『王のしもべ』ですの?
「今日も王国の夜が明け、朝がやって参りました。『王のしもべ』は、昨晩生贄を拐わなかったようです」
ヘジュケが、穏やかにそう述べた。
この遊戯は、『狼と羊』同様、いくつかのパートに分かれている。
主に、『王のしもべ』を見つける為の議論時間。
その後、誰が『王のしもべ』だと思うかを一人一人述べて、追放する為の投票を行う。
最後に、生き残った『王のしもべ』がいれば、生贄を捧げる為に再びゲームマスターとの対話時間で、遊戯から消える人物が決定される。
「それでは、議論時間に移りましょう。今回、多くの『民衆』に怪しいと目された人物は……ワイルズ殿下です」
「ぬなぁっ!?」
明らかに狼狽えた声を上げて、殿下が視線を彷徨わせる。
「なっ、何故私が怪しいのだ!?」
「カードを引いた後から、明らかに狼狽えているからですけれど」
これは遊びなので、ディオーラは皆の前だけれど遠慮しなかった。
殿下の愚かわいさは、遊びでもで手合わせでも何でも良いけれど、勝敗が決まる対決をする時が一番愛でられる。
基本的に負けず嫌いなので、すぐにムキになるからだ。
ーーーけれど、あまり早く勝負を決めてしまうと、面白くないですわね。
ほぼ確実にワイルズは『王のしもべ』なのだけれど、ディオーラはさりげなく助け舟を出すことにした。
「殿下は、『王のしもべ』ではありませんの?」
「と、当然だろう! そそそんな疑いそのものが不敬だぞ!?」
「これは遊戯ですから……ですが、殿下は『民衆』ではないでしょう? もしかして『預言者』ですの?」
『預言者』は最初に、ゲームマスターから一人だけ、誰がどの役職かを聞くことが出来る。
それが『民衆』であればその人物を疑わなくて良いし、もし『王のしもべ』であればそれを指摘出来る人物だ。
「『預言者』……そう、それだ! わ、私は預言者だぞ!」
「なるほど……では、どなたが『王のしもべ』、あるいは『民衆』か、ご存知ですわね?」
「あ、ああ」
と、ディオーラが言った時に、ワイルズの目がすぅ、と弟のウォルフに流れた。
しかし、さらに言葉を重ねるより前に。
「あの〜」
のんびりのんびり、ニコニコしているリオノーラが手を挙げた。
「どうなさいました? リオノーラ様」
「わたくしも〜、『預言者』ですの〜。ワイルズ殿下とお揃いですわね〜」
「にゃにゃ、にゃんだとぉ!?」
ワイルズは、リオノーラの宣言にさらに声を張り上げる。
「『預言者』が、二人もいるわけないだろう!!」
「でしたら、どちらかが嘘をついていますわね」
リオノーラの完璧なタイミングでの告白に、ディオーラは思わず笑みを漏らす。
どうやら彼女は、そののんびりとした動きや口調に見合わず、この手の遊戯が上手い感じがした。
何故なら、今回の遊戯の場合、どちらかが『王のしもべ』であることが確定するからである。
『民衆』『王のしもべ』『預言者』しか役職がない場合。
自分が疑われた時に『預言者』である、と嘘をつく必要があるのは『王のしもべ』だけである。
参加者が7人で、うち2人が『王のしもべ』なら、『預言者』を含む『民衆』側は残り5人。
この議論でワイルズかリオノーラを追放すると、夜になる。
そして残った『王のしもべ』が1人を生贄に捧げると、参加者が5人に減る。
もし追放されずに残ったのが『預言者』であれば、ゲームマスターに疑わしい人物の役職を聞いた『預言者』によって『王のしもべ』側はもう一人の正体がバレる危険があるので、『預言者』を生贄に捧げなければならない状況だ。
そして『預言者』が生贄に捧げられれば、『王のしもべ』は生贄にはならないので、先に追放されたほうが『王のしもべ』で確定する。
もし正体がバレるリスクを背負って『王のしもべ』が別の人物を生贄に捧げても、先の投票で生き残ったもう1人を追放すれば、確実に『王のしもべ』1人と『民衆』3人になる。
そして次の生贄が捧げられ、残りは『王のしもべ』1人と『民衆』2人。
間に一度、議論時間があるので、最後の議論と合わせてその間にもう一人の『王のしもべ』の正体を探ればいい……のだけれど。
「わたくしは〜、ゲームマスターからディオーラ様が『民衆』だと伺っていますわ〜。投票で追放されなければ〜、次の夜の時間に〜、ウォルフ殿下の役職をお伺いしますわ〜」
と、リオノーラがのんびりのんびり、発言した。
ーーー詰みですわね。
ディオーラは、思わず目を丸くする。
