お誘いしますわ。
「王のしもべ、というのは、どのような遊戯ですの?」
ヘジュケがカードを手にしたのを見て、ディオーラが尋ねると。
「我が王国に伝わる伝承を元にした遊戯です。大昔、我がハムナ王国には、神の化身たる大蛇が存在したと言われております」
その大蛇は生贄を要求し、王はそれに応じて権威を保っていたという。
「ある時、我が祖先たる魔術に長けた古き王が、その大蛇の力を得んとして、策略を練ったそうです。詳細は省きますが、結果として王は大蛇の力を手にして、不死となったと」
「……王が不死になったのなら、今も存在していなければおかしくないか?」
訝しげにワイルズが尋ねると、ヘジュケは穏やかな笑顔のまま、一つ頷いた。
「ええ、話には続きがあります。古き王は不死を得たが、人ならざる存在と化したのです、そして神であった大蛇のように、人を喰らい始めた。それを憂いた一人の王子が、神器をもってピラミッドの奥深くに王を封じ、新たな王となった……というのが、我がハムナの伝承です」
「それがこの遊戯と、何の関係がありますの?」
オーリオが話の続きを促すと、ヘジュケはカードを広げながら、さらに語る。
「この先は、民衆が語る一種の怪談ですが。不死なる王は、今もまだ生きており、生贄を欲している、と。封じられ身動きが取れないまま、不死なる王は魔術によって、自らの邪悪な『しもべ』を作り出しました。その『しもべ』が民衆に混じり、今も人を攫っては王に捧げている……これは、そんな風に民衆をおびやかすしもべを見つけて追放する遊戯、なのです」
「その話、聞いたことがあるぞ。不死の魔術については興味がある。お前は知っているのか?」
メキメルが、魔術に関することだからか興味津々の顔で、へジュケに尋ねるが。
「残念ながら、魔術の内容については誰も知りません。不死なる王を封じた王子が資料を焼き払った、と言われております」
「何してくれてんだよ」
メキメルが口をへの字に曲げるが、へジュケは、気にした様子もなく、ニッコリとテーブルに置かれた二枚のカードを指し示す。
「では、ここからは遊戯の内容についてですが。一人はゲームマスターとして、ゲームの進行を致します。プレイヤーはカードを引き、そのカードに書かれてある通りに、『しもべ』側と『民衆』側に分かれます」
言われて、ディオーラは示されたカードを見る。
そこには禍々しい絵柄の兵士のような『しもべ』のカードと、ハムナの伝統衣装を身につけた一組の男女が描かれた『民衆』のカードがあった。
「『民衆』は話し合いで、怪しい人物を投票で追放します。『しもべ』が一人なら、『しもべ』が追放された時点で遊戯は終わりです。追放されなければ、ゲームが進行します」
ゲームマスターはそれぞれ一人ずつ話しをして、民衆側には他の怪しい人物を訊ねるという。
「その際、生き残った『しもべ』は、誰か一人『生贄に捧げる相手』をゲームマスターに宣言出来ます。二人いる場合は、後に話し合いをした『しもべ』に最終決定権があります」
『しもべ』が二人いれば、二人とも追放せねばならず、『しもべ』と『民衆』が同数になれば民衆の負け、という話だった。
「他のカードは、どのような役割を?」
カードはまだ複数枚あるので、ディオーラが尋ねると。
「他は遊戯を複雑にしたり、どちらかを有利にしたりするカードですね」
ヘジュケは、それも説明してくれる。
一枚は『神官』。不死なる王の『しもべ』から、民衆を一人守ることが出来る人。
一枚は『魔術師』。妖魔との取引で、追放された者が『しもべ』であったかどうかを知れる人。
一枚は『預言者』。神のお告げにより、怪しいと思った一人が『しもべ』かどうかを知れる人。
一枚は『狂信者』。不死なる王を崇めており、『しもべ』ではないが『しもべ』に協力する人間。
「狂信者は人間です。が、『しもべ』側の人間なので、『しもべ』が負けると負けとなります。魔術師に看破はされませんが、『民衆』を生贄に捧げることは出来ません」
「なるほど。殿下、これは『狼と羊』ですわ」
「ああ……だよな」
