿下の愚かわいさを知っているのはわたくしだけで良いのですけれどね。
隠し通すのも潮時ではあったので、公然とワイルズを愛でたいディオーラも、そちらの方に舵を切ったのだけれど。
「それで、その子をどうされるおつもりでしょう? わたくしでも、少々対抗するのが難しいというのは本当の、今は愛らしい浮気相手ですけれど?」
グリフォンは大きくなれば三メートルを超える、乗騎としても優秀な魔法生物なので、そういう意味で飼いたいのなら問題はない。
が、ワイルズには既に白い騎竜がいるので、それは叶わない話だった。
飛竜は嫉妬深いので、あまりに他の魔法生物に触れ合うと機嫌を損ねてしまうのだ。
「いや、その、だな……出来れば飼いた……」
「ダメですわ」
本心を口にしようとしたワイルズに、ディオーラはピシリと告げる。
「よろしいですか? 虫を飼えば干からびさせ、トカゲを飼えばうっかり逃し、犬を飼えば甘やかして躾けられない。そうかと思って猫を飼えば、野放しにした挙句に花を踏み荒らされて妃陛下の逆鱗に触れてわたくしの実家に引き渡される……殿下がお世話してまともに育ったのは、主人を定めたら逆らわない飛竜だけです」
今までの生き物に関する行状をこんこんと並べて、ディオーラはパチンと閉じた扇を突きつけた。
「そんな殿下が、飼育に細心の注意が必要である魔法生物を飼える訳がございません。ご自身の乗騎である白い騎竜のお気持ちも考えて、諦められませ」
「嫌だ! 今度こそちゃんと飼う!」
「ダメと申し上げておりますでしょう」
子どものようなワガママに、愚かわいいと感じる気持ちを押し殺して、ディオーラは鬼になる。
「ここで会うくらいは認めます。しかし野生に帰すか、必要な者に引き渡すまでの間だけです。分かりましたね?」
「横暴だぞディオーラ! こんなに可愛いグリちゃんと離れられるわけないだろう!? 考えたくもない!」
「何を言ってもダメなものはダメです。きちんと両陛下に報告して、宣誓書を書いていただきます。……もし、まだワガママを仰るのでしたら」
ニッコリと笑うディオーラに何を思ったのか、ゴクリとワイルズは喉を鳴らす。
「仰るのでしたら、何だ?」
「今後、膝枕はもうして差し上げません」
「ふぐっ!?」
「耳掻きもして差し上げませんし、成績が良くなっても頭を撫でても差し上げません。夜会で踊るのも最初の一曲だけに致しますし、晩餐も共にせずなるべく実家に帰ります。公務もわたくしの割り当て以外は今後一切手伝いません。……それでも宜しければ、どうぞ?」
「ディオーラ! ズルいぞそれは! 卑怯な取引だと思わないのか!!」
涙目になるワイルズに、横でフェレッテが『自分は一体何を見せられているんだろう……』という虚無の顔をしていた。
彼女は、婚約者候補に一応上がっただけあって、ワイルズに多少は憧れを抱いていた一人なので、その幻想がガラガラと最近崩れ去っているのだろう。
―――ふ、まだまだですわね。
こういうワイルズの愚かしさを愛でてこそ、一流の殿下愛でリストなのだ。
そうしてワイルズを追い詰めたディオーラは、トドメの一撃を放つ。
「殿下。―――わたくしとグリちゃん、どちらが大事ですの?」
ワイルズは、三日三晩悩んで、宣誓書にサインをした。
そして、貴族学校で魔法生物を専攻する学生の手によってスクスクと育ったグリちゃんは……ディオーラの実家に引き取られて、ディオーラの乗騎となった。
「ディオーラ! 最初からこうするつもりなら、何で言わないんだ! 私を苛めて楽しいのか!?」
滂沱の涙を流し、大きくなったグリちゃんを抱きしめて頬擦りしながら、ワイルズがわめく。
―――そんなもの、こうして愚かわいい殿下を愛でるために決まっておりますのに。
それに、ワイルズの一番はディオーラであってほしい。
内心のちょっとした独占欲は口にせずに、ディオーラはニコニコと、喜ぶワイルズを愛でた。
ちゃんと殿下を甘やかしつつ、存分に愚かしさを愛でるディオーラ嬢でした。
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