あれがピラミッドですの?
「想像以上に凄いですわね……」
ハムナ王に案内されたのは、王宮の裏にある展望台だった。
眼下を見渡せるその場所からは、ピラミッドが見える……のだけれど。
「あれはどういう魔術ですの?」
そのピラミッドは、宙に浮いていたのだ。
王宮の裏側は大穴になっていて、傾斜こそなだらかであるものの底がかなり深い。
その穴の淵と同じ高さに、天に向いた四角錐が浮かんでおり……その底に全く同じ大きさの、頂点を下に向けた黒いピラミッドが張り付いているのだ。
全体として見ると、菱形の巨大構造物が天に浮かんでいる異様な光景である。
綺麗な円形の穴の周りには、白と黒のピラミッドと同様の素材で出来ている円柱が等間隔で交互に並んでおり、魔力の気配を感じた。
「神秘の力によって浮かんでおります。未だ解明されぬ、世界の不可思議の一つです」
同行しているヘジュケ殿下のにこやかな言葉に、ハムナ王が冷たい目を向けた。
「まだそのようなことを。神の御力に人の知が届こうはずも無い……傲慢と心得よ」
「……」
ヘジュケ殿下が黙って頭を下げるのに、ディオーラは扇を広げて口元を隠した。
ーーーなるほど。アレを神の権能と捉えるか、解明されざる技術と捉えるか、ですのね。
そこで二人の意見は割れているようだ。
魔術は理であるとし、その真理を追求する者を魔導士と呼ぶ。
それはつまり、技術や世界の規律として魔術を捉えて、知による解明を志すということだ。
たとえば、アトランテ王国やフェンジェフの皇都を覆う巨大な魔導結界を発生させる魔導陣は、太古より存在している。
魔力を供給するだけで起動すること、与える魔力量によって強度が変化すること、などは分かっているが、実際に魔導陣そのものを現在の魔導技術で再現可能か、と言われれば、出来ない。
古代文明と呼ばれる、超技術を持つ文明によって作られたとする説や、かつて現れた聖女の力によって作られたとする説があるけれど、その真相も現在は不明。
ただ、属人的な現象そのものの再現自体は可能ではある。
ベルベリーチェ上妃陛下のような、桁外れの魔力と魔術の才覚の持ち主であれば。
ただ、恒常的に、複数人の魔力を与えても同じように起動する魔導陣としての再現は、上妃陛下であっても出来ないのだ。
それを人知の及ばぬ神の奇跡、と捉えるか、単純に魔導技術が古代に追いついていないと考えるかの差はある。
属人的能力を与えられていることも含めて神の奇跡、と考えるのは『信仰』である。
宗教的に、あるいは伝承などで語られることを信じ、手を触れてはいけないと考える、ということだ。
故にハムナ王は、ヘジュケ殿下の言葉の『解明』という部分に反応したのだろう。
ーーーハムナ王家が一枚岩、というわけではなさそうですわね。
そうディオーラが思っていると。
「神秘、か」
ポツリとイルフィール陛下が呟いた。
その口調から察するに、どちらかといえば陛下は『技術』寄りの方だ。
皇都を覆う結界を維持する人材の枯渇を、神の奇跡から見放されたと考えず、ディオーラを手にして維持しようと考えた彼なのだから、それも当然の話ではあるけれど。
「下に降りれるのか? 人がいっぱいいるな」
一方、呑気なワイルズ殿下は、手すりから下を覗き込んで首を傾げていた。
殿下の言う通り、ピラミッドの周りには何もない、という訳ではなかった。
王墓と聞いており、確かに宙に浮いたピラミッドに向かって伸びている一本橋の前には強固な門と番兵がいるけれど、それ以外の土地は街側から地続きになっており、ハムナの民族衣装に身を包んだ人々が行き交っていた。
幾人かは、穴の底に降りていっているようにも見えた。
「……王墓の周りには、神の御力が働いております。周りに樹林がありますね。その中には清浄な水が湧くオアシスが存在しております。また、穴の底では常に砂金が取れるのですよ」
「砂金ですの?」
「ええ。採れるのは僅かずつですが、決して枯れることのない金と、豊富な水が、このハムナの王都を支えております」
王族は基本的にオアシスの水を使い、民衆は大河の水も飲むが、治療などに使うには綺麗な水の方が当然適しており、そうした用途で使われるのだそうだ。
「彼らは観光をしているのではなく、王家の許可を得て労働をしている者らです」
「なるほど。で、魔法生物は?」
ヘジュケ殿下の説明にあまり興味がないのか、ワイルズ殿下はすぐに別の質問をした。
ちょっと失礼と思うけれど、口を出すほどでもないのでディオーラは黙っておく。
旅の間に多少は気心の知れたヘジュケ殿下も気にした様子はなく、別の一角を指差した。
「あそこに居ますよ」
「む?」
その指差す先に、ディオーラはワイルズ殿下と一緒に目を向けた。
一本橋の先、ちょうどピラミッドの前辺りの左右に台座のようなものがあり、そこに石造りの彫像があった。
おそらくは雌雄なのだろう。
右にはライオンの鬣に男性の顔と上半身、肩口から下半身にかけては獅子の肉体を持ち、背中には鷲の翼が生え、尾は蛇となっている像。
左には、やはり獅子の四肢と蛇の尾を持ち、白鳥の翼を持つ美しい女性の上半身を備えた像だ。
「男性獣と、女性獣です。遥か太古より生き続け、ピラミッドを守護している神獣ですね」
「石像ではないか」
「昼間は眠っているのですよ。通常の魔物と違い、夜になると生物に変わって、ピラミッドに侵入しようとする盗人を食い殺します。動いている様子を見たいのなら、もっと遅い時間に来なければなりませんね」
「何だと!?」
ワイルズ殿下は、生きて動いているそれらを見れると思っていたのだろう、ショックを受けた顔をした。
「なら、何故夜に連れてきてくれないのだ!」
「夜はおやめになった方がよろしいですよ」
ちょっと理不尽に怒っているワイルズ殿下に、どことなく蔑むような目でハムナ王が口を挟んでくる。
「この地は神獣以外にも、夜は『妖魔』と呼ばれる悪霊が跋扈する地です。御身を危険に晒したくなくば、夜は大人しくしておくもの、というのが、この地におけるしきたりですので」
「む……だが」
「殿下。その辺りにしておかれませ」
『どうしても動いている神獣が見たい』と顔に書いてあるワイルズ殿下に、ディオーラはピシャリと告げた。
ーーー『妖魔』、ですのね。
いわゆる魔物や魔獣に類するモノのことか。
それとも……『王のしもべ』に関わる何かのことを指しているのか。
謎の生態を持つ神獣の存在。
ハムナ王の発言。
そして、と薄く目を細めて、最も人知を超えているモノであるピラミッドを見据える。
ーーー王墓。
もしかしたら、『不死の王』は実在しているのでは、とディオーラは考え始めていた。




