些事でしてよ。
第二王子ウォルフは、海面に立って腕組みをしたまま、声を張り上げた。
「今から漁を始めるぞー!! 奪う命は全て糧!! 一匹たりとも無駄にするな!!」
すると、背後で海兵たちが野太い声で一斉に応じる。
彼らの手に武器はない。
ただ、船に備えられた巻き上げ式の、バネで縄のついた銛を射出する機械や、海に沈め終えている網を繋いだ部分などにそれぞれ配置されている。
「行くぞ!!」
ウォルフは掛け声と共に、脇に抱えていた三叉槍を手に持ち替え、水面に突き刺す。
同時に、海面を青い魔力の奔流が走り……魔獣が押し寄せてくる白波の前に、ゴゴゴゴゴ……! と大渦が巻き起こった。
その渦に、大小問わない海の魔獣が引き摺り込まれて、中心に向かって集められて行く。
じっくりとそれを見定めたウォルフは、三叉槍を引き抜き、再度海面に突き立てた。
「ドン!」
とウォルフが気合を吐き出すと、大渦を形成していた水が蠢き、鋭く長いウニのような針と化して、巻き込んだ魔獣達を貫いて串刺しにしていく。
「網を流せーーーー!!」
再度、海兵達の応じる声が響き渡り、大渦が消えた海域に向かって、陣形を組んだ船が進んでいく。
ウォルフはその間に、瓦解した前線を突っ切るように走り出した。
その背後で、大型の魔物は直接巻き上げ式の銛を打ち込んで引き上げていき、底網漁によって小型の魔獣たちもどんどん船に引き上げられていった。
ウォルフは海面を走りながら、侵攻してくる魔獣達を次々に渦に捕らえては、同様の方法で始末して行く。
「食われたくなきゃ、帰れよー! ここはオレ達の縄張りだぞー!!」
魔獣達の一部が怯んだところで大声を張り上げると、一部が逃げ出し始めた。
「よしよし、そーだ! 命を無駄にするな!!」
賢い魔獣たちにニカッと笑みを浮かべて親指を立てながら、ウォルフはチラリと、遥か横にいるサーダラの方に目を向けた。
※※※
「帰れ。さもなくば死ぬことになる」
ウォルフが暴れ回るのを横目に、サーダラは自らの瞳力を解放していた。
見るだけで魔獣や幻獣に類する魔法生物と意思疎通を果たし、その脳裏に直接影響を与える支配の力だ。
それをサーダラは、先頭にいる船の舳先で行使していた。
押し寄せる魔獣の群れを睥睨して、長を見極めては脳裏に直接恫喝し、撤退するなら良し、そうでないならば屈服させて別の群れを襲わせる。
そうして一心に大島を目指す魔獣達を同士討ちの混乱に陥れながら、幾匹かの知性を持つとされる深きモノどもと称される魔獣……両棲魚人や海棲魚人などに、質問を投げかけた。
「何を目的として、侵攻を始めた」
大半は、どこか不明瞭な喚きを上げるだけだったが、おそらくは大型海獣に分類されるであろう、より高い知能を持つ一匹から、情報を得る。
ーーー九頭龍、再臨ノ時。馳セ参ズル。
また別の大型種である多頭海獣からも、同様の情報を得た。
「……何か、大島に眠っているモノが目覚める、ということか?」
それに関して、上王陛下や上妃陛下は何かご存知かもしれない。
研究バカであるサーダラは、未知なる魔法生物の存在を示唆されて、ニヤッと笑みを浮かべた。
「侵攻の理由がそれであるとするのなら、少し面白い話だ」
※※※
「ふん、思い切り暴れられるのも久々だな。父上はそこで見ていろ。俺がやる」
ワイルズ曰く『尊大なクソガキ』である息子、メキメルの言葉に、ヨーヨリヨは苦笑した。
「戦闘は好きじゃないから、構わないけれど。無理をしないようにね」
「言われるまでもない」
鼻を鳴らしたメキメルは、両手を広げて呪文を唱えた。
前線では既にウォルフとサーダラが戦い始めており、メキメルとヨーヨリヨの役目は、その戦線を突破してきた魔獣らの掃討だった。
メキメルが、魔術の天才と呼ばれる所以である、召喚魔術を行使した。
「〝出よ、啄むモノ、空を支配せしモノ、荘厳にして凶暴なる天威の王よ! 雷霆と共に疾く、権能を示せ!〟」
黄色の魔力がメキメルの体からゴッ! と立ち上ると、空に渦巻く瘴気の黒雲がバチバチと雷の数を増して動きを変化させ、巨大な魔導陣を空に描く。
その魔導陣から、一斉に稲光が降り注いで、前線を突破した魔獣たちを打ち据えた。
さらにその威力は水の中を波及し、打ち据えたモノの周りにいた魔獣たちをも痺れさせて行く。
