ハムナ王の目論見。
イルフィールは、先を歩くハムナ王の背中を見ながら小さく問いかけた。
「これが、皇位継承の儀式の最後の一つなのだな」
「はい」
聖地巡礼とディオーラ達には告げていたが、その真実は少し違う。
父である前皇帝に聞いたところによると、そのルーツをハムナに持つという皇国は、『その血統を証明する為にこの地に来る必要がある』という話だった。
昔ハムナを併呑したのも、当時の妃の中で『不貞があった』という噂が立ち、最も皇位に近かった二人の皇子がその証明の為に攻めたのだという。
ハムナから続く血統を持つ者にしか入れない場所がある、という伝承によって己の証明を行う為に。
一人はその場所に入れず、入れた皇子が皇位を継いだ。
故に以後、それが決まりとなったのだ。
ハムナ王が立ち止まると、そこは行き止まりだった。
共に来た従者が魔術の光を灯すと、窓もない部屋の正面にピラミッドに目に似た模様がついた絵が刻まれているのが見えた。
ひんやりと埃っぽく、あまり人の立ち入らない場所であることが分かる。
部屋を見回したイルフィールは、ハムナ王に促されるままに『目のピラミッド』の前に立った。
「証明は、どのように成される」
「既に成されておりますよ」
入口近くに下がったハムナ王は、相変わらず信用の出来ない、腹に一物隠し持ったような目をしている。
「どういうことだ?」
「この部屋にたどり着くまでの間に、従者を置いてきた通路……つまりこの場所に入れることこそが、血を継いでいる証明なのです」
ハムナ王が手を上げると、従者の内の二人が剣を引き抜いた。
「……何のつもりだ?」
「我がハムナには、王がおります」
奇妙なことを言い出した彼に、イルフィールは片眉を上げる。
「ほう。この国には王が二人居るのか」
「いいえ。真なる王はただ一人。私は、王の従僕たる司祭に過ぎません」
うっすらと笑みを浮かべたハムナ王は、チラリとイルフィールの後ろに目を向ける。
「『不死の王』こそが、この王国の真の王……そして我が王は、魔力の多い者を食し、ずっと力を蓄えておられました。ご自身の封印を解く為に」
不穏な話になってきた。
ハムナ王の目は、明らかに正気ではない色に染まり、その体からゆらりと紫の瘴気が立ち昇っている。
「我が王は、従僕に力を与えますが……力を与えられた従僕は、『王の器』足り得ぬのです。故に、器たる者の血脈を育てる必要がございました」
いまいち要領を得ない話である。
「何だ、『王の器』というのは」
「我が王は、肉体を失っておられるのですよ。力だけを蓄えたとしても、この世には舞い戻れぬのです。ですが我が息子であるアレは、残念ながら器たり得る器を持って生まれ落ちて来なかった……せっかく、王の復活の時が訪れたというのに」
ヘジュケのことをまるで物のように語ったハムナ王は、にぃ、と笑みを浮かべた。
「ですがそう、我が祖先は自身以外にもう一つ、『王の器』たる血脈を育てておりました。皇国に負け、従うフリをしながらね……」
「なるほどな。それがフェンジェフだと?」
「ええ。今から、ピラミッドの中へ……我が王の眠る黒い逆さピラミッドの中に、貴方には入っていただきます。次に貴方は、我が真の王となるでしょう」
「不死の王とやらに、体を乗っ取られて、か? そう上手く行くかな?」
イルフィールは逆に笑みを返し、パチン、と指を鳴らした。
ジリジリと従者が近づいて来るが、その間にゆらりと二人の〝影〟が姿を見せる。
「皇帝の真の側近は、皇室の血を継ぐ者らの中から選ばれる。誤算だったのではないか?」
こんな夜中が儀式の時だ、と言われて、警戒しない訳がないのである。
血統を確かめる為に部屋に入るだけのことならば、そもそも露見する訳にはいかないとしても、民が入れるような形で管理している訳が無いのだから。
「誤算? おやおや、そんなたった二人で守れるとでも?」
と、ハムナ王が口にしたところで。
「何をしているんだ?」
何処となく能天気な声が、すぐ横から聞こえた。
「ワイルズ!?」
「一体何処から……いや、そもそも何故ここに入れる!?」
イルフィールの驚きと同時に、ハムナ王も驚愕の声を上げる。
「何処から、って入り口から入ってきたが?」