説明を受けている間に薄々気付いていたのか、ワイルズが少し嫌そうな顔をしていた。
彼は、この手の遊戯があまり得意ではないのだ。
「おや、似たような遊戯が、アトランテ王国にも?」
「ええ。ルールも似たようなものですわ」
「では、話が早いですね。今回に関しては、私がゲームマスターを務めましょう。参加されるのは、ワイルズ殿下、ディオーラ様、ウォルフ殿下、オーリオ様、メキメル様の五人となりますね……どうします? もう少し人数がいる方が面白くなるかと思いますが、どなたかお誘いしますか?」
豪華客船は、フェンジェフ皇国のある東の大陸と、バルザム帝国のある西の大陸、そして北を上にして逆三角形の位置にあるアトランテ王国の大島が囲う近海を周遊しているのだ。
身元の確かな者が、それなりに高額な料金を支払えば乗ることが出来る。
なので、他にも乗客がいる。
「む! では、レイデンとのんびり女を誘おう!」
と、ワイルズが名案を思いついたように席を立つ。
ーーー分かりやすいですわねぇ。
レイデンと、ワイルズがのんびり女と呼んだ彼の妻、リオノーラは、旅行でフェンジェフ皇国に赴くらしい二人連れだ。
南西の王国で辺境領騎士団に所属していると言っていた彼と、ワイルズは乗船前に顔見知りになっていたのである。
『そこの君! 腰に佩いたその剣、もしや『レプリカ』では!?』
ワイルズはレイデンに対して、出会い頭にいきなりそう声を上げたのだ。
『……アトランテ王国の方ですか? これを、ご存知で?』
『ああ! 私も持っているからな!』
『なるほど……失礼ですが、お名前をお伺いしても?』
レイデンが、ワイルズが叩いた腰の剣を見て納得したように頷き、そう口にする。
『ワーワイルズ・アトランテだ!』
『アトランテ……?』
『あら、あら〜』
一瞬、レイデンが訝しげな顔をすると、横にいた、白いレースのつば広帽を被った柔らかい雰囲気の女性が声を上げた。
『レイデン〜? この方、アトランテ王国の王太子様ですわ〜』
『王太子殿下……!? お顔も存じ上げず、申し訳ありません』
『会ったこともないのに、顔を知っている方がおかしいだろう。それより、そこの間延びした喋り方のおん……』
『殿下?』
『……こほん、隣の女性はどなたかな?』
ディオーラが失礼な物言いをしそうになったことに釘を刺すと、ワイルズが咳払いをして言い直す。
『こちらは妻です。申し遅れましたが、私はレイデン・アバランテ。ライオネル王国南部辺境伯騎士団長を務めております』
『リオノーラ・アバランテですわ〜。レイデンの妻です〜』
『……その喋り方、なんとか』
『で・ん・か』
『いや、何でもない』
ポワポワとした雰囲気の彼女は、元来短気なワイルズとソリが合わなさそうだと思いつつ、ディオーラも名乗る。
『わたくしは、パング侯爵家が長女、ディ・ディオーラと申します。どうぞお見知り置きを』
殿下は、そうして知り合った彼ら……主にレイデンと、乗船後、聖剣のレプリカを得た経緯や、旅行の理由などを言い交わして意気投合し。
『今度手合わせをしよう』と約束して別れてから、船酔いでノックダウンしたのである。
「誰か誘いに行かせますか?」
「いや、私が行くのが一番早いだろう。少し待っておけ!」
と、殿下は元気に走り出そうとしたが……。
「殿下が本気で走ると船内が荒れますので、どうぞ、早歩き程度で行かれませ」
「わ、分かっている!」
ディオーラが口を挟むと、ワイルズは大人しく早歩きで消えて行った。
ちなみにそれでも、食堂に風が巻き起こり、彼のことを知らない乗客らが少し唖然としている。
「ワイルズは、頭も悪くなけりゃ体も魔獣並みに頑丈なのに、なんであんなガキなんだ?」
「そうでなければ、王太子など務まりませんよ!!」
「言っとくが、褒めてねーからな。お前も同じだし」
メキメルが呆れたように鼻を鳴らすのに、ウォルフが答える。
そんないつものやり取りに、オーリオが黙ってため息を吐いていた。
ゲームの説明は、やっぱりめんどくさいですね。
というわけで、謎の二人組登場です。いったい誰なんでしょうね。




