殿下は愚かで可愛くないと、いけないのですわ!!
そうして、ベルベリーチェらが危なげなく魔獣大侵攻を収めてから、さらに一週間。
ワイルズは帰国し、夕暮れの貴族街をぶらぶらと歩いていた。
「クソ、思ったより時間が掛かってしまった……!」
交渉も長引いたが、帰国してすぐに、フェレッテと共に宰相に捕まってしまったのである。
すぐにでもディオーラの見舞いに向かいたかったのに、とんだ誤算だ。
フェレッテも疲れているだろう、とどうにか説得してディオーラの所在を聞くと、彼女は『小康状態になったから』と王宮から実家に帰ってしまっているらしい。
とことんツイていない。
馬車の準備も先触れも待っていられるかと、ワイルズはこれ以上邪魔される前に宮廷を抜け出していた。
一応、帯剣はしている。
するとふと、妙な気配を感じた。
目を向けると、フードを被った人物がそこにいて、特にこちらの身分も気にした様子もなく声をかけてきた。
「この辺りで、巨大な魔力を持つ女を知らぬか?」
※※※
「何だ、お前は?」
たまたま見かけた貴族らしき金髪の優男に声をかけると、訝しげな顔をして問い返してきた。
「誰でも良かろう。それより、質問に答えよ」
すると、どうやら心が狭いのか粋がっているのか、ムッとした表情になり、口をへの字に曲げる。
「急いでいるというのに、どいつもこいつも……魔力の強い女など、いっぱい居るが!? 上妃陛下も母上も巨大な魔力を持っている。知らんのか?」
「違う。年嵩の女ではない」
フードの奥で、首を横に振る。
男は、自分の感覚に従ってこの地へと赴いていた。
巨大な結界が張られたこの大島に、自分の贄たる女がいることを『力』を得た時に理解したのだ。
故に、魔獣どもを唆し、この大島を襲わせた。
もう少し善戦するかと思っていたのだが、どうやらすぐに撃退されたようだ。
しかし、『自分が大島の中に入る』という、当初の目的は果たせた。
後は贄を見つけるだけなのだが、どうにも、後一歩のところで気配が掴み切れない。
もう少しなのだ。
その贄が、この近辺にいるのは間違いない。
だから、優男に声を掛けた。
ーーー贄の正体が知れれば、用はないがな。
知らなければこの場で、知っていれば脅して案内をさせて、始末してしまえば良い。
男がそう考えていると、優男はますます顔をしかめる。
「……まさか、ディオーラのことか?」
「ディオーラ、というのか、その女は」
「どうするつもりだ?」
「喰らう。案内せよ」
男は、魔族王と呼ばれる存在。
しかしつい先頃得た『力』を、真に我が物とする為には……その贄を喰らう必要があるのだ。
面倒なことだと思いながら、動こうとしない優男に対して再度口を開く。
「何をしている。案内……」
せよ、と言いながら、優男を少し素直になるように痛めつけてやろうと、手をかざしたところで。
突然、視界が傾き……ゴトン! と耳元で音が鳴った。
ーーー?
「お前、ディオーラ狙いか! ダメだぞ! あいつは私の婚約者なのだ! お前みたいな化物に、渡すわけないだろ!!」
「それにく、喰うとか! そ、そういうことはだな、きちんと結婚して、し、初夜を迎えてからするもんだからな!?」
その手には、いつの間にか抜いたらしい剣が握られており、紫の血がついていた。
顔を真っ赤にしながらこちらを指差す優男は、何故か真横に傾いている。
いや、そうではない。
傾いているのは男の方だ。
剣に付いているのは
自分の、血。
首を落とされたのだ、と、そこで気づく。
たった一撃で。
しかも、目ですら追えない速度の。
魔族王たる、自分が。
こんな優男に。
しかも、たかが首を落とされた程度で再生する気配がないどころか、徐々に感覚が失われていく。
ーーーまさか、聖剣、か?
