『狂信者』と『魔術師』。
「なるほど……それが『不死の王』の正体なのですわね?」
ディオーラの問いかけに、ヘジュケ殿下は頷いた。
「はい。ハムナは太古より、『不死の王』に支配されておりました。我々王族は、実際は『王のしもべ』に過ぎないのです」
そしてヘジュケ殿下がそれを逃れたのは、『器』として育てられた上で……『不死の王』の力に耐えうる程の肉体的魔力的な素養がない、と判断されたかららしい。
「真実を知り、この国に私の居場所はありませんでした。『王のしもべ』にすらなれない王子ですから」
いつもと変わらない笑みを浮かべている彼の言葉に、扇を広げてディオーラは微笑む。
「船の中であの遊戯を持ちかけたのも、そういう事ですのね?」
「はい。貴女であれば、勘づかれるのではないかと推察致しました」
「ヘジュケ殿下」
それを知った上でディオーラは、最も気になっていることを問いかける。
「貴方の真の王は誰ですの?」
『不死の王』の生贄にもなれない、それどころか『王のしもべ』にすらなれない役立たずの王子。
そんな立場の彼が、復讐する為に動いたのであれば。
あるいは逃げる為に動いていたのであれば、この状況にはなっていない。
もっと別の理由が何か、ある筈だ。
ヘジュケ殿下の行動は……守る為の動き、と思えた。
その答えを、彼自身の口から聴きたいと思ったのである。
ヘジュケ殿下は、あっさりとそれに応えた。
「我が王は、ただ一人。イルフィール陛下です」
「……ヘジュケ」
「ハムナとフェンジェフの連絡係程度の私の知を、その能力を、陛下は認めて下さいました。今まで誰一人、見向きもしなかった私を」
ーーー『狂信者』。
あの遊戯『王のしもべ』に当て嵌めるのならば、おそらくそれが、彼の立ち位置。
けれど現実は、盤面の遊戯よりも複雑なのである。
駒には、与えられた役割だけでなく意志があるのだ。
『狂信者』ヘジュケ殿下が選んだ仕えるべき王は、『不死の王』ではなくイルフィール陛下だった。
「何としてもお守りせねばならない、と、ずっと思っておりました」
「先に教えなかったのは、何故なのです?」
「私が動いていること、情報を漏らしていることがバレれば、おそらく父はなりふり構わず陛下の身柄を得ようとしたでしょう。そうなれば、イルフィール陛下が治める国が荒れます」
「だから、わたくし達をハムナに誘い、利用しようと?」
「はい。陛下の為でございますから」
少々申し訳なさそうにしながらも、後悔の浮かんでいない瞳に、ディオーラは首を傾げる。
「不快である、と言ったら?」
「私に対する罰は如何様にでも。それにこれは、アトランテに関わることでもあります。我々の血統は、全員がハムナを祖としている……ワイルズ殿下が結界を超えたことで、それは証明されております」
ヘジュケ殿下の言葉に、躊躇いはなかった。
「祖先の始末をつけるのに、聖剣の使い手は必須でした。そして私の知り及ぶ限り、この世界で現在最も力在る血統は、アトランテ王族です」
「だから、『不死の王』も始末出来ると?」
「私は、そう考えております」
「その慧眼だけは、褒めて差し上げますわ」
ディオーラは、薄く目を細める。
「あの逆さピラミッドに入る方法を教えなさい。ヘジュケ・ハムナ第一王子殿下」
「仰せのままに。聡明にして勇壮なるディ・ディオーラ・パング公爵令嬢。こちらに」
そう言って案内された先は、先日は上から見下ろしただけだった、ピラミッドへの渡し橋の前だった。
「通常は、直系の者以外は上の白いピラミッドにしか入れませんが……夜に目覚める雌雄の神獣に認められたハムナの血族であれば、黒い逆さピラミッドに入ることが出来ると言われております」
ヘジュケは、ハムナ式の敬礼を取る。
チラリと見やると、石のような姿をしていた神獣は、その姿を変えていた。
造形はそのままに体がきちんと色づき、生き物となった二体の神獣が動き出して寝そべっており、その人に似た顔をこちらに向けている。
