開戦じゃ!
「魔獣の侵攻ですって!?」
王族として、真っ先に一報を貰ったらしい第二王子ウォルフの言葉に、オーリオは叫んだ。
「ええ! 最近、妙な海風が吹いてると思ってたんですが、海の魔獣が大挙して島に押し寄せてるらしいです!! 警戒のため、今登校してる生徒は一度、講堂に集まるように指示が出ると思います!! では!」
「う、ウォルフ様はどうなさるんですの!?」
狼狽えたオーリオが問いかけると、ウォルフはニカッと笑った。
「もちろん、魔獣を食い止めに行きますよ!! 兄上も不在ですし、そもそも、海はオレのフィールドです!!」
「危険ですわ!」
思わず引き留めると、ウォルフは不思議そうな顔をした。
「危険だから行くんですよ!! それに、オレたちは本来、こういう時の為に王族として認められてるんですから!!」
ウォルフは親指を立てると、そのままグッと拳を握り締める。
「オレ達って、代々めっちゃ強いんですよ!! だから大丈夫です!!」
※※※
「港の避難は完了しておるか!?」
「まだ、漁師や商人が数多く……! 船を捨てられないと!」
「海洋の大型魔獣が来ているんだぞ!?」
「ご報告です! 海兵達の準備が整いました! 現在、ウォルフ殿下の到着を待って打って出るとのこと!」
浮き足立っている王宮内で、フェレッテの婚約者であるサーダラ……サンサーダラ・オルバトーラ公爵令息は、小さく息を吐いた。
「やれやれ……どうにもうちの要職連中は、有事に弱いね。今後の課題かな……」
白目が漆黒に染まっている目を細めて、彼らの動きをそう評する。
平時には強いのだが。
おそらくは、この国の盤石の守護結界と、歴代王族による善治が原因だろう。
アトランテ大島は、基本的に平和なのだ。
単一民族国家であり、四方を海に囲まれているため外敵の侵攻をさほど懸念する必要がない。
その上、交易の要所にあり、かつ気候も温暖、大地の魔素も豊富である故に飢饉などに襲われたりなどで食いっぱぐれることもほぼない。
それに甘えないように、と采配を振るう現王族も基本的に優秀な人物ばかりで、要は平和に慣れ過ぎているのだ。
立場上、大陸に赴くことも多いサーダラにしてみれば、この島の貴族はのんびりとしていて好ましい反面、頼りない。
「……サンサーダラ様」
「連絡はついたかい?」
オルバトーラ公爵家付きの〝影〟の報告に、そう問い返すと。
「は。ワーワイルズ第一王子殿下、並びに、フェレッテ・アルモニオ伯爵令嬢の両名におかれましては、遺失文明の転移魔導陣を行使して最速で帰国しても一日半ほど掛かる、とのことです」
「では、『戻ってくる必要はない』と伝えておいて。交渉を放り出す程のことじゃない、ってね」
しかし、その返事を届けるよりも先に、ワイルズ自身から帰国しない旨の通達があった。
※※※
「魔獣大侵攻だと……こんな時に……!?」
その報がワイルズの元にもたらされたのは、大陸南部に位置するライオネル王国で、追いかけてきたフェレッテと合流するのとほぼ同時だった。
「その上、ディオーラが……」
彼女が倒れた、と聞いて、思わず顔を青ざめさせたが、ベルベリーチェ上妃陛下から直々に連絡が来たので、蜻蛉返りしたい衝動をなんとか抑えていたのだ。
「ど、どうなさいますかぁ……? ど、どうしたらぁ……!」
従兄弟のサーダラから、〝影〟を通じて報告を受け取ったというフェレッテが、普段以上に狼狽えているので、ワイルズは逆に冷静になる。
ーーー落ち着け、落ち着け。
魔獣大侵攻の規模は分からないが、自国は大丈夫な筈だ。
一週間ほど滞在している間に、ワイルズはライオネル王国の第一王子との会談で、その話を少し聞いていた。
魔導士協会に属する組織の一つ、国際魔導研究機構から、各国首脳に『最近、魔獣が活性化している』という通達が出ているのだという。
ワイルズは知らなかったが、父上は把握している筈だ。
であれば、準備を怠っている筈がない。
「……私たちは、帰国しない。国は大丈夫だ!」
ワイルズは、フェレッテに対してキッパリと告げた。
彼女も、アトランテ王国の臣民である。
普段ならともかく、有事にワイルズが狼狽えていては、不安が募ってしまうだろう。
「父上達がいる。結界もある。国に被害は出さない筈だ。それよりも、我々はこの交渉を成功させねばならん!」
ワイルズの持ってきた交渉の手札は、有益なものだ。
研究機構の上位魔導士資格を持つという、ライオネル王国の才媛にとっても、同時に交渉を行う予定のバルザム帝国の宰相にとっても、確実に食指を動かされるものであるはずなのだ。
「アトランテ王国の……ひいては私とディオーラの将来の為にも、我々は、今為すべきことを為すべきなのだ!」
「は、はい……!」
きゅ、と唇を引き結び、フェレッテはまだ青い顔をしながらも頷く。
ーーーディオーラ……。
ワイルズは、病床に臥せっているという婚約者を思う。
ーーー待っていろ。絶対に、この交渉は成功させるからな!