優男の手に握られた白い剣を、男は呆然と見つめる。
ーーーな、何者、
だ? と思う寸前に、プツン、と意識が途切れた。
※※※
「明らかに人間じゃなかったから斬ったけど……何だったんだ? コイツ」
外套だけを残して、灰になって散った魔族王……本来であれば世界の脅威たる存在を、そんな意識もなく斬って捨てたワイルズは。
交渉に赴いた時に贈呈された、異国の魔導具士が開発したという聖剣の複製を見た。
軽くて扱いやすいそれについた血も、男が崩れ落ちると共に痕跡すら消えていたので、鞘に納めてから首を傾げ……すぐに肩をすくめて身を翻す。
「まぁ、どうでも良いか」
殺気も放っていたし、気配も異様だったし、ディオーラにいかがわしいことをすると宣言するようなモノだ。
魔獣や魔性の類いなら、後で父上に報告しておけば大した問題にはならないだろう。
「それよりも、急がんと本気で日が暮れてしまう!」
ワイルズは、慌てて走り出した。
ディオーラの実家であるパング侯爵家の正門は、もうすぐそこだった。
ちなみに、門番はこういう形でのワイルズの訪問に慣れているので、すぐに取り次ぎをしてくれ……ワイルズは、どうにかその日の内に、ディオーラに会うことに成功した。
※※※
「ディ……ディオーラ? 何だ、怒ってるのか?」
客室でソファに腰掛けて殿下を迎え入れたディオーラは、入ってきた瞬間から彼を睨みつけていた。
狼狽え、顔を引き攣らせて視線を彷徨わせている殿下は、いつもの殿下だ。
やつれたりくたびれた様子もないし、至って健康そう。
ーーーわ、わたくしがこんなにも気を揉んでいましたのに……!
しばらく隠し事はするしコソコソするし上の空だったかと思えば、突然異国に飛び、国の一大事にいなかったかと思えば、非常識な時間の訪問。
殿下である。
憎たらしいほどにいつもの殿下だ。
「……」
ドレスのスカートを握りしめ、ぷくぅ、と徐々に頬を膨らませていくディオーラに、慌てたように殿下が手を上げる。
「待て待て! 何だ、私は何かしたか!?」
「何かしたか、じゃ、ございませんわ!! 何もしてないと思う方がおかしいですわ!!」
ディオーラは殿下のことでこんなにも気を揉んでいるというのに、全く悪びれた様子どころか、理由すら分かっていなさそうである。
そんな殿下に。
ディオーラはくわっと目を見開いて、思いの丈をぶつける。
「殿下……殿下は! わたくしを出し抜いてはダメなのですわ!!」
「は?」
ぽかん、とする殿下に、ディオーラは拳を自分の膝に叩きつける。
「殿下は、殿下は愚かで可愛くないと、いけないのですわ!! わ、わたくしに黙ってこそこそするなら、バレる様にしてくれないと、ふ、不安になってしまいますわ!!」
「ディ、ディオーラ?」
「殿下に嫌われたら、嫌ですわ!!」
いつもと何も変わらないからこそ、不安になる。
何も変わっていないのに避けられたら、何かしてしまったのかと思ってしまうのに、殿下はちっとも分かってない。
感情が溢れてディオーラがぼろぼろと涙をこぼすと、殿下はサッと顔色を変えた。
「ま、待て! なんでそうなるんだ!?」
「だって、だって殿下なのに! 殿下はいつもの殿下なのに、隠し事してましたわ! 隠してることを誰も教えてくれませんでしたわ! 酷いですわ!」
「ちょ、え!? いやあの、な、内緒にしてたのはその……」
「わたくし、殿下に嫌われてしまったのかと、こんなに心配していましたのに!!」
昔もそうだった。
殿下に嫌われたのかと思うと、ディオーラはダメなのだ。
いつも以上に不安定になって、皆に迷惑をかけてしまう。
「嫌うわけがないだろう!」