ワイルズはのほほんと言いながら、既に抜き身の【聖剣の複製】を持ち上げる。
「―――というか、斬ったのに何で生きてるんだ?」
彼が首を傾げるのと同時に、ハムナ王の従者が一斉に首が転がって、その場に倒れ伏した。
首と体の間には青い聖なる力の残滓が残っており、そこからまるで腐り落ちるように黒い液体となって溶け落ちる。
どうやら従者連中も、既に人外だったらしい。
そして、ハムナ王自身は。
「ぐぅ……!!」
従者らと同じように首を断たれているようで、筋を走らせながらも手で押さえて耐えていた。
「馬鹿、ナァ……!! 王ノシモベタル私ガ、《妖魔》タル私ガ、コンナニ呆気ナグ……ゥウッ!!」
「お前……何の躊躇いもなく斬ったな……? 仮にも王だぞ?」
イルフィールが呆れてワイルズに目を向けると、彼はひょい、と肩を竦めた。
「え? 偽物じゃないのか? だって人間じゃないだろ」
キョトンとした彼に、イルフィールは苦笑した。
あまり賢いと感じることはないし、以前に剣の腕前は見て知っていたが、なるほど動物的な嗅覚に優れているのだ。
流石はディオーラ嬢に惚れられているだけはある。
「ああ、そうかもしれんな」
「ゴォオ……逃、サヌ……我ガ王ノ為ニィ……!!」
ハムナ王が聖なる力に対抗して顔にビキビキと筋を浮かび上がらせつつ、全身から瘴気を噴き出す。
その力によって、彼の背後にある入ってきた通路の天井石が砕けて崩落した。
こちらに向かってきた力は、ワイルズが剣で斬り払う。
「ッ……閉じ込められたか」
「まぁ、岩を退けるだけならどうにでも……」
ワイルズが、言葉を言い切る前に。
「グルァアアアアアッ!!」
ハムナ王の全身の肌が青白く染まりながら巨大化し、ランプの精の如き姿になると、断ち落とされた自らの首を手に取り、こちらに向かって全力で投げる。
―――我ガ王ノ為ニィッッ!!
死力を振り絞ったハムナ王の首が、声なき声を発した。
〝影〟らは、そのあまりの速度と威力に反応も出来ないまま左右に吹き飛ばされ、首が迫って来る。
「イルフィール!」
反応出来たのは、ワイルズ一人。
彼に突き飛ばされて転がりながら、イルフィールは見た。
大上段から振り下ろした剣の刃と、ハムナ王の『頭』が纏う濃厚な瘴気が拮抗し……『頭』が黒い液体と化して弾け飛ぶ。
流石にワイルズも、その衝撃に踏ん張り切れずに背後に吹き飛ばされた。
その背中が、『目のピラミッド』に触れると……その模様が輝き、彼の姿が掻き消える。
「ワイルズ!?」
瘴気の影響で部屋を震わせながら吹き荒れる暴風に、イルフィールは身を起こすことも出来なかった。
やがて風が収まると、パラパラと天井から破片が降ってくる。
「……保つのか……?」
イルフィールと、どうやら一応無事らしい二人の〝影〟だけでは、流石に入り口を塞ぐ大岩を退けることは出来ないだろう。
攻撃魔法で吹き飛ばしたとしても、その瞬間に脆くなった部屋そのものが崩落する可能性があった。
「ワイルズは……ピラミッドに飛ばされたか?」
古代には、転移魔術というものが存在したらしいことは知っている。
ただの伝説、あるいは遺失魔術として扱われているものの、あの『目のピラミッド』はそうした古代文明の技術なのかもしれなかった。
フェンジェフ皇都やアトランテ大島を覆う《結界魔術》と似たようなものと考えれば納得は出来る。
が、もし黒いピラミッドにワイルズが飛ばされたのだとしても、救う方法は思いつかない。
あの『目のピラミッド』に触れて自分も飛ぶか。
しかしその向こうには『不死の王』とやらがいて、自分を乗っ取ろうとして来るとも聞いている。
岩を退け、助けを求めることに賭けるか。
そもそも現状、部屋の崩落以外にも抜け出せなければ空気も薄くなって来るだろうし、自分の命も危険だ。
―――ワイルズならばチャンスはある、か?
彼は【聖剣の複製】を持っている。
『不死の王』という魔性に、〝光の騎士〟と同じ力で対抗出来る筈だ。
助けを呼ぶ方が現実的かもしれない。
ディオーラ嬢も、本来とてつもない魔力を持つ魔導士であるのなら、あるいは黒いピラミッドを砕くことも出来るかもしれなかった。
そう考えて、イルフィールが指示を出そうとしたところで、ガコン、と入り口ではない方向から何かが開くような音が聴こえた。