※※※
「静まれ」
浮き足立っている首脳部の面々に、近衛兵と共に姿を見せた国王陛下……フロフロスト・アトランテは、一言だけ発してその場を収めた。
「海兵の準備は」
「整っております! 現在、ウォルフ殿下がご到着なさったとのことです!」
「避難は」
「八割がた完了しておりますが……」
「残った者達は、そのまま置いておけ。港は戦場にはならない」
「は!」
「サーダラ」
「は!」
直接呼びかけられて背筋を正すと、歳を取っても衰えない美貌を持つ国王陛下は、淡々と命じた。
「前線へ。力の使用を許可する」
「……よろしいのですか?」
基本的に、サーダラの能力……テイマーの能力は、普段使ってはならないとされているものだ。
「有事である。それに、上王陛下と上妃陛下が、弟の息子、キーメキメルを伴って前線に向かわれた」
そこで、微かに渋面を浮かべた国王陛下に、臣下達が息を呑む。
「両陛下が!?」
「そんな……危険では……!」
「ワイルズ殿下も、ディオーラ様も居られないのに……」
「あの二人にも困ったものだが、最適ではある。少しでも負担を減らせ。今、我が妃リーレンと、聖女アンアンナが、戦時として結界の展開域を広げる準備をしている。出島まで含めた海域は閉鎖される。サーダラはその前に、外に赴け」
「は!」
両陛下が既に前線に出ているというのなら、それだけの規模の魔獣大侵攻なのだ。
サーダラは即座に動き出しながらも、特に心配はしていなかった。
ーーー皆、忘れているのか知らないが……。
「……ワイルズとディオーラが持ち上げられているのは、単に次期国王夫妻であるからに過ぎないのだけれどね……」
※※※
「こんな時なのに、わたくし、何の役にも立ちませんわ……」
ベッドの上で、ディオーラは歯噛みしていた。
殿下もおられない以上、有事に国を守るのは婚約者であるディオーラの務めであるというのに。
「わたくしは……」
「まだうじうじしておるのかえ」
ひょい、と顔を見せた上妃陛下は、呆れたように嘆息した。
「わらわとバロバロッサが前線に赴くゆえ、心配せずとも良い」
「!?」
扇を口に当てて、いつも通りの格好でホホホ、と笑った上妃陛下は、ヒラヒラと手を振って退出する。
「次期王妃は、上に立つ者らしく悠然と構えておれば良いのじゃ。こんなものは、些事であると心得よ」
ディオーラは、絶句したまま、しばらく彼女が出ていったドアをぼんやりと見つめていた。
ーーーじょ、上妃陛下が、出られるのですか……?
※※※
「さて、小童ども」
船上の人となったベルベリーチェは、パチン、と扇を閉じて、集まった面々を見回した。
ベルベリーチェの実子である公爵、長男ヨーヨ。
そして、彼と聖女アンナの息子である、魔導士メキメル。
末娘の息子、魔獣使いサーダラ。
フロストとリーレンの息子、第二王子ウォルフ。
「それと、我が夫」
「ふはは、久々の戦場じゃのう!」
前国王にして、現上王であるバロバロッサは、鎧を着込んでカカカと笑っていた。
本当に嬉しそうだが、周りの兵士を含む連中は心配そうな目を向けている。
既に代替わりしてかなりの時間が経っている為、彼らは知らない。
「どうも一部、ワイルズとディオーラがおらぬことを心配している声があるようじゃ」
あの二人など、ベルベリーチェの目から見ればまだまだ、ミソッカスも良いところである。
「見せつけてやれ。我らが何故、このアトランテ王国において王族足りうるのかを、存分にのう」
ニィ、とベルベリーチェが笑みを浮かべると、全員が似たような……気の弱いヨーヨだけは違ったが……笑みで応じて、『応!』と低く返事をする。
この国において、王族とは第一に『強く在る』ことが条件だ。
それは最弱と言われるヨーヨですらも例外ではなく、全員が、その戦闘力において、あらゆる騎士連中を凌駕していることが最低条件なのである。
そうして、待つことしばらく。
海の向こうから、不穏な黒雲が立ち上ると同時に、不気味な海鳴りが、聞こえ始めた。
「さぁ……開戦じゃ!」
風雲急を……告げてるかなぁ、これ……。
ワイルズディオーラ不在の中、突然起こるスタンピード! みたいな場面だった筈なのに、蓋を開けてみたら何かあんまり心配いらなそうな雰囲気醸してますね。
ベルベリーチェ様のご活躍! は、次話で終わる予定ですので、お付き合いいただける方は、ブックマークやいいね、↓の⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎評価等、どうぞよろしくお願いいたしますー!