大きな声を出した殿下にビクッとしてから、ディオーラはハンカチを取り出して顔を押さえながら、グズ、と鼻を啜る。
「……本当ですの?」
「当然だろう!」
「だったら、何で隠し事をしましたの?」
ごまかしたら許さない、という思いを込めて睨みつけると、殿下は、あー、だとか、うー、だとか呻いた後に、開き直ったかのように胸を張った。
「その……う、上手くいかなかったらカッコ悪いだろう!?」
「今更ですわ……」
「うぐっ……!」
存在感を消して立っているメイドや執事に目を向けると、皆が笑いを堪えるように肩を震わせている。
「そ、そういう言い方は……まぁ、いい。うん、今はいい……」
ブツブツと呟いた後に、殿下が近づいてくる。
「最近色々やっていたのと、外国に行っていたのは……これを、作ってもらう為だ!!」
と、殿下が箱を取り出して蓋を開けると……入っていたのは、指輪だった。
「……え?」
「失礼するぞ!」
するっと殿下に左手を取られると、そのまま箱から取り出した指輪を薬指に嵌められる。
すると途端に、体内の魔力が安定して、呼吸が格段に楽になった。
「……!? これ、は?」
「魔力制御装置だ」
混乱しているディオーラに、さらに殿下が予想外の驚きを重ねてくる。
でも、膝をついて手を取る彼の表情は、真剣だった。
「ディオーラがいつまでも健康にならないから、考えたのだ!」
自分が次期国王として出来ることと、将来ディオーラが憂いなく王妃なる為に、必要なこと。
それを必死に考え、そうして得た解答がこれだと、殿下が告げる。
「罪人に嵌める【魔封じの腕輪】というものがあるだろう。アレを発展させた魔導具士が、異国にいると聞いてな! 国際魔導研究機構を通じて、コンタクトを取ったのだ!」
「わ……わたくしの、為に?」
「苦労したんだぞ! フェレッテ嬢とサーダラ兄ぃに協力して貰って、この島で研究されていたグリちゃんの、魔法生物の繁殖と飼育のノウハウを提供してもらって、それを国際魔導研究機構を通じて技術提供する見返りに、もぎ取って来たのだ!」
ーーーそれは。
ディオーラは、喜びよりも先に、その後に起こることを考えて息を呑む。
飼育技術が広がる、ということは、騎乗用・運搬用として本格的に……航空輸送手段として、グリフォンという存在が世界中に広がるということだ。
今まで繁殖や制御の難しく個体数が少ない飛竜等しかいなかった為、限定的な利用しかされていなかった『空』という場所が、人の手中に収まるということ。
「殿下……!! それは!」
そうなれば、その後に起こることは。
「分かってる、分かってるから言うな! この技術が悪用されたら、戦争でグリフォンが使われる可能性くらい、私だって考慮した!」
「だ、だったら!」
「それでも! 先天性の瞳の疾患で苦しんでるお前を助けるには、これしかなかったんだ!」
ディオーラの反論を塞ぐように、殿下は眉根を寄せて言葉を被せる。
「繁殖自体は、既に可能になっているんだ。希少種であるグリフォンの保護と研究の為に、遅かれ早かれ、技術は広まっていく。……だから、少しでも自分達の、この国の利益になるように、先手を打った」
そう口にする殿下の顔は、ディオーラの知っている殿下のものではなかった。
政治、というものに足を踏み入れた、為政者の顔を、していた。
「だから、少しでも、軍事利用を遅らせるように、出来る限りの条約を盛り込んだ。現在は希少生物であることを理由に、グリフォンを保護するように、段階的に商業利用を進めるように。将来的には分からないが、今の王国と帝国の王太子は信用出来る」
少し前までは、大陸は戦争ばかりだった。
現在は大陸北部で起こった戦乱の終息をもって小康状態だが、いつまた、戦争が起こるか分からない。
