ワイルズ殿下から見て、どうですの?
「飽きた!」
ハムナに向かう道中で、大欠伸をしたワイルズ殿下は、またそんな事を言い始めた。
「と言っても、どうしようもないですわ」
「飛べばもっと速いではないか!」
「バンちゃんを置いてきたのは殿下でしょう。だからアトランテを出る時に、飛ばないのですかとお聞き致しましたのに」
殿下の白い飛竜バンちゃんや、ディオーラの乗騎であるグリちゃんは置いてきてしまっている。
一応皇帝陛下御一行ということで、馬車ではなく地竜に牽かせている竜車なので、馬車よりは格段に速いのだけれど、飛竜に比べれば遅い。
護衛の人数の問題で、飛んでしまうと向こうに着いた時のイルフィール陛下の護衛の人数が減ってしまうからである。
ちなみにハムナに向かっているのは、ディオーラとワイルズ殿下、ヘジュケ殿下、そしてイルフィール陛下のみ。
スラーアはついて来れないので、メキメルを引き留めた。
オーリオは皇国側の縁戚への挨拶回りがあり、それに付き合ってウォルフも皇都に居残っている。
ウォルフはさらに『海が近い方が良い!』とも言っていたので、多分砂漠の近くで港のないハムナに行くのが嫌だったのだろう。
帰りにはどうせ皇都に戻るので問題はないのだけれど、話し相手が減って暇になった殿下が駄々を捏ねているのだ。
「いっそ走るぞ!」
「わたくしもイルフィール陛下もヘジュケ殿下も、ワイルズ殿下の足のついていける訳がないでしょう。そもそも皇帝陛下を走らせようとしないで下さいませ」
ーーー全く、愚かですわねぇ。
ディオーラはこういうワイルズ殿下が好きなので、特に気にはならないのだけれど、と同乗しているイルフィール陛下とヘジュケに目を向ける。
「申し訳ございません」
「構わない。が、確かに退屈だな」
イルフィール陛下は、ククッとおかしげに笑った後、ヘジュケ殿下に目を向けた。
「この速度だと、ハムナへの到着はいつ頃だ?」
「そうですね。順調ですので、後三日といったところでしょうか」
「だそうだ。ワイルズ、王には忍耐も必要だぞ」
「む!?」
「どうだ、ディオーラ嬢。今からでも遅くはない。こんな短気な男とは婚約を破棄して、私の側妃にならないか?」
これは軽口の類いである。
なので、ディオーラはニッコリと答えた。
「あら、悪くないですわね」
「ディディディ、ディオーラ!?」
「冗談ですわ」
ワイルズ殿下が本気で焦ったので、即座に発言を撤回する。
「愚かですわねぇ、殿下。わたくしが今更、そんな選択をする訳がございませんわ」
もしそうするつもりなら、昔イルフィール陛下に誘われた時に受け入れている。
「そ、そうか……じゃない! なら最初から否定したら良いだろう!」
「……殿下が今まで、何度わたくしとの婚約を破棄しようとしたか、覚えておられまして?」
「1回だけだ!!」
「3回ですわ。懐き薬の件も殿下のせいですし、上妃陛下が怒ったのも殿下のせいですわ」
「上妃陛下の件は、どう考えても不可抗力だろう!?」
「殿下がしっかりしていれば済んだ話ですもの。つまりわたくしが婚約破棄を口にするのは、3回までは許される、ということですわ」
扇を広げて、ディオーラはコロコロと笑うが、ワイルズ殿下は納得しない。
ぐぬぬぬ……と両手を膝の上で握り締めて、吐き出した言葉は。
「ヤダ!!」
「子どもではないのですから、もう少し違う言い方をなさいませ」
殿下は本当に、無能ではないのに、こういうところだけはいつまで経っても変わらないのである。
「相変わらず、仲が良いな」
「それはもう。こうして旅行が出来るのも、殿下のおかげですわ」
と、ディオーラはシャラリと音を鳴らして腕輪を示してみせる。
少々欠陥のある瞳のせいで、魔力が体調に影響する自分の状態を、瞳の代わりに安定させてくれるものだ。
「知っているとも。その代わりに、グリフォンの養殖技術を公開したこともな」
「それについて、イルフィール陛下はどうお考えですの?」
ディオーラが微笑んでみせると、イルフィール陛下は肩を竦めた。
「率直に、余計なことをしてくれた」
「おい! 率直すぎるだろう!」
「素直な気持ちだろう。何せアレのせいで、勢力図が変わる可能性があるんだ。うちとしてもそちらに手をつけざるを得ない。皇位を継いだばかりで、難儀なことだ。なぁヘジュケ」
と彼が問いかけると、ヘジュケ殿下は小さく首を傾げる。
「どこよりも先に運用すれば、むしろ益ともなりましょう」
「それは違いないがな」
その穏やかなやり取りに、不穏さはどこにもない。
であれば、リオノーラの発言は気にしなくて良いのだろうか。
ーーーけれど。
もしヘジュケ殿下が何かを企んでいるのなら、おそらく狙いはイルフィール陛下である。
「ワイルズ殿下」
「何だ」
足を組み、不貞腐れたように窓の外に目を向けているワイルズ殿下に、ディオーラはさりげなく話のネタの形で問いかける。
「殿下から見て、ヘジュケ殿下はどのように映りまして?」
「ヘジュケ殿の印象……?」
ワイルズ殿下は片眉を上げて、チラリと彼を見る。
「剣の腕はさほどでもなさそうだ」
「なるほど、他には?」
「他に……そうだな、あまり自分から喋らんとは思うな!」
ディオーラは小さく頷き、ヘジュケ殿下に目を向ける。
「どうでしょう、ワイルズ殿下の人物評は?」
「そうですね。実際、あまり剣も喋るのも得意ではありませんね」
「では、何が得意なのだ?」
「そうですね……」
ヘジュケ殿下は、少し考えてから、こう答えた。
「遊戯は、得意かもしれませんね」
と。




