とっても嫌ですわ!
「最近! 殿下が、ずーっと隠れて、コソコソと、何かをしていますわ!!」
ディオーラは、不満が爆発しそうだった。
殿下がコソコソする時は、何かやましいことがある時。
そう分かっているのに、今回は事情が全然こちらに伝わってこないのだ。
これは、今までなかったことだった。
「こっそり動向を探っても、いつものように、学校に来て王城に帰っているだけのように見えますのよ! でも、絶対何か隠してるんですの!! 嫌ですわ! とっても嫌ですわ!」
今にも机を掌で叩きそうな勢いで、ディオーラは荒れていた。
「気、気のせいとかでは、ないんですかぁ?」
なんだか顔を引き攣らせているフェレッテの問いかけに、ディオーラはブンブンと首を横に振る。
「絶対隠してますわ! アレはそういう態度ですわ!」
「でも、証拠はないんでしょう?」
オーリオは特に気にした様子もなく、優雅にお茶を口にしている。
「証拠はなくても、絶対隠してるんですわ!」
「な、何で分かるんですかぁ?」
「殿下のことだからですわ!」
ディオーラのワイルズ殿下は、おバカで愚かわいいのだ。
嘘がつけない性格をしているので、それとなく探りを入れると、ビクリと肩を震わせたり視線を彷徨わせて『な、何も隠してなどいないぞ!』と、分かりやすく隠し事をしていることが分かるのである。
なのに、今回は何も出てこない。
〝影〟に聞いても『不審なことは何もございません』というし、ディオーラの見る限り学校では普段通りだし、そそくさと王城に帰る以外は、生活そのものに、本当にいつもと何も変わりはない。
でも、忙しそうだし、何より。
「わたくしを避けていますわ! 最近構ってくれませんわ! 週に一度のお茶の時間も、気もそぞろなのですわ!」
思わず、目が潤んでくる。
「そ、その上、いきなり今度は海外に出かけてしまったのですわ!」
『公務だ』と言っていたし、国王陛下夫妻や上妃陛下夫妻にそれとなく探りを入れても、同様の答えが返ってきた。
こんなにもディオーラが不安に思っているのに、何だか皆笑み含みで。
「こんなこと、こんなこと殿下と出会ってから、今までで初めて……! ……あ……?」
興奮しすぎてしまったみたいだった。
グラッと視界が揺れて、まずい、と思った時には遅く。
何だか、フェレッテやオーリオが、周りの景色ごと横倒しになっていく。
いや、ディオーラが倒れて……。
「「ディオーラ様!?」」
二人の声がハモるのを聞きながら、ディオーラの意識は闇に沈んでいった。
※※※
そうして、目覚めると。
「全く……ワイルズといいそなたといい、随分とまぁ最近、わらわの手を煩わせるのが楽しいと見える」
「申し訳ありません、上妃陛下……」
ディオーラは、王城に与えられている一室の、ベッドの上で縮こまっていた。
倒れた後、どうやらディオーラの体の事情……身に宿る膨大な魔力と、それを制御する瞳の不完全性による魔力障害……のことを知る〝影〟が、素早く対処してくれたらしい。
今は、体に支障をきたした魔力の影響を、ベルベリーチェ様が外から介入して鎮静してくれていた。
おかげで体調不良は残っているものの、現状魔力が暴走する心配はない。
もし万一ディオーラの魔力が暴走すると、自分の身の危険のみならず、この島国アトランテ自体が吹き飛ぶ可能性があるという見立てがされているのだ。
その為、本来活発な気質であるディオーラは、幼い頃から魔力制御と共に、感情制御の方法も学んできた。
だから普段は、そうそう魔力が暴走する危険などないのだけれど。
「感情を乱すなと、あれほどに言うておろうに」
「…………申し訳ありません…………」
ディオーラは、そう繰り返すしかなかった。
殿下のことになると、ダメなのだ。
昔倒れた時も同じで、もし殿下に嫌われていたら……と思うと、どうにも冷静で居られない。
理由が分かれば、殿下がどれだけ不審な行動を取っても、ある程度は察せられるので、ディオーラは平静を保てる。
けれど、今回は殿下の事情が調べても全く分からなかったことが、引き金になってしまった。
ため息を吐いたベルベリーチェ様は、扇を口元に当てて視線を逸らす。
「ワイルズめが……アレはほんに、我が夫バロバロッサにそっくりよの。視野が狭く、手前勝手で、間が抜けていて、そのくせ妙なところに頭が回りおる。何の為に己があてがわれておるのか、今一度骨身に刻み込んでくれようか」
ワイルズ殿下とディオーラが交流し始めたのは、物心ついた頃からだったけれど、ディオーラの魔力暴走の危険が発覚したのは、それから少しだけ時間が経ってからのことだった。
年々、魔力が増大し始めたのだ。
元々不安定だったので、身体的な不安は危惧されていて、常に治癒士によって監視はされていた。
その魔力が、殿下と一緒にいると体調と共に比較的安定すること、その後の殿下との仲違いで平時より不安定になったことも、考慮された結果、婚約となったのである。
少し前に、ベルベリーチェ様から『殿下が今のままなら婚約解消』と言い渡された時は、心配していなかった。
殿下はやれば出来る子だからである。
けれど、態度が変わり始めたのは、その辺りからで……。
ーーーもしかしたら、殿下は、王位を継ぎたくなくて、わたくしとの婚約解消を……。
と、また、グルグルと考え始めたところで。
ベルベリーチェ様が、パチン、と扇を閉じたことで、ハッと我に返る。
「が、ワイルズがそなたを愛しておることに、疑いはなかろうの」
まるで思考を先回りしたかのようにそう言われて、ディオーラは顔を上げた。
小馬鹿にするように目を細められたベルベリーチェ様は、口の端を上げる、お世辞にもお上品とは言い難い笑みと共に、首を横に振る。
「この世の終わりのような顔をするでないわ。将来の王妃ともあろう者が、少し出し抜かれたからと言って、心を乱しおって。アレは大丈夫じゃ。良いか、ディ・ディオーラ。己が王として立てる相手が己を超えるのであれば、それを嘆くのではなく、喜ばぬか! 馬鹿者が!」
「……はい」
「出し抜かれて腹が立つのであれば、アレが戻ってから如何様にもすれば良かろう。王族直系は頑丈ゆえ、多少強く殴り倒したとて壊れはせん。バロバロッサも、わらわの全力の一撃を受けて生きておったしな」
カラカラと笑うが、それは決して笑い事ではない。
魔力暴走ではなく『気分一つで島を消滅させるほどの魔力の持ち主』と言われるベルベリーチェが、王族に本気の魔術を撃ち込む場面とは、一体、どんな修羅場なのか。
「心配せず、待つがいい。それと念のため、結界に魔力を放り込んでおくのじゃ」
「畏まりました」
未だ王族ではないディオーラが結界の魔力補填のローテーションに組み込まれているのもまた、ディオーラの体の事情によるもの。
膨大な魔力を安全に放出して、溜め込まないようにする為だった。
ディオーラは、言うなれば暴発の危険がある人間爆弾。
もしもの時に被害を最小限に食い止める為に、国王陛下が為政者として判断なさったことだった。
「殿下……」
ベルベリーチェ様が退出なさった後に、ディオーラはポツリと呟く。
「わたくしに隠し事は、許しませんのよ……」
しかし、運が悪い時というのは、とことん重なるもののようで。
ディオーラが動けない時に、その凶報がもたらされたのは、数日後の昼間だった。
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