それでも、と殿下は決断なさったのだ。
「条約が有効な間に、なるべく平和利用を目的として繁殖手段を広めて、他国をグリフォンを使って一方的に蹂躙するような状況にはさせないように、これからも計らうつもりだ。その上で、古代遺物である、この国の結界形成装置を解明し、他国でも魔獣防衛や、対空防御を行えるように、キーメキメルに協力を依頼した」
「殿下……」
「それに、お、お前を嫁にする為には、絶対必要だった! 上妃陛下に認められる功績を立てないといけなかったんだ!」
へにゃ、と情けない顔をして、殿下が肩を落とす。
「私が玉座を継ぐことを、今回、この交渉を成功させることを条件に認めて貰った。……今後、うちの国には技術の特許使用料が支払われるから、現状の数倍、国庫が潤う試算になってる」
そして殿下は……ワーワイルズ・アトランテ王太子殿下は、改めて表情を引き締めた。
「なぁ、ディオーラ。……ディ・ディオーラ・パング侯爵令嬢」
殿下は、指輪を嵌めたディオーラの手を取ったまま、その美しい碧眼でこちらを見つめる。
「私が、君を必ず幸せにすると誓う。君が悲しむことのないよう、これからも尽力していくから」
ゴクッと唾を飲んで、その一言を、告げた。
「だから、私と結婚してくりぇ」
沈黙が、落ちた。
「…………」
「…………」
噛んだ。
とてつもなく良いところで、噛んだ。
凄くカッコいいこと言ってたのに。
ディオーラは、しばらく呆然とする。
けれど。
「ふふ……!」
「ディオーラ、わ、笑うな!」
真っ赤になった殿下に、ディオーラは思わず吹き出してしまった。
クスクスと笑いながら小さく首を横に振る。
殿下は……どこまでいっても、殿下なのだ。
「それでこそ、殿下ですわ。わたくしの、愛しくて、愚かわいい殿下です」
ディオーラは、目尻に涙を浮かべたまま、笑みを返す。
殿下は枷を背負った。
もしかしたら今後戦乱が起こり、グリフォンが利用されれば、王妃の為に短慮な選択をした愚王だと罵られることになるのかもしれない。
なら、それを一緒に背負うのは、ディオーラの役目だ。
殿下に嫌われていないのなら、それだけで頑張れる。
だって、ディオーラの為だったのだから。
コソコソ隠し事しないで、ちゃんと言えば良いのに。
そう思いながら、ディオーラは殿下に対して笑みを浮かべる。
「ええ、わたくしの方こそ、よろしくお願い致します、ワーワイルズ・アトランテ第一王子殿下」
※※※
その後。
かつては歴史上幾度も戦乱の舞台となった場所として、現在は海路交易の要として歴史に刻まれているアトランテ王国は、代替わりを境に、さらに別の方向で名を馳せることになる。
大規模な魚の養殖や、良質な真珠の生産、肌触りのいい衣服の開発等、食料や最先端の流行を担う一大産地として。
あるいは、希少生物の保護を謳う団体を設立し、次々と絶滅危惧種の繁殖を成功させる自然保護の国として。
人の住む地域を小規模結界で覆い、魔獣の害を防ぐ結界装置を提供する技術国として。
さらには、王族を筆頭にあらゆる侵略に立ち向かい、一度も敗北しなかった鉄壁の中立国として。
今後、幾度も歴史上に名を残す国において、賢王と呼ばれることになるワーワイルズ・アトランテ国王は。
ーーーただ一人、最愛の妃には頭が上がらない、愛妻家としても有名となった。
完結です! ……って一応閉じましたが、多分たまにおまけとか投下したり、ネタ湧けば第二章とか始めたりするのが作者です。
ここまでお付き合いいただき、ありがとうございましたー!
この作品に関しては、もしかしたら何か今後お知らせ出来ることがあるかもしれないので、その時はまたよろしくお願いしますー!




