あら、浮気ですの?
それから一週間ほど、ディオーラは微熱が続いて、王宮に割り当てられた自室で休むことになってしまった。
妃陛下から、『気付けなくて申し訳ない』という旨の謝罪文をいただいたけれど、伝えないようにと周りに口止めしていたので『お気になさらず』と返答しておいた。
さらに一ヶ月ほど、ワイルズの補佐を含む事務作業まで、お休みをいただいてしまったのだけれど……。
「暇ね」
「暇でいいのです! お嬢様は体が元々弱いのに今までが働きすぎだったのです!」
と、専属侍女のメルフィレスに逆に怒られてしまった。
5歳の時から一緒にいるので、彼女と自分の関係はかなり気安い。
「でも、メルフィ。わたくしのやっていたことは大したことだから、休むと殿下がお困りになるわよ?」
「相変わらず自信たっぷりで安心しますけど、殿下は少しくらい困ればいいのです!」
クスクスとディオーラが笑うと、メルフィレスはプンスコと怒りがエスカレートしたようだった。
彼女の怒りは、婚約破棄をワイルズが言い出したことに由来している。
「どうせ困ったらすぐに、お嬢様に泣きついてくるに決まってます!」
「あらあら」
―――正確に読み取られてますわねぇ。
ディオーラに勝とうと陰ながら努力するとはいえ、ワイルズは基本的に面倒くさがりな性格をしている。
気合を入れても、保って三日。
壁にぶち当たると『ディオーラ、その、少しだな、私を手伝ってくれてもいいぞ!?』と情けないお顔で言ってくるところも、愚かしくて可愛い。
ディオーラは、そろそろワイルズが来る、と睨んでいたのだけれど。
「そういえば、ここ二日ほどは見舞いにもいらっしゃらないわね?」
「毎日来るのが当然ですのに!」
「本当にお忙しいのかもしれない、とは思わないのね……」
ワイルズの愚かわいさ成分が足りない、と、ディオーラが少し物足りないのは事実だけれど。
せっかくの休養なので、しっかり体を休めておかないといけない。
本当に倒れたら、ここぞとばかりに『ほれ見たことか! 休めと言って休まないからそうなるんだ!』と鼻高々にワイルズがマウントを取ってくるのは目に見えている。
―――ちょっと見たいかもしれませんわね。
心の中で心配しながら得意げになるワイルズは、さぞかし愚かわいいに違いない。
でも、迷惑を掛けるのは本意ではないので。
「しばらく放っておきましょう」
メルフィレスにそう告げたディオーラは。
―――その間、同時に休んでいる貴族学校で巻き起こった事件に気づいていなかった。
※※※
「あらあら」
試験期間に入った為、しばらくぶりに顔を出した貴族学校で、ディオーラは信じられないものを目にした。
思わず口元に扇を広げる。
ワイルズが、横に一人の少女を侍らせて、学舎に続く中央広場を横切っていったのが見えたからだ。
「これはどういうことかしら?」
焦茶の髪に青眼、小柄で控えめな感じの少女だ。
上質な生地のドレスを身に纏った体は、少し痩せ気味という感じ。
「あれはおそらく、アルモニオ伯爵令嬢ですね!」
「わたくしと見解が一致しましたわね」
メルフィレスの発言に、ディオーラは静かにうなずいた。
誰かと思えば、王太子妃候補争いどころか、もっと幼少の王子妃争いの時点で脱落したご令嬢である。
ディオーラは歯牙にも掛けなかった相手だけれど、確かあまりにオドオドして会話が成立しないので、最後まで候補を競った公爵令嬢がキレていた覚えがある。
―――身の程を弁えない、というタイプではなかった気がするけれど。
スッと目を細めた先では、ワイルズが楽しそうにしているどころか、明らかにデレデレしていた。
特に胸を凝視している。
完璧なディオーラに唯一足りないもの、なのだけれど。
「……ぷんぷん匂いますわねぇ」
ワイルズは、どちらかといえば控えめな胸が好きなはず。
となると。
「少し調査が必要かしら?」
そう呟いて、あえて声を掛けずに、ディオーラはその場を後にした。
―――そうして、舞台はさらに一週間後の、学期末打ち上げの舞踏会場へと移動した。
恐れ知らずの愚かな殿下、別の女に目移りしてデレデレする。
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