ディオーラは、アトランテ直系ではないが、公爵家の娘である。
アトランテ王族の血そのものは継いでいるのだ。
「良いでしょう。どんな手段を用いても認めさせれば良いのですわね?」
「はい。『王のしもべ』に堕した我が父、そうして古来よりハムナを影から支配する『不死の王』。その双方の始末、誠に感謝致します」
「まだ本体が始末出来ていませんけれど」
「いえ、きっと始末なさるでしょう。アトランテ王国の王族直系が持つ尋常ならざる力は、この砂漠の地にまで届いておりますし、また古い文献が残っております」
ディオーラは、彼の言葉に片眉を上げる。
「文献、ですの?」
「ええ。『王のしもべ』を遊んだ時に語った伝承は、対外的に作った方便なのです。文献には本来、こう記されています」
かつて恐怖に怯え飢え渇く民の為、『不死の王』に牙を剥いた王子がいた。
彼は、『不死の王』が復活の為に贄を喰らうことで溜め込んでいた力を、白いピラミッドの力を利用して逆に奪い、封印の期間を延ばした。
その代償として、自身が魔人王と化してしまったのだと。
「しかし彼は理性を残し、決して人を喰らわなかったそうです」
「そんなことが、あり得ますの?」
「私には、真実がどうであったのかは分かりません。しかし彼は、人外となった我が身で王位を継ぐことをよしとしなかったそうです。そうして、それを知った上で従ってくれる者だけを連れて、自らを封じることの出来る手段を求めて新天地へ旅立った。その『善なる魔人王』の末裔……それが、アトランテ王国の初代王、建国の魔獣使いである、とされています」
だが、後のハムナ王族の中に『不死の王』の力に目が眩んだ者が現れ……密かに『王のしもべ』化して『不死の王』にまた贄を喰らわせ始めたと。
そうして、今なのだ。
「私は、アトランテ直系であれば……魔人王と〝桃色の髪と銀の瞳の乙女〟の、聖魔両者の力を宿した血統の者が、聖剣の複製を手にしているというのであれば、と希望を託したのです」
「物は言いようですわね。わたくしのワイルズ殿下を危険に晒した落とし前は、この件が片付いたらきっちりとつけていただきますわ。イルフィール陛下も、それで宜しいですわね?」
ディオーラが問いかけると、陛下は真剣な顔で頷いた。
「当然だな」
「我が一命で、あなた方を危険に晒した罰としていただけるのであれば、喜んでこの心臓を捧げましょう」
「わたくしやワイルズ殿下が、そのようなものを欲すると思われますの? 全くもって心外ですわ」
ディオーラは、扇をパラリと広げる。
「あの神獣を、いただくことに致しますわ。殿下が喜びますもの」
「…………は?」
初めて、ヘジュケ殿下のポカンとした顔を見て、ディオーラは満足する。
「愚かですわねぇ、ヘジュケ殿下。貴方はわたくし達に期待しながら、まだわたくし達を見くびっておりましてよ」
ディオーラは魔力を抑える腕輪を外し、渡り橋の前に立つと。
扇を、こちらを見ている神獣らに向けて、指輪の呪玉を介して魔術を発動する。
「ーーー〝伏せ〟」
ただ一言。
それを告げただけで、神獣の寝そべる台座が軋むほどの重圧が、二匹を襲う。
ビシビシビシ、と台座が割れていく程の重みに、神獣は全く動くことも出来ず、こちらに向ける視線を畏怖の混じるものに変えた。
同時に、ゴゴゴ、とピラミッドの方から音がしたので、ディオーラは魔術の発動を止める。
重圧が消えても、神獣は動かなかった。
「起きなさい」
ディオーラが腕輪を嵌め直しながら告げると、二匹の神獣が即座に体を起こす。
それを見て、ヘジュケ殿下が驚愕の声を上げた。
「神獣を、一瞬で……!?」
「はは。ワイルズの時も思ったが、君たちは本当に規格外だな」
どこか楽しそうなイルフィール陛下に、ディオーラは口を尖らせる。
「わたくしの愚かわいい殿下が、たかが魔性如きに負けることなど万一にもあり得ませんけれど、あまり下らないことに巻き込まないで下さいませ」
言いながら、ディオーラは渡り橋に足を踏み出した。