「ぬぬぬ、ぬぁんでウォルフなのだ!? のんびり女!」
「殿下?」
「……リ、リオノーラ夫人」
さらにワイルズが狼狽えて口にした言葉をディオーラが諌めると、彼が言い直す。
「えっと〜、先ほど正体を指摘された時に〜、ウォルフ殿下を見ましたので〜。わたくしは〜、本物の『預言者』ですから〜、ワイルズ殿下がウォルフ殿下の役職をご存じなら〜、それはおそらくウォルフ殿下が『王のしもべ』で〜、ワイルズ殿下の仲間だからですわ〜」
「完璧な推論ですわね。リオノーラ様を正とした場合は、ですけれど」
ディオーラがそう口にすると、リオノーラはニコニコしたまま首を縦に振る。
「そうですわね〜、ですから〜、この後の展開次第ですけれど〜、わたくしとワイルズ殿下が退場した後に〜、どちらが正であるかを確定していただいて〜、ウォルフ殿下かディオーラ様を追放すれば〜、おしまいですわね〜」
「……すまない、リオノーラ。どういう意味だ?」
レイデンがそう問いかけると、リオノーラはディオーラを見て首を傾げる。
「ディオーラ様であれば〜、お分かりかと〜」
「ええ。もし仮にリオノーラ様が『王のしもべ』であった場合は、ワイルズ殿下が本物の『預言者』となりますわね。その場合、リオノーラ様が庇ったわたくしの疑いが一番濃くなりますわ」
リオノーラの宣言により、ワイルズとウォルフ、リオノーラとディオーラの間に関係性が生まれたのである。
この四人を『王のしもべ』は生贄に捧げられない。
捧げてしまうと、どちらが『預言者』であるかが確定してしまうからだ。
ディオーラから見ると、自分を『民衆』と看破したリオノーラは『預言者』なので、ワイルズとウォルフを追放すれば勝ちである。
残りのメキメル、オーリオ、レイデンが生贄に捧げられた場合は、ディオーラから見ると、残り五人の内リオノーラとディオーラ、そしてウォルフの役職が確定する。
もし彼が『王のしもべ』なら、そのまま彼に投票して、残り3人の内1人でも支持を得れば、ゲームエンド。
『民衆』の勝ちとなる。
もしウォルフが『王のしもべ』でないとするのなら、『民衆』側であることが確定するので、残り2人にリオノーラ、ディオーラ、ウォルフで投票すれば勝ちとなる。
のだが。
「も、もし仮に私が『王のしもべ』だとしても、何故ゲームマスターにウォルフの正体を訊くことになるのだ! 意味が分からんぞ!!」
仲間まであっさり見破られたワイルズは、自分が失言していることにすら気付いていない。
ーーー愚かですわねぇ、殿下。ゲームマスターに『尋ねる』と言っている時点で、リオノーラ様が『預言者』と認めているようなものですわよ。
ディオーラは、思わず扇を広げて笑いを堪えつつ、ワイルズに再度告げる。
「リオノーラ様のおっしゃる通りですわよ。『ゲームマスターに誰の正体を聞いたのか』という質問の後に、ワイルズ殿下はウォルフ殿下をご覧になったのです。そのタイミングで見れば、誰の正体を知っているか丸わかりではないですか」
「ぐぬっ!?」
「フェイクであれば大したものですけれど。……まぁ、ワイルズ殿下ですから」
「何だその含みは!?」
「あーあ、まるで勝負になってねーじゃねーか。オレはワイルズに投票するぞ」
当然のように、遊戯の条件をきちんと理解しているメキメルがそう告げて、オーリオも追従した。
「ですわね。明らかにリオノーラ様達の方が論理的ですわ」
「ありがとうございます〜。レイデンは〜、どうなさいますの〜?」
問いかけられたレイデンは、リオノーラとワイルズの表情を見比べた後、ウォルフの方を見る。
「ウォルフ殿下は、『王のしもべ』であらせられるか?」
あまりにもド直球の質問だった。
普通なら、否定してしかるべき場面だけれど。
「そうだ!」
と、ウォルフが力強く頷いた。
それを受けて、婚約者のオーリオが眉根を寄せて頭痛を感じたようにこめかみに指を添える。
「ウォルフ殿下……それを認めてしまっては遊戯が成立しませんわ……」
「なんと!? そうなのですか!?」
「あなた、遊戯のルールをちゃんと聞いていまして?」
結局。
ストレートに投票でワイルズとウォルフが追放され、『民衆』側の勝利になった。
ヘジュケは、そのやり取りの間中、堪え切れないように笑みを漏らしており。
「アトランテ直系の方々は、非常に素直なのですね」
と、バカにした様子もなく、最後にそう口にした。
全く勝負になりませんでした。




