船酔いですの?
「……愚かですわねぇ、殿下」
「こ、心の底から呆れた、みたいに、言うな……おぇっぷ……」
真っ青な顔をして、ベッドにぐったりと横たわるワイルズが言い返してくるが、全く勢いがない。
抱えた桶の中に、今にも吐き戻しそうな様子である。
「船酔いが酷いと分かっているのに、何故船で行こうとしたのです」
ディオーラは、貴族学校の長期休暇を利用してワイルズと旅行に出ていた。
今は船上で、向かう先はフェンジェフ皇国……以前留学して来ていた、イルフィール殿下とスラーア殿下が暮らす国である。
無事皇太子となるらしいイルフィール殿下より『式典に来ないか』というお誘いがあったのだ。
今までは、そうした国外で賓客の役目を負うのはワイルズだけだった。
しかし、ディオーラの体調の問題が消えたので、こうして一緒に向かっているのだけれど……。
「仮にも、海産や交易を担う島国の、王太子が……船に弱いなどと言えるか……」
「本当に、どうでもいいプライドだけは高いですわねぇ……」
別に愛竜に乗る手も、グリちゃんに乗る手も、あるいは別の運転手が籠を吊って飛ぶ空車という手もあったというのに。
「それに、ディオーラは、乗る、つもりだっただろう……」
「せっかく皇国が出して下さった船ですから。賓客が全員乗らないわけにはいかないでしょう」
今回の式典は二人の他に、向こうの側妃と血縁がある公爵令嬢のオーリオと、スラーア殿下と両想いになって文のやり取りを交わしているというメキメルも乗っている。
そしてもう一人、オーリオの婚約者であり、海に関わるものなら何でも大好きな第二王子のウォルフが『豪華客船に是非乗りたい!!』とノリノリでついて来ていた。
「意地を張って結局景色も見られない、では、乗る意味がないではありませんか」
「最初、だけだ……いつもそう……うっぷ……」
と、頬を膨らませて吐き気に耐えるワイルズは、死んだ魚のような目でこちらを見る。
「こんなところに、いないで……一人で、行って来ても、良いんだぞ……?」
「それでは、つまらないでしょう」
と言っても、ディオーラがここに居たら吐き戻せないのだろう。
扇を広げ、ため息を吐いて立ち上がると、ワイルズに微笑みかける。
「自室に戻っておりますから、体調が回復したら二人で散策いたしましょう。……その為に、わざわざ船を使って下さったのでしょう?」
「……」
ワイルズは答えなかったが、吐き気に耐えて顔を背けているフリをした横顔が、図星を刺されたことを物語っていた。
愛騎である白いワイバーンのバンくんも、今ディオーラの屋敷で飼っているグリちゃんも……ワイルズが空を飛ぶ生き物を好むのは、飛ぶことは好きで平気だからなのだ。
海竜に引かれているこの豪華客船よりも遥かに早いし、彼の体力であれば、皇国まで三日間騎乗しっぱなしでも問題なくたどり着ける。
なのにそうしなかったのは。
「わたくしは、これでも殿下と初めての国外旅行を楽しみにしていますのよ? 早く良くなって下さいね?」
「……言われなくても……」
呻く殿下を専属執事と侍女に頼んで船室を出たディオーラは、相変わらず素直じゃないワイルズの心遣いと失敗に、思わず頬を緩める。
ーーー本当に、わたくしの殿下はいつも愚かわいいですわ。
ディオーラは自室に戻ると、同船しているウォルフに対して『良い酔い止めはないか』と尋ねる伝令を出した。
彼なら、そうしたものに詳しいだろうから。
ーーー弟なのですから、最初から自分でそうしておけば良いのに。
これで、明日には良くなるだろう。
せっかく楽しい旅行にしようと思ってくれていただろうに、ワイルズは本当にいつも、詰めが甘いのである。
そんなところも、それはそれで好きなのだけれど。
というわけで、海外旅行編です。
皇国に着くのは少々先になるかと思いますが、のんびり更新して行きますー。