しかし、それは序章に過ぎなかった。
不気味な声が空から降り来たり、同時に黒雲がそのまま形を成したような怪鳥……メキメルが喚び出した無数の使い魔達が、魚を啄むように海面に顔を出した魔獣を啄み、あるいはその鋭い爪で体を持ち上げては、空へと連れ去っていく。
さらにその怪鳥たちの背後から、ゆっくりと姿を見せたのは、雷撃そのもののように輝く、黄金の巨鳥。
ーーー【獄楽雷鳥】。
〝雷神喰らい〟〝化鳥の支配者〟等の異名を持ち、召喚概念と総称される、この世ならざるモノの一種。
実体はなく、契約魔術によって召喚者と認めた者の要請にのみ応じて姿を見せる、超越存在である。
かの存在が顕現したことで、二人の防衛網を突破した魔獣たちも次々と打ち倒され、あるいはその威容に畏れをなして逃げ去っていく。
「……これは実際、私の出番はなし、かな」
それぞれに他と一線を画する異能の持ち主である三人に溜息を吐きながら、ヨーヨリヨはメキメルが暴走しないよう見張ることに注力することを決めた。
ーーーいや、兄上に玉座を譲って本当に良かった。
こんな連中を従えるのは、凡庸を自負する自分には絶対無理だ。
そして。
そんな三人すらも『小童』呼ばわりする女傑の母と、同様に思っているだろう父が乗る船が前に出ていくのを、ヨーヨリヨは遠い目で眺めた。
※※※
「……九頭龍じゃと?」
獄楽雷鳥が支配する戦域で、うっかり降り注いで来た雷を扇の一振りだけで詠唱もなく軌道を変えたベルベリーチェは、サーダラの報告に鼻から息を吐く。
「そんなモノ、とっくにおらんわ」
若かりし頃のバロバロッサが、遊び半分に目覚めさせて剣一本で対峙し、ベルベリーチェと共に始末した古代遺跡に封じられていた、魔王獣の一種である。
ちなみにベルベリーチェがバロバロッサに全力で魔法を撃ち込んで折檻したのは、その時が最初だった。
「何を勘違いしておるのか知らぬが、大方、似たようなのが生まれたか、妙なのが扇動したかじゃろうの」
「かもしれぬな。研究機構からの警告は話半分に聞いておったが、ちっとばかり真面目に取り合わねばならんかの」
大味な三人が構いもしないような、海底深くをこっそり移動している撃ち漏らしの小物を、舳先に立って剣閃だけ打ち込んで始末していたバロバロッサが、カカカ、と笑う。
「あなたが動かずとも、フロストがとっくに対処しておりましてよ」
いつまで経っても悪戯好きの悪ガキ気質が抜けない夫の言葉に、扇を口元に当ててベルベリーチェは答える。
「それにしても、歯応えのカケラもないではないかえ」
規模こそ大きいものの、それこそ九頭龍に近しいような強大な魔獣はいない。
指揮をしている魔性のモノがいるかと思って出張ったけれど、むしろそれを得るための侵攻らしいと悟って、非常に興醒めである。
「さっさと終わりそうじゃの。なれど、一つわらわもこの茶番で威信を示しておかねばの」
「……やり過ぎるなよ」
「どこぞの雑な魔術を使う孫と一緒にされるのは、心外でしてよ」
ベルベリーチェは、扇を一振りして真紫の瞳を光らせる。
「〝割れ〟」
一言。
その詠唱によって齎された現象に、一瞬、戦場が硬直した。
ザァ、と船の前方の海が割れて、海底が露出したのだ。
さらに割れた海の両端を走る海面が盛り上がり、まるで左右から投げ込むように一斉に魔獣らが水中から放り出されて、数十メートル以上の高さから海底に落下していく。
何やらウォルフが喚いている……どうせ『命を粗末にするな』とか、そういう類いのことだろう……が、ベルベリーチェは目も向けなかった。
幾つもの濡れたような音が鳴り響いた後に、凄惨な光景が広がる海底を元のように流れ込んだ海が閉ざし、しばらく海面が荒れて船が揺れる。
残っていた魔獣達は完全に戦意を喪失したのか、一斉に引いていき……やがて、穏やかな海が戻ってきて、瘴気黒雲が薄れて晴れ間が差す。
バロバロッサは、眉根に深い皺を刻みながら呟いた。
「ほんに、お前と一緒だと面白みがない」
「国が守れれば、後は些事でしてよ」
つまらなそうな夫をベルベリーチェは一刀両断して、全軍に帰港命令を出した。
一瞬だった。
ちなみにベルベリーチェは何やかんや言いつつ、バロバロッサにだけはずっと敬語を使っています。
次からワイルズとディオーラの話に戻りますよー!




