不穏なお話ですわね。
「では〜わたくし達はこれで〜」
「またご縁があれば」
「ああ」
「旅のご多幸をお祈り致しますわ」
フェンジェフ皇国の港に到着すると、リオノーラとレイデンはそこで別れた。
彼らは新婚旅行の最中なので、この後フェンジェフの名所を幾つか巡ってから、属国のハムナ王国に赴くそうだ。
その前に、ディオーラはリオノーラに一つ耳打ちされたことがあった。
『ヘジュケ殿下にお気をつけを〜。あの方の役職は〜『狂信者』ですわ〜』
『『狂信者』……?』
その言葉の意味を、ディオーラは理解出来なかった。
ーーーヘジュケ殿下が何かを企んでいる、ということかしら?
フェンジェフ皇国への来訪は、イルフィール殿下の皇帝継承祝いと、お誘いを受けたハムナ王国への旅行。
『王のしもべ』に喩えたということは、彼は人を害す側の人間、ということになる。
『狂信者』は、『王のしもべ』を……ひいては不死の王を信仰し、生贄を捧げる者に協力する側だからだ。
では、誰が『王のしもべ』であり、どこに不死の王がいるのか。
少し引っ掛かりを覚えつつも、旅行を中止するわけにはいかない。
何故なら、イルフィール殿下のお誘いということは、この旅行は立派な外交であり、国務なのである。
彼の耳に入れて、警備を強固にするように計らうことは出来るでしょうし、ハムナ王国への旅行を中止することは出来るかもしれないけれど。
ーーー確証がございませんし。
一番の難点はそこである。
そもそも、リオノーラの発言の真意も分からない段階なのだ。
仮に何かあったとしても、ワイルズ殿下自身は特に心配する必要がない、とディオーラは思っている。
殿下は愚かではあっても、決して無能でもなければ軟弱でもない。
むしろ彼に勝るのは上王陛下や上妃殿下くらいしかいない、という程に、腕が立つからだ。
何か起こるとしたら、問題はイルフィール殿下である。
そうして、ディオーラ達は皇都に赴いた。
フェンジェフ皇国は、大国である。
ディオーラ達の住むアトランテ王国は大島であり、地図上の南西に位置している。
大島から見て北の方角にあるのが皇国で、東の大陸の半分を征していた。
そこからさらに東に向かった先の暑い地域にあるのが、属国のハムナ王国になる。
皇国に匹敵する国力を持つのは、西に向かった先にある中央大陸のバルザム帝国のみで、皇国が国土の広さでは随一だ。
イルフィール殿下は、その巨大な国家を手にする人物なのである。
魔術的素養のある人物が減っていることから、この皇都を守る結界の維持が困難になっているという理由でディオーラを手にしようとした彼だけれど、決して性悪な人物ではない。
むしろ本来想いあっていた婚約者との縁談をなしにしてまでディオーラを手に入れ、国の為に在ろうとしていた誠実な王族だ。
他国であるアトランテの迷惑、という点を考えなければ、だけれど、どこの国の為政者でも自国を第一に考えるのは至極当然の話なので、ディオーラはその点については気にしていなかった。
国内の敵対勢力も廃し、アトランテから魔術に関して素養のある者を援助し、またメキメルと彼の妹スフィーアの縁談話もスムーズに進んでいる。
憂いがなくなった、と思ったタイミングでの耳打ちに、ディオーラは少し嫌な予感がしていた